2018年11月27日火曜日

 「野は雪に」の巻、続き。
 四十一句目。

   大ぶくの爐にくぶる薫
 佐保姫と言ん姫御の身だしなみ 蝉吟

 前句の「くぶる薫(たきもの)」を「大ぶくの爐」に染み付いた香りではなく、姫君の衣の薫物とする。春三句目だから春の季語になる佐保姫を出す。
 四十二句目。

   佐保姫と言ん姫御の身だしなみ
 青柳腰ゆふ柳髪       一以

 その姫君の姿を付ける。柳腰と青柳を掛け、それに柳髪を加える柳尽くしの女性だ。
 四十三句目。

   青柳腰ゆふ柳髪
 待あぐみ松吹風もなつかしや 宗房

 柳といえば風。松は当然ながら待つに掛かる。「なつかし」は心引かれるという昔の意味で「なつく」から来ている。
 四十四句目。

   待あぐみ松吹風もなつかしや
 因幡の月に来むと約束    一笑

 『校本芭蕉全集 第三巻』(小宮豐隆監修、一九六三、角川書店)の注にもあるとおり、

 立ち別れいなばの山の峰に生ふる
     まつとし聞かば今帰り来む
               中納言行平

を本歌とする。「約束」という言葉が俳言になる。謡曲『松風』では松風・村雨の二人の姉妹を残し結局帰ってこなかった。
 四十五句目。

   因幡の月に来むと約束
 鹿の音をあはれなものと聞及び 正好

 因幡は稲葉に通じる。

 山里の稲葉の風に寝覚めして
     夜深く鹿の声を聞くかな
               中宮大夫師忠(新古今集)
 旅寝して暁がたの鹿の音に
     稲葉おしなみ秋風ぞ吹く
               大納言経信(新古今集)

などの歌がある。
 四十六句目。

   鹿の音をあはれなものと聞及び
 おく山とある歌の身にしむ   蝉吟

 「おく山とある歌」は『校本芭蕉全集 第三巻』(小宮豐隆監修、一九六三、角川書店)の注にもあるとおり、

 奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の
     声聞く時ぞ秋は悲しき
               猿丸大夫

の歌を指す。
 前句の「聞及び」を実際に聞いたのではなく人の話に聞いたものとし、実際に奥山にいるわけではないけど、あの歌が身に染みるとしたか。

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