今日は石黒光男さんの絵を見に谷中の寺町美術館+GALLERYに行き、そのあと移動販売の店でピザを食べ谷中ビールを飲み、上野公園を通って、上野でキムチを買って帰った。
それでは「鳶の羽も」の巻の続き。
二表。
十九句目。
ひとり直し今朝の腹だち
いちどきに二日の物も喰て置 凡兆
いわゆる「やけ食い」ていうやつで、食べてストレスを解消するのはよくあることだ。
それにしても二日分はちょっと盛った感じで、まあ、そのほうが話としては面白い。
一度に二日分の飯を喰うそいつはどんなやつだという想像力をかきたてる部分もあるが、別に正解があるわけではない。
『猿談義』(戸田文鳴著、明和元年刊)は「任侠」だといい、『俳諧古集之弁』(遅日庵杜哉、寛政四年刊)は「車力日雇」といい、『猿蓑四歌仙解』(鈴木荊山著、文政五年序)は「此人短慮我儘、平なる時は喰ひ、不平なれば不喰、只一家一軒の主人にほこり、常に妻奴を駆使する卑俗の人品なる」という。
『俳諧鳶羽集』(幻窓湖中、文政九年稿)は「疳積聚持、或は気ふれものなど」というし、『猿みのさかし』(樨柯坊空然著、文政十二年刊)は「日雇飛脚」といい、『七部婆心録』(曲斎、万延元年)は「我儘女」という。
まあ、妄想は人の自由だが、今の俳句解説でもえてしてこうした議論に陥る傾向がある。いかにも俺は深読みが出来るんだぞとばかりに妄想を競い、これがわからないなら文学を論ずべからずみたいな話になるのは愚かなことだ。
二十句目。
いちどきに二日の物も喰て置
雪けにさむき島の北風 史邦
「雪け」はコトバンクの「大辞林 第三版の解説」に、
「雪模様。 「冬の夜の-の空にいでしかど影よりほかに送りやはせし/金葉 恋下」
とある。「今にも雪の降りそうな空模様」をいう。
前句の大食いをやけ食いではなく寒さに備えてのこととする。
二十一句目。
雪けにさむき島の北風
火ともしに暮れば登る峰の寺 去来
島の山の上にあるお寺は灯台のような役割も果たしていたのだろう。寒い時でもサボるわけにはいかない。
『猿談義』(戸田文鳴著、明和元年刊)には、
「哦々たる岩根常に雲霧を帯び、嶺上嵐はげしければ住居すべきにもあらず。暮れば麓の坊より勤る。此灯は渡海船の日当ならん。」
とある。
『秘註俳諧七部集』(伝暁台註・政二補、天保十四年成立)にも、
「其寒キ場ヲ付テ言外ニ渡海ノ灯籠トキカセタリ。」
とある。
二十二句目。
火ともしに暮れば登る峰の寺
ほととぎす皆鳴仕舞たり 芭蕉
ホトトギスも水無月になれば滅多に声を聞くこともなくなる。この前までけたたましく鳴いていたホトトギスも、静かになれば夜も寂しいものだ。山寺の常夜灯に火を灯す人にとっても寂しい季節になる。
『芭蕉翁付合集評註』(佐野石兮著、文化十二年)には「深林幽寺趣。」とある。これに付け加えることはない。
二十三句目。
ほととぎす皆鳴仕舞たり
痩骨のまだ起直る力なき 史邦
長く病に臥せっている間に、春も過ぎ、時鳥の季節も過ぎてしまった。
『秘註俳諧七部集』(伝暁台註・政二補、天保十四年成立)に、
「啼仕廻ウト言詞ニ月日ノ早立行ヲ歎ク意トシテ、長病ノ歎ク体ヲ言。」
とある。
二十四句目。
痩骨のまだ起直る力なき
隣をかりて車引こむ 凡兆
古注に『源氏物語』夕顔巻の俤を指摘するものが多い。
夕顔巻の冒頭には、
「六条わたりの御忍びありきの頃、うちよりまかで給ふなかやどりに、大弐(だいに)のめのとのいたくわづらひてあまに成りにける、とぶらはむとて、五でうなるいへたづねておはしたり。
御車いるべき門はさしたりければ、人してこれみつ(惟光)めさせて、またせ給ひけるほど、むつかしげなるおほぢのさまをみわたし給へるに、この家のかたはらに、ひがきといふ物あらたしうして、かみははじとみ四五けん斗あげわたして、すだれなどもいとしろうすずしげなるに、をかしきひたひつきのすきかげ、あまたみえてのぞく。
源氏の君が六条御息所の所にこっそりと通ってた頃、内裏を出て六条へ向う途中の宿にと、大弐(だいに)の乳母(めのと)がひどく体調を崩し尼になったのを見舞いに、五条へとやってきました。
車を入れようとすると門は錠が鎖されていて、人に惟光(これみつ:乳母の息子)を呼んで来させて、来るのを待ちながらごちゃごちゃとした大通りの様子を眺めていると、乳母の家の隣に真新しい檜を編んで作った檜垣があり、その上半分は半蔀(はじとみ)という外開きの窓になっていて、それが四五軒ほど開いた状態になり、そこに掛けてある白い簾がとても涼しげで、女の可愛らしい額が透けて見えて、みんなで外を覗いているようでした。」
とある。
ここでは結局惟光が門を開けて車を引き入れ、別に隣を借りたわけではなかった。
それに凡兆の句では元ネタで重要な夕顔との出会いという要素を欠いているため、何となく「車」を出すことで王朝っぽい雰囲気を出すに留まる。それゆえに。これは本説ではなく俤に留まる。
0 件のコメント:
コメントを投稿