2016年10月5日水曜日

 千山に関しては『風羅念仏にさすらう─口語俳句の祖、惟然坊評伝─』(沢木美子、1999、翰林書房)にわずかな記述があった。

 「千山は、生涯弟子を取ることがなかった惟然の唯一の弟子といえるかもしれない。惟然に弟子を取る気持ちはなかったものの、千山自らが惟然に近侍し、以前の口語俳句に傾倒し、その伝播に務め、あらゆる援助をしているのである。千山は姓を井上といい、号を風羅堂、丹頂堂、春曙庵などと称した。家業は姫路酒井侯の御用商人で、書肆も営んでいたといい、播磨俳諧の発展に大きく貢献した。そんな千山に、惟然は芭蕉から貰った遺品を与える約束をしている。」(『風羅念仏にさすらう─口語俳句の祖、惟然坊評伝─』p.188)

 その姫路には、良々、厚風、至楽、冬月、定當、多幸、雪柯などの面々がいた。
 惟然の超軽みの俳諧は、基本的には禅の文化にありがちな、地道な修行や思索を重ねることで真理を得るのではなく、その場のひらめきによる頓悟を求め、理屈抜きで意味のないことに意味を見出そうとする傾向によるものであろう。江戸後期になるが仙厓義梵の絵などにも通じるものがある。
 『二葉集』に載っている面(面六句)をちょっと見ておこう。

   其の一
 おさだまりぞないてや雁の渡るらん  厚風
   うかりうかりと秋をくらいた   凉風
 是もまた食になる葉ぞ月にみや    惟然
   すべりころべど土はかまわぬ   定當
 此橋は作物ばしか作蔵か       多幸
   いつの間にまあ我はとうから   元用

 発句、

 おさだまりぞないてや雁の渡るらん  厚風

は今で言う「お約束」ということか。秋になれば雁は鳴きながら日本に渡ってくるというのは、あまりに月並みな趣向だから、ちょっと自虐的に「お約束だけど」と言ってみたのだろう。

   おさだまりぞないてや雁の渡るらん
 うかりうかりと秋をくらいた   凉風

 「うかり」は「憂かり」か。もちろん「雁」と掛けている。「くらいた」というのは「暮にした」ということか。「暮」を「くらう」と動詞化したのだろう。秋。

   うかりうかりと秋をくらいた
 是もまた食になる葉ぞ月にみや    惟然

 これは里芋のことだろうか。里芋は昔から月に供えるもので、芋名月という言葉もある。前句の「くらいた」を「食らうた」に取り成したか。秋。

   是もまた食になる葉ぞ月にみや
 すべりころべど土はかまわぬ   定當

 「月にみや」を月のある明るい夜に見たほうがいいという意味の取り成す。ほら言ったこっちゃない、土のやわらかい所に足を取られて転んだじゃないか。無季。

   すべりころべど土はかまわぬ
 此橋は作物ばしか作蔵か       多幸

 「作物ばし」は作り物の橋、形だけの橋ということか。「作蔵」はデジタル大辞泉によると、「男根を擬人化した語。」だそうだ。ってことはシモネタか。無季。

   此橋は作物ばしか作蔵か
 いつの間にまあ我はとうから   元用

 「とうから」は意味不明。「とうがらし」だと秋になるので、ここでは出せない。「きびがら」のことか。

   其の二
 どつこいなどつこいどこいほうなげた  多幸
   はつはつはつと秋風が吹く       凉風
 のらりくらりやだけるさかひ月暮て   元用
   めつたやたらに雁が啼はい     定當
 其所(そこ)ちつと大事の事がのいてくれ 千山
   隣にやまぶ何をごろつく      元灌

 発句、

 どつこいなどつこいどこいほうなげた  多幸

の「どつこい」は「どすこい」のことか。どすこい、どすこい、どこへほうりなげた、と相撲の句で秋の句となる。

   どつこいなどつこいどこいほうなげた  多幸
 はつはつはつと秋風が吹く       凉風

 「つ」は小さな「っ」で、はっはっはっ、と笑うように秋風が吹くということか。秋。

   はつはつはつと秋風が吹く
 のらりくらりやだけるさかひ月暮て   元用

 「やだける」は方言か。意味不明。「よだけし」が訛って動詞化したものか。だとすると、のらりくらりと面倒くさがって何もしないうちに日が暮れて月が出る。秋。

   のらりくらりやだけるさかひ月暮て
 めつたやたらに雁が啼はい     定當

 これは説明の必要もなさそうだ。秋。

   めつたやたらに雁が啼はい
 其所(そこ)ちつと大事の事がのいてくれ 千山

 雁にそこ通るからどいてくれというだけのことか。何か別の意味があるのか、不明。無季。

   其所(そこ)ちつと大事の事がのいてくれ
 隣にやまぶ何をごろつく      元灌

 「やまぶ」は山伏。といってもただのごろつきか。無季。

   其の三
 まあ寝まいあれほど月が晴て居る   凉風
   ふらふらふらのすすきふらふら  惟然
 くはとその猫にはかえぬ鳥啼て    定當
   今のどさりは何じゃどさりは   千山
 こまりますそれではあまりどふもども 元用
   たつた所は男いつぴき      多幸

 発句、

 まあ寝まいあれほど月が晴て居る   凉風

 せっかく月が晴れてよく見えるのだから寝るまいぞ。わかりやすい。秋。

   まあ寝まいあれほど月が晴て居る
 ふらふらふらのすすきふらふら  惟然

 これは揺れる薄が催眠術のように眠気を誘うということか。秋。

   ふらふらふらのすすきふらふら
 くはつとその猫にはかえぬ鳥啼て    定當

 「にはかえぬ」は「俄か得ぬ」か。ねこが「くわっ」と威嚇したが、捕まえることのできない鳥が鳴いている。秋は三句つづけなくてはいけない所だが、ここ無季。

   くはとその猫にはかえぬ鳥啼て
 今のどさりは何じゃどさりは   千山

 「どさり」は多分猫が木から落ちた音でしょう。無季。

   今のどさりは何じゃどさりは
 こまりますそれではあまりどふもども 元用

 これは女中か何かの台詞か。ちょっとシモネタに走ってないか。無季。

   こまりますそれではあまりどふもども
 たつた所は男いつぴき      多幸

 やっぱシモネタじゃん。無季。
 まあ、こんな感じの他愛のない句が、惟然の超軽みの行き着いた所なのだろう。

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