レギュラーの「あるある探検隊」ネタで「シュートチャンスにパスをする」というのがあったが、百年たったらこのネタの何が面白かったのか、謎になるかもしれない。まず、何の競技のシュートだったのか。シュートチャンスになるようにパスを出したんならナイスプレーではないかなど、まったく違った意味に受け取られているかもしれない。
まして芭蕉の俳諧は300年以上も前のこと。今回もまず「竹の割下駄」で悩んでしまった。
そういうわけで、「梅若菜」の巻のラスト三句。
三十四句目
形なき繪を習ひたる會津盆
うす雪かかる竹の割下駄 史邦
(形なき繪を習ひたる會津盆うす雪かかる竹の割下駄)
史邦(ふみくに)は尾張犬山の出身で京都在住。
ここでまず問題なのは「竹の割下駄」というのがどういう下駄かだ。割下駄で検索すると八ツ割下駄というのが出てくる。八つ割にした歯の上に藺草や裂いた竹を編んだ表を乗せたもので、柔軟性があって歩きやすい。雪駄に近く、底の皮の代わりに八つ割にした板を張ったという感じだ。
会津桐の博物館のサイトを見ると、そこにも桐の八つ割りというのがあって、「下が熱い所で仕事をする時などに履いていた。セッタの底に桐のコマのようなものをつなげてつける。下が熱いはがね作りの作業用下駄であった。」とある。ただ、これは竹ではない。雪とも関係なさそうだ。
「古文書ネット」というサイトだと、「竹下駄」というのが紹介されている。文化七年刊の八隅芦庵著『旅行用心集』からの引用で、「此外下駄も草履下駄の如く辷(すべ)る也、是は辷るに曲ることなくまつすくにはしるなり、近年多くこれを用ゆるといふ、是等旅具にあらざれとも雪国のみの物故出也」とある。時代も元禄ではないが古註に近い年代で、雪国で用いられたという点も符合する。ただ、絵を見ると竹を半分に割ったものに鼻緒をつけただけのシンプルなもので、子供がすべって遊ぶためのスケート靴のようなもののようだ。
結局これだけではよくわからない。古註を見てみよう。
『七部集振々抄』(振々亭三鴼著、天明四年)には「竹にて拵たる下駄也。」とある。
『猿蓑付合考』(柳津魚潜著、寛政五年一月以降成)には「塗物細工する者の小庭にはかかる下駄など有べし。」とある。庭下駄の一種か。
『猿蓑四歌仙解』(鈴木荊山著、文政五年序)には「是は茶人の庭先きと見ゆ。」とある。茶人が履いたということは雪駄系、だとすると八つ割り下駄か。
『俳諧七部集打聴』(岡本保孝、慶応元年~三年成立)には「あたへのやすき竹の割下駄はくさま也。」とある。「あたへ」が「あたひ」のことだとすると、安価だったのか。
『俳諧猿蓑付合注解』(桃支庵指直著、明治二十年刊)には「降雪に、庭下駄のぬるるも気づかざるさまを含みし逃句の付方也。」とある。やはり庭下駄だから、竹を編んだものに割り歯を付けた八つ割り下駄のことなのだろう。
とりあえず、ここでは八つ割り下駄と見ていいだろう。会津漆器の乾漆の盆を作るような人なら、庭下駄に竹の八つ割り下駄を履く風流人で、会津だからその下駄の上にうっすらと雪が積もり、履こうにも履けないという所に俳諧らしい笑いがあった、というところか。
季題は「薄雪」で冬。降物。次は花の定座だが、あえて冬か。「下駄」は衣装。
三十五句目
うす雪かかる竹の割下駄
花に又ことしのつれも定らず 野水
(花に又ことしのつれも定らずうす雪かかる竹の割下駄)
野水は名古屋の人。『野ざらし紀行』の旅の途中で荷兮、杜国らと巻いた俳諧は『冬の日』にまとめられ、芭蕉七部集の最初のものとなった。
前句が冬なので、「花」は出すけどこれから花の季節が来て、どこか花見の旅に出ようと思うに、同行者が定まらずとし、今は一人部屋に籠り、庭下駄の竹の割下駄も雪が積もっている。
『猿みのさかし』(樨柯坊空然著、文政十二年刊)には、「竹の割下駄をはく人のうへにして、年々花の旅を心懸るに、今年も又連の定まらぬと心せかるるさまの付にして、乙州餞別の俳諧、名残の花に一巻の守備を調ふ付也としるべし。」とある。春に旅立つ乙州に、一緒に花を見に行けないのが残念ということか。
季題は「花」で春。植物、木類。「つれ」は人倫。
挙句
花に又ことしのつれも定らず
雛の袂を染るはるかぜ 羽紅
(花に又ことしのつれも定らず雛の袂を染るはるかぜ)
羽紅はウコウと読む。ハクではない。凡兆の妻。おとめさん。
春といえば春の女神、佐保姫。春風が雛の袂を染めるというのは、佐保姫の霞の衣からのイメージで『詞花集』には、
佐保姫の糸染め掛くる青柳を
吹きな乱りそ春の山風
平兼盛
の歌もある。柳の緑も佐保姫の染めたものとしている。
花見の参加者も決まらぬままに桃の節句となり、雛の袂の鮮やかな色彩は山々を緑やくれないに染め上げるように、佐保姫の春風が染めていったのだろうか、と付く。さながら羽紅自身が佐保姫になったかのように、この一巻を目出度く締めくくる。
『秘註俳諧七部集』(伝暁台註・政二補、天保十四年成立)には「花ノ噂ヲスル一間ノ風情ヲ言リ。但春染ル神ト言ハ佐保姫ノ事ニテ、染ル春風トナシタルハ一段ナリ。」とある。
季題は「雛」「春風」で春。
0 件のコメント:
コメントを投稿