今日は雨が降り気温も下がった。梅雨も近いのかな。
それでは「木のもとに」の巻3の続き。二の懐紙に入る。
二表
十九句目
巡礼死ぬる道のかげろう
何よりも蝶の現(うつつ)ぞあはれなる 芭蕉
(何よりも蝶の現ぞあはれなる巡礼死ぬる道のかげろう)
『荘子』の「胡蝶の夢」は有名だが、胡蝶の現(うつつ)とは如何に。
「胡蝶の夢」というのは荘周が夢で胡蝶となった飛んでた所で目が覚めて、はたしてどっちが夢やらという話だが、まあ、普通に考えれば、いくらリアルな夢を見ていても夢と現実の区別くらいはつく。蝶になってたのが本当の姿で、今ここにいる人間としての自分は夢なんだなんて、哲学的な仮定としては可能だが普通の人からすればどうでもいいことだ。
巡礼者の死はまぎれもなく現実であり、決して彼が蝶になったわけではない。そんな話は慰めにもならない。死は現実で蝶が飛んでるのもあくまで現実だ。現実だから哀れで悲しい。
『荘子』には老聃(老子)が死んだ時、弟子たちが悲しんでるのを見て、師が悲しいものでないことを教えられなかったんだから老聃もたいしたことはない、という話がある。
人が蝶になったり蝶が人になったりという単なる形而上学上の仮説を現実と同等に扱い、人の死を死とも思わない冷淡さは危険だし、それこそ焚書坑儒の大量虐殺に繋がる発想だ。死が悲しくないなら殺したっていいじゃないかって、さすがにそれを認めることはできない。
胡蝶の夢なんてのは単なる遊びであって哀れではない。本当に哀れなのは現実だ。そんな皮肉が込められているが、でもこの句はあくまで俳諧の常としての、句を付けるために拵えた嘘ぴょーんというわけだ。虚において実を行う、それが俳諧だ。
巡礼者の死も作り話だし、現の蝶も作り話だ。それでも哀れなのは、現実を思い出すからだ。
「蝶の現」は「胡蝶の夢」の逆説でなかなか面白い。さすが芭蕉さんだ。
季題は「蝶」で春。虫類。
二十句目
何よりも蝶の現ぞあはれなる
文(ふみ)書ほどの力さへなき 珍碩
(何よりも蝶の現ぞあはれなる文書ほどの力さへなき)
「あはれ」を良い方の意味で「あはれ」に取り成すのも一つの付け筋で、筆者のような凡庸な作者ならそうしたかもしれない。珍碩さんの答は違っていた。
「蝶の現」という言葉が「胡蝶の夢」に対しての言葉であるところから、これに「蝶の夢うつつ」という意味を見つけ出す。夢うつつ、英語で言えばデイ・ドリーム・ビリーバー?そんで彼女はクイーンというわけで、恋に転じることになる。
こうして、文を書くほどの気力もないまま、ただ夢うつつのぼーとした毎日を過ごす片思いの句が出来上がる。なるほど、その手があったか。
無季。「文書」は恋。
二十一句目
文書ほどの力さへなき
羅(うすもの)に日をいとはるる御(おん)かたち 曲水
(羅に日をいとはるる御かたち文書ほどの力さへなき)
前句の手紙を書く気力もない理由を身分違いのせいにした。
ここで相手は高貴な女性とそのまま詠むのではなく、薄絹を纏って日焼けを防いでる姿を描くことで、それとなく高貴な相手を匂わせる。これが匂い付けだ。
これを「向え付け」とする説もあるが、前句が高貴な女性に惚れる賤しい人の様だというのは句が付いてから発生する意味で、前句そのものに身分を示す手懸りはない。これが、
賤しき身には文さえもなし
羅に日をいとはるる御かたち
だったら向え付けだ。
また、前句を薄物を纏った高貴な女性だから文書く力さへなき、とする説もある。解釈としては可能だが、意味がよくわからないし、それって面白いかなあ?
また、三句の渡りを持ち出す説に関しては論外。芭蕉の時代に「三句の渡り」という発想はない。打越は去るのみ。
季題は「羅(うすもの)」で夏。衣装。「日」は天象。
二十二句目
羅に日をいとはるる御かたち
熊野みたきと泣給ひけり 芭蕉
(羅に日をいとはるる御かたち熊野みたきと泣給ひけり)
前句を特に高貴な男性、つまり天皇か上皇の位として花山天皇(花山院)の俤を付けている。
花山天皇は歴代天皇の中でもとりわけ破天荒な人で、即位の日に儀式の始まる直前、大極殿の高座の上で馬内侍とセックスしていたという。
その花山天皇は怟子という女御を溺愛し死なせてしまったあたりは『源氏物語』の桐壺帝のモデルとも思われる。その一方では『拾遺和歌集』を編纂し、風流の心をもった天皇でもあった。このあたりも桐壺帝と重なる。
その花山天皇が怟子を失ったあと突如失踪し、出家してしまう。十数年後に京に帰ってくるのだが、その間のことは謎が多く、このことから様々な伝説が生じることとなる。それこそ諸国を漫遊しただとか、西国三十三所を巡礼しただとか、那智の滝で千日滝籠行をしただとか、熊野にまつわる話も多い。
悲しみに暮れた花山天皇が出家への思いを募らせていた時なら、熊野が見たいと泣き叫んだなんてこともいかにもありそうだ。
無季。「熊野」は名所。
0 件のコメント:
コメントを投稿