「野は雪に」の巻、続き。
四十一句目。
大ぶくの爐にくぶる薫
佐保姫と言ん姫御の身だしなみ 蝉吟
前句の「くぶる薫(たきもの)」を「大ぶくの爐」に染み付いた香りではなく、姫君の衣の薫物とする。春三句目だから春の季語になる佐保姫を出す。
四十二句目。
佐保姫と言ん姫御の身だしなみ
青柳腰ゆふ柳髪 一以
その姫君の姿を付ける。柳腰と青柳を掛け、それに柳髪を加える柳尽くしの女性だ。
四十三句目。
青柳腰ゆふ柳髪
待あぐみ松吹風もなつかしや 宗房
柳といえば風。松は当然ながら待つに掛かる。「なつかし」は心引かれるという昔の意味で「なつく」から来ている。
四十四句目。
待あぐみ松吹風もなつかしや
因幡の月に来むと約束 一笑
『校本芭蕉全集 第三巻』(小宮豐隆監修、一九六三、角川書店)の注にもあるとおり、
立ち別れいなばの山の峰に生ふる
まつとし聞かば今帰り来む
中納言行平
を本歌とする。「約束」という言葉が俳言になる。謡曲『松風』では松風・村雨の二人の姉妹を残し結局帰ってこなかった。
四十五句目。
因幡の月に来むと約束
鹿の音をあはれなものと聞及び 正好
因幡は稲葉に通じる。
山里の稲葉の風に寝覚めして
夜深く鹿の声を聞くかな
中宮大夫師忠(新古今集)
旅寝して暁がたの鹿の音に
稲葉おしなみ秋風ぞ吹く
大納言経信(新古今集)
などの歌がある。
四十六句目。
鹿の音をあはれなものと聞及び
おく山とある歌の身にしむ 蝉吟
「おく山とある歌」は『校本芭蕉全集 第三巻』(小宮豐隆監修、一九六三、角川書店)の注にもあるとおり、
奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の
声聞く時ぞ秋は悲しき
猿丸大夫
の歌を指す。
前句の「聞及び」を実際に聞いたのではなく人の話に聞いたものとし、実際に奥山にいるわけではないけど、あの歌が身に染みるとしたか。
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