今朝は穏やかな天気でまさに学校で習った、
ひさかたのひかりのどけき春の日に
しづ心なく花の散るらむ
紀友則
の歌の通り、桜の花がはらはらはらはら散っていた。
午後になるとあまり散らなくなったなと思ったら、夕方に一転俄にかき曇りではないが、東西に長い真っ黒雲が現れ、あの下は雨だろうなと思ったら本当に雨が降り出した。
家に帰ると、『校本芭蕉全集』の第三巻と第四巻が届いていた。これでいよいよ「木のもとに」の巻に入れる。
前にも述べたが、
木のもとに汁も膾も桜かな 芭蕉
を発句とする俳諧連歌は三つある。
一つは「元禄三年三月二日、ハイ(言偏に炭)諧之連歌」の端書のある四十句からなるもので、『校本芭蕉全集』第四巻(宮本三郎校注)によると、
「端書の日付の通り、伊賀上野の藤堂家の藩士、小川風麦亭で催されたもので、前半(初折十八句)を風麦、その後を芭蕉筆によるとする(『花はさくら』序)懐紙が伝存する(天理図書館蔵)。秋屋編『花はさくら』(寛政十三年刊)や天然居士編『十丈園筆記』(文政年間刊)、『一葉集』初収。」
とある。
脇は
木のもとに汁も膾も桜かな
明日来る人はくやしがる春 風麦
もう一つは初の懐紙、つまり十八句目までは一緒だが、その後が異なる歌仙(三十六句)。『校本芭蕉全集』第四巻(宮本三郎校注)によると、
「猪来編『蓑虫庵小集』(文政七年刊)に、「右一巻之連句ハ柳下生ノ家ニ蔵ス、乞テ世ニ披露ス」と付記して収める。」
とある。
三つ目が珍碩編の『ひさご』(元禄三年八月刊)に収録された、よく知られている歌仙で、脇は、
木のもとに汁も膾も桜かな
西日のどかによき天気なり 珍碩
『校本芭蕉全集』第四巻(宮本三郎校注)によると、
「三月中旬(または下旬)、近江膳所に出た芭蕉が、珍碩(酒堂)・曲水と巻いた三吟」
とある。
ふつうならこの三番目のだけを読む所だが、あえて他の二つのも読んでみて、その違いを確かめてみたい。
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