今日はほんの短い間だったが白いものがちらちらと舞った。記録には残らない程度の降雪だった。鉛色の雲が覆ったかと思ったら晴れ間があったり、「北国日和定めなき」という北国の空もこんなだろうかと思った。
それでは、「雪の松」の巻の続き。二裏に入る。
三十一句目
酒をとまれば祖母の気に入
すすけぬる御前の箔のはげかかり 子珊
(すすけぬる御前の箔のはげかかり酒をとまれば祖母の気に入)
御前は『七部集振々抄』(振々亭三鴼著、天明四年五月序)に「一向宗の持仏也。」とある。ここで言う一向宗は戦国時代の一向一揆の一向宗ではなく、今の浄土真宗のことで、江戸幕府が本末制度に基づいて仏教のさまざまな宗派を系統立てた時に浄土真宗系の様々な宗派をそう呼ぶようになったようだ。
持仏は個人的に持ち運ぶことの出来る小さな仏像のことで、浄土真宗では金の仏像が推奨されている。
この句は「祖母の気に入すすけぬる御前の箔のはげかかり、酒をとまれば」と読むのが良いように思える。祖母は一向宗を信仰し金箔の念持仏を持っていたが、家督を継いだ孫が酒に溺れ家計は破綻し、仏像も手入れが行き届かず金箔がはがれてもそのままになっていた。酒をやめれば。そういう句ではないかと思う。
複雑な倒置は連歌ではしばしば見られるが、江戸時代の言語感覚では次第に理解が困難になっていったのではないかと思う。
古註では考えすぎの多い『七部婆心録』(曲斎、万延元年)の「酒止たら金が溜うとばばの喜ベバ、イヤ私が禁酒も廿年遅かった、此仏段と同じ事で」というのが近かったしヒントになった。これは仏壇の煤抜きに来た男が禁酒をして祖母に気に入られ、という解釈だが、煤抜きなんてことはどこにも書いてないから曲斎さんの例の類稀な想像力によるものだろう。
無季。「御前」は釈教。「仏の食」から三句隔てている。
三十二句目
すすけぬる御前の箔のはげかかり
次の小部屋でつにむせる声 利牛
(すすけぬる御前の箔のはげかかり次の小部屋でつにむせる声)
「つにむせる」は『標註七部集』(惺庵西馬述・潜窓幹雄編、元治元年)に「唾(ツ)に嚏(ムセル)ナリ。」とある。唾にむせること。
ここでいう御前は屋敷に設置された大型のものを言うのであろう。寺の本尊ではなく自宅で祀られるものは御前になる。
その横の部屋では控えのものが談笑し、笑うついでにむせて咳き込んでしまったのだろう。
『俳諧古集之弁』(遅日庵杜哉、寛政四年刊)には、「武家のもやうに転ず。傍輩どものおかしさをこらえ居る体、世情を尽せり。」とある。「傍輩」は同僚ということ。
無季。「小部屋」は居所。
三十三句目
次の小部屋でつにむせる声
約束にかがみて居れバ蚊に食れ 曾良
(約束にかがみて居れバ蚊に食れ次の小部屋でつにむせる声)
この巻は恋の句が少なかったので、本来二の裏はあっさりと終わらせるところをあえてここで恋を出したのだろう。
約束をして部屋で身をかがめて待っていると蚊に食われてしまい、隣ではようやく男が来たのか唾にむせる声がする。
普通に男女が会えばドラマチックなのだが、一方は蚊に食われ、一方は唾にむせてと散文的なところが俳諧というべきか。
『俳諧古集之弁』(遅日庵杜哉、寛政四年刊)には「夜分と見来る自然いふも更なり。」とある。これだけではよくわからないが、次の句の所には「前句ハ恋なるを」とあり、夜分と見て、自ずと男女の合う場面を出したのは言うまでもない、というところか。
季題は「蚊」で夏。虫類。「約束」は恋。
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