今日は神無月の晦日。今日も小雨が降った。
それでは「鳶の羽も」の巻の続き。
二裏。
三十一句目。
湖水の秋の比良のはつ霜
柴の戸や蕎麦ぬすまれて歌をよむ 史邦
いくつかの古注が、『古今著聞集』の、
盗人は長袴をや着たるらむ
そばを取りてぞ走り去りぬる
の歌を引用している。
『猿みのさかし』(樨柯坊空然著、文政十二年刊)には、
「新蕎麦と付たる句にして、時節の懸合せ初霜の降り置たるに新蕎麦と思ひ寄たる句にして、蕎麦は霜をおそるる物なれば也。その霜に倒れたる蕎麦を刈取たるなどは曲もなければ、拠(よりどころ)を踏へて一句を作りたる也と知べし。
そは古今著聞集に、澄恵僧都の坊の隣なりける家の畠にそばをうへて侍けるを、夜る盗人みな引て取たりけるを聞てよめる
ぬす人はながばかまをやきたるらん
そばをとりてぞはしりさりぬる
此俤を一句のうへに作りたる手づま也。」
とある。
霜で駄目になった蕎麦を盗まれたということにしたのかもしれない。
梅白し昨日ふや鶴を盗まれし 芭蕉
のようなものかもしれない。
三十二句目。
柴の戸や蕎麦ぬすまれて歌をよむ
ぬのこ着習ふ風の夕ぐれ 凡兆
「ぬのこ」はweblio辞書の「三省堂 大辞林 第三版」に、
「木綿の綿入れ。 [季] 冬。 → 小袖(こそで)」
とある。
時節を付けて流すわけだが、打越と被らないようにしなくてはならない。「初霜」が朝なのに対し「風の夕暮れ」とし、「ぬのこ」で冬に転じる。
『七部十寸鏡猿蓑解』(天堂一叟著、安政四年以前刊)に、
「そば盗れしと言より時分を付て、ゆふ暮とはいへる也。」
とある。
三十三句目。
ぬのこ着習ふ風の夕ぐれ
押合て寝ては又立つかりまくら 芭蕉
「かりまくら」は仮寝と同じで旅体になる。
安い宿だと一つの部屋にこれでもかと詰め込んで、押し合いながら寝ることになる。
三十四句目。
押合て寝ては又立つかりまくら
たたらの雲のまだ赤き空 去来
前句の「立つ」から早朝の旅立ちとし、製鉄所の炎のような朝焼けを付ける。
三十五句目。
たたらの雲のまだ赤き空
一構鞦つくる窓のはな 凡兆
「鞦(しりがい)」はコトバンクの「デジタル大辞泉の解説」に、
「1 馬具の一。
㋐馬の尾の下から後輪(しずわ)の四緒手(しおで)につなげる緒。
㋑面繋(おもがい)・胸繋(むながい)および㋐の総称。三繋(さんがい)。押掛(おしかけ)。
2 牛の胸から尻にかけて取り付け、車の轅(ながえ)を固定させる緒。」
とある。
前句をたたらの炎の夜空を染める様とし、「まだ」に夜遅くまで働いていることを含める。
同じ頃鞍細工の職人はしりがいを一構え作り上げる。窓の外にはたたらの炎に照らされたのか、夜でも桜の花が咲いているのが見える。
対句のように並列する向え付けだが、ともに身分の低い者の過酷な労働を匂わせ響きあっている。そんな働く人にお疲れ様とばかりに窓の花を添える。
挙句。
一構鞦つくる窓のはな
枇杷の古葉に木芽もえたつ 史邦
窓の外には桜だけではなく枇杷の木も若葉が芽生えている。
枇杷の葉っぱはお灸に用いられ、労働で疲れた体に癒しを与えてくれる。「もえたつ」というのは若葉が萌えるのと、お灸の葉が燃えるのとを掛けているのか。
そういうわけでみんなお疲れ様というところでこの一巻は満尾する。
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