「木のもとに」の巻2の続き。
二十七句目
源氏をうつす手はさがりつつ
ひちりきの音をふきいれるよもすがら 風麦
(ひちりきの音をふきいれるよもすがら源氏をうつす手はさがりつつ)
前句の源氏物語の写本が進まないのを、源氏物語にしばしば登場する雅楽の方に魅せられてしまって、篳篥(ひちりき)にはまってしまったからだとする。もっとも、源氏の君が得意とするのは七弦琴と竜笛・高麗笛の横笛類で、篳篥はお付きのもの(惟光?)が吹いていた。
無季。「よもすがら」は夜分。そのため二十九句目の月は夜以外の月になる。
二十八句目
ひちりきの音をふきいれるよもすがら
燕子楼のうち火の気たえたり 芭蕉
(ひちりきの音をふきいれるよもすがら燕子楼のうち火の気たえたり)
宮本三郎の註には、「前句の『ひちりき』から、杜甫の夔(キ)州での淋しい生活を詠じた『秋興八首』の七律を連想した付。」とある。その詩は以下のものだ。
秋興八首之二 杜甫
夔府孤城落日斜 毎依北斗望京華
聽猿實下三聲涙 奉使虚隨八月槎
畫省香爐違伏枕 山樓粉堞隱悲笳
請看石上藤蘿月 已映洲前蘆荻花
夔府の孤城に日は斜めに落ちて行き、いつものよう北斗七星が指し示す京華の方角を眺める。
たびたび鳴くテナガザルの声を聞いては涙が落ちて、使いを奉じては空しく八月の筏は天の川を流れる。
尚書省の香炉に背いて病の枕に伏せば、山の上の楼閣の女墻(ひめがき)は悲しい蘆笙の音に覆われる。
見てくれよ石の上の藤蘿の月、既に中洲の前の蘆や荻の花を照らせる。
テキストによっては「北斗」が「南斗」になっているものもあるが、杜甫が赴任された夔から見ると長安の都は北に位置するので「北斗」でなければいけないと思う。
また、ここに登場する「笳」は蘆笙のことで、篳篥ではなく笙の方で、江南地方には大小さまざまな蘆笙がある。パイプオルガンやバグパイプの親戚とも言える。
また、付け句の燕子楼は徐州で夔州とは方角が違う。燕子楼というとむしろ白居易の詩で有名だ。
燕子楼 白居易
滿窗明月滿簾霜 被冷燈殘払臥床
燕子樓中霜月夜 秋來只爲一人長
窓を満たす明月に簾を満たす霜
冷えた着物、残る灯りに払いのける臥床(ふしど)
燕子樓の中は霜の月夜
それは秋の到来、ただ一人のために長い
この句はむしろ、前句の秋の夜長から白居易の「燕子楼」で付けた句で、ただ「燈殘」を「火の気たえたり」に代えたと見た方がいいのではないかと思う。
二十九句目
燕子楼のうち火の気たえたり
ゆふ月を扇に絵がくあきの風 三園
(ゆふ月を扇に絵がくあきの風燕子楼のうち火の気たえたり)
打越に「よもすがら」があるため、ここでは夜分の月を出せない。そのため「夕月」にして、それも絵に描いた月にして夜分をのがれている。「火の気たえたり」に「秋の風」が付く。
季題は「ゆふ月」「あきの風」で秋。
三十句目
ゆふ月を扇に絵がくあきの風
露こひしがる人はみのむし 土芳
(ゆふ月を扇に絵がくあきの風露こひしがる人はみのむし)
月に露、秋風に蓑虫と四手(よつで)に付ける。
秋風の頃、扇に夕月の絵を描く人は、露を恋しがる人で、それは誰かと尋ねたら‥‥当然芭蕉さんということになる。
蓑虫の音を聞きに来よ草の庵 芭蕉
は貞享四年の句。これにちなんで土芳は自らの草庵を「蓑虫庵」にしたという。
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