2017年4月2日日曜日

 今日二子玉川のあたりの多摩川を散歩したら、土手一面に白い花が咲いていた。何の花かと思って帰ってからネットで調べたら、どうやらハマダイコンだったようだ。
 ハマダイコンはネットで普通に目に付く項目だけを見ていると、栽培種の大根の野生化したものだということだが、ネット上では一番目に付く説が必ずしも正しい説とは限らない。
 いろいろ調べているうちにわかったのは、ハマダイコンはかつては栽培品種が逸出したものだと考えられてきたが、一九九一年に農学者の青葉高が大陸から古い時代に渡来した野性ダイコンの後代だという説を唱え、一九九六年、一九九八年に総合生命科学部生命資源環境学科の山岸博教授が、ミトコンドリアDNAの解析から、ハマダイコンが栽培ダイコンから逸出したものではないことを証明した、ということだった。
 また、二〇〇二年には許萬奎(フウ・マンキュウ)の「韓国及び日本におけるハマダイコン野生集団の遺伝学的研究」では、韓国と日本のハマダイコンがきわめて近縁で韓国や日本の栽培ダイコンとは別のグループに属し、韓国日本のハマダイコンよりカザフスタンのハマダイコンと栽培ダイコンの方がヨーロッパの野生ダイコンにより近いことから、栽培ダイコンの起源がヨーロッパにあり、ヨーロッパの野生ダイコンが大きく関与しているとした。
 ヨーロッパの野生ダイコンが、一方ではハマダイコンとして大陸から日本に入っていたのに対し、それと平行してヨーロッパで野生ダイコンから栽培ダイコンが作られ、それが大陸を経て伝わり日本の栽培ダイコンになったと考えていいのだろう。
 恵泉女学園大学人間環境学科の藤田智教授も、「日本のダイコンは、時代は特定できないが、かなり古い時代に中国大陸から野生ダイコンと栽培ダイコンが伝搬し、これらの栽培化や交雑後代の選抜などで多様な品種が成立した」としている。
 ウィキペディアによると、平安時代中期の『和名類聚抄』には於保禰(おほね)とハマダイコンまたはノダイコンと見られる古保禰(こほね)が栽培されてた、とある。
 春の七草の「すずしろ」がどちらなのかはよくわからないが、野に自生してる菜摘の対象だったとしたら、栽培種の大根ではなくハマダイコンだったのかもしれない。
 大根の花を詠んだ句は『続猿蓑』に一句ある。

 ふみたふす形(なり)に花さく土大根  乃龍

 多摩川には他にも菜の花も咲いていたし、雪柳(小米花)はたくさん植えてあった。桜の下では花見する人が多数来ていたが、花は一分咲きにも満たない程度。
 テレビでは上野公園の桜が満開になったことが大々的に伝えられてたが、同じ東京でもこうも違うのか。家の近くでも三分くらいは咲いているから、多摩川河川敷の桜は遅い。冷たい風が通り抜けるせいなのか。
 桜は一斉に咲いて一斉に散るものというイメージがあったが、近頃は桜も分断されているのか。

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