2023年7月9日日曜日

  ツイッターの奥の細道の続き。

五月二十一日

今日は旧暦5月20日で、元禄2年は5月21日。尾花沢。

今日も時折雨は降った。
午前中は鈴木小三郎の家に、夕方には沼沢所左衛門の家に招かれた。
どちらも地元で俳諧をやってる人で、基本的なことを少し教えたが、大体は世間話で終わった。
もっとも世間話は俳諧のネタになるので軽んじてはいけない。

あのあと清風の屋敷に泊まった。素英も来ていて、この前の興行の続きをやった。
風流は新庄に帰ったので四吟になった。

芭蕉「曾良の前句が海の旅も憂きという句だったから、ここは向かえ付けで陸の旅も哀れとしておこう。尿前の関は馬の隣に寝て、あんな体験はなかなかできないよな。

  秋田酒田の波まくらうき
うまとむる関の小家もあはれ也 芭蕉

清風「こっちじゃ馬の隣で寝るなんて普通だぞ。それより蚕が繭を作る頃の雷は困るにゃ。桑原桑原。

  うまとむる関の小家もあはれ也
桑くふむしの雷に恐づ 清風

曾良「養蚕というと女性の仕事が多くて、蚕の煩う季節ともなるとやつれて夏痩せになる。」

  桑くふむしの雷に恐づ
なつ痩に美人の形おとろひて 曾良

素英「盆踊りは出会いの場でもあるけど、夏痩せじゃ恥ずかしいにゃ。」

  なつ痩に美人の形おとろひて
霊まつる日は誓はづかし 素英

清風「お盆は満月で、明け方になれば申酉の方角に沈んでゆく。やがて自分もそちらの西方浄土に行くと思うと、あの日誓ったことが果たされなくて恥ずかしい。」

  霊まつる日は誓はづかし
入月や申酉のかたおくもなく 清風

芭蕉「中秋の名月なら放生会の日でもある。雁を放ちに草庵を出る。」

  入月や申酉のかたおくもなく
雁をはなちてやぶる草の戸 芭蕉

素英「雁を放つを放生会に結びつけずに、単に雁に逃げられたということにもできるにゃ。干し鮎も尽きては雁にも逃げられて心は寒く、花も散ったことで草庵を出る。」

  雁をはなちてやぶる草の戸
ほし鮎の尽ては寒く花散りて 素英

曾良「干し鮎は食べ尽くしたが、ごぼうはようやく芽が出たところ。花の季節に何を食えばいいのやら。」

  ほし鮎の尽ては寒く花散りて
去年のはたけに牛蒡芽を出す 曾良

芭蕉「枯れて死んだ畑に新しい命が芽生えるのは、死んでまた別の物になる胡蝶の夢のようなものか。荘周だけでなく蛙も蝶になるのかもしれない。」

  去年のはたけに牛蒡芽を出す
蛙寝てこてふに夢をかりぬらん 芭蕉

清風「蛙が夢に胡蝶となってどこか遠い所を飛び回る。でも、松明の火串を見れば、ここがどこかわかるんじゃないかな。さてここでクイズ、ここはどこの国でしょう。」

  蛙寝てこてふに夢をかりぬらん
ほぐししるべに国の名をきく 清風

曾良「どこの国か聞くといえば日本武尊。旅をしてる時に、

新治筑波を過ぎて幾代か寝つる

御火焼(みひたき)の翁の答は、

かがなべて夜には九日日には十日を

日数ではなく場所を聞いてるのに。」

  ほぐししるべに国の名をきく
あふぎにはやさしき連歌一両句 曾良

素英「確かそれ酒折だっけ。どこの国かは忘れた。連歌といえば戦国武将もよくする者が多いにゃ。辞世の連歌を残したりして。」

  あふぎにはやさしき連歌一両句
ぬしうたれては香を残す松 素英

清風「松の木に残る香といえば天女の羽衣にゃ。羽衣を隠されて酒を作らされるという伝説が丹後の方にあったか。晴れた日は井戸で水を汲まされて、こき使われている。あと、酒折は甲斐の国。」

  ぬしうたれては香を残す松
はるる日は石の井なでる天をとめ 清風

芭蕉「天をとめは乙女の尼さんにしよう。尼乙女。法華経を読む声が妙に艶かしくて却って煩悩を誘う。あと、さっきのクイズ、火串は鹿狩りに使う物だから志賀(しか)の国?

  はるる日は石の井なでる天をとめ
えんなる窓に法華よむ声 芭蕉

素英「この尼さんは小督の局にゃ。嵯峨へ探しに行った源仲国の官位はよくわからないが、特に役職のない近習なら従五位下だろうか。長いから六位にしておこう。」

  えんなる窓に法華よむ声
勅に来て六位なみだに彳し 素英

曾良「なら、従五位下の楠木正成に転じようか。桜井での息子との別れということで。」

  勅に来て六位なみだに彳し
わかれをせむる炬のかず 曾良

芭蕉「前句の別れを一騎打ちで勝負しようとする人にして、炬(たいまつ)はそれを見送る人達にしておこうかな。弓を射かける体勢に入る。」

  わかれをせむる炬のかず
一さしは射向の袖をひるがへす 芭蕉

清風「一騎だけ急に袖をひるがえして行ってどうしたのかと思ったら、水を飲みに行っただけだった。」

  一さしは射向の袖をひるがへす
かはきつかれてみたらしの水 清風

曾良「では、法螺貝を吹き疲れた山伏が水を飲みに行ったってしましょうか。月の定座で月も出して。」

 かはきつかれてみたらしの水
夕月夜宿とり貝も吹よはり 曾良

素英「木曽の木賊刈る男にゃ。寂蓮法師の、

木賊刈る木曽の麻衣袖濡れて
   磨かぬ露も玉と置きぬる

の袖が濡れたのは蓑を忘れたからだった。」

  夕月夜宿とり貝も吹よはり
とくさかる男や蓑わすれけん 素英

清風「信州といえば麦飯に蕎麦と、雑穀をよく食うにゃ。」

  とくさかる男や蓑わすれけん
たまさかに五穀のまじる秋の露 清風

芭蕉「石巻に来た時も麦飯だったな。夜明けの金華山の方に漁り火が見えたっけ。」

  たまさかに五穀のまじる秋の露
篝にあける金山の神 芭蕉

素英「金華山に来たんなら、福島石ケ森の子をなす石にも行ったかな。」

  篝にあける金山の神
行人の子をなす石に沓ぬれて 素英

曾良「石ケ森は通らなかった。文字摺り石を見た後、阿武隈川の東側を通って月の輪の渡しから瀬上に出ましてね。子をなす石が川のそばなら、そこから願いを書いた紙を流したりしそうですね。」

  行人の子をなす石に沓ぬれて
ものかきながす川上の家 曾良

清風「うっかり書いた物を流してしまったけど、拾いに行くのも面倒くさい。花には虫が群がっているし。あたら桜の咎にはありける。」

  ものかきながす川上の家
追ふもうし花すふ虫の春ばかり 清風

素英「花には虫が寄って来て、風が吹いて花が散れば鳥も巣を飛ばされないようにする。そうやって慌ただしく春は過ぎて行くもんですね。」

  追ふもうし花すふ虫の春ばかり
夜の嵐に巣をふせぐ鳥 素英


五月二十二日

今日は旧暦5月21日で、元禄2年は5月22日。尾花沢。

今夜は素英の家に招かれ、昨日に続き、曾良、清風、素英のメンバーで素英の家で俳諧興行をした。
素英の家は麻畑の中で、既に人の背丈くらいに成長し、視界を塞いでいた。最終的には8尺くらいになる。
一応、

這出よかひやが下のひきの声 芭蕉

の発句も用意してたが、忙しい中這い出てきた清風の方の発句を使った。

清風「それでは今日は甥の家での興行ということで、まあ身内だから粗末なところでという意味で。まあ、本当にそのまんまだけど。」

おきふしの麻にあらはす小家かな 清風

芭蕉「昼間は晴れたと思ったらまた夕立で、こういう土砂降りの雨は合羽より蓑の方が役に立つ。こちらもそのまんまだけど。」

  おきふしの麻にあらはす小家かな
狗ほえかかるゆふだちの蓑 芭蕉

素英「蓑着た人は猟師という展開にゃ。犬が吠えるのは鳥が罠にかかったからにゃ。」

  狗ほえかかるゆふだちの蓑
ゆく翅いくたび罠のにくからん 素英

曾良「ゆく翅(つばさ)は雁ということで、月を出しましょうか。月に飛ぶ雁を見ながら罠が憎いというのは、足元の石がぐらぐらして罠みたいだということで。」

  ゆく翅いくたび罠のにくからん
石ふみかへす飛こえの月 曾良

芭蕉「まだ月の残る朝ということにして、河原の石を渡って行くのは河原者で、染め物に用いる青花を摘みに行く。路通の好きそうなテーマだな。」

  石ふみかへす飛こえの月
露きよき青花摘の朝もよひ 芭蕉

清風「生活は苦しく、朝飯が食えないと騒いでる。」

  露きよき青花摘の朝もよひ
火の気たえては秋をとよみぬ 清風

曾良「秋をと詠みぬ、と取り成して島流しになった後鳥羽院ネタにしてみました。」

  火の気たえては秋をとよみぬ
この島に乞食せよとや捨るらむ 曾良

素英「乞食だったら小さな松の実も拾って命を繋ぐにゃ。」

  この島に乞食せよとや捨るらむ
雷きかぬ日は松のたねとる 素英

清風「松に巣をかけるのは正確にはコウノトリだったか。でも通常鶴と詠み習わされている。」

  雷きかぬ日は松のたねとる
立どまる鶴のから巣の霜さむく 清風

芭蕉「鶴は高士の比喩として用いられるからな。その高士の去った後の空き家なら、風流な暮らしができそうだな。どこかそういう所ないかな。」

  立どまる鶴のから巣の霜さむく
わがのがるべき地を見置也 芭蕉

素英「多くの隠遁者の好んだ地といえば廬山潯陽にゃ。廬山潯陽といえば白楽天長恨歌。」

  わがのがるべき地を見置也
いさめても美女を愛する国有て 素英

曾良「玄宗皇帝に限らず、みんな美女は好きですからな。特に敷島の大和国は色好みの国で、そのおかげで紅や白粉の生産も盛んで、今は戦争じゃなくあくまで市場競争と平話なもんですな。」

  いさめても美女を愛する国有て
べにおしろいの市の争ひ 曾良

芭蕉「化粧すれば山の木の葉も花野のように引き立つ。それもまた傑作というもの。古今集読人不知に、

秋の露の色々ことに置けばこそ
   山の木の葉の千草なるらめ

の歌があった。」

  べにおしろいの市の争ひ
秀句には秋の千草のさまざまに 芭蕉

清風「秀句といえば芭蕉さんですな。壺の碑を見てきて、これから象潟の月を見に行くんですか?」

  秀句には秋の千草のさまざまに
碑に寝てきさかたの月 清風

曾良「旅体ですな。月の象潟で船に泊まれば、船の中までコオロギがいたりしますね。」

  碑に寝てきさかたの月
篷むしろ舟の中なるきりぎりす 曾良

素英「舟に載せっぱなしで雨に濡れた薪は干さなきゃならない。」

  篷むしろ舟の中なるきりぎりす
つかねすてたる薪雨に干す 素英

芭蕉「捨てて雨晒しになってた薪を干して使うには貧乏臭い。貧しい僧の庵かな。花の季節には人がたくさん尋ねてくるけど、それが終わると一人質素に暮らすことになる。」

  つかねすてたる薪雨に干す
貧僧が花よりのちは人も来ず 芭蕉

清風「暇を持て余してお灸などしていると、そのまま寝落ちすることってあるよね。」

  貧僧が花よりのちは人も来ず
灸すえながら眠きはるの夜 清風

素英「灸据えながら眠い目をこすりこすり起きてる男を待つ女として、ここらで恋にするにゃ。待ってても男は来ずに蛙の水音だけがする。」

  灸すえながら眠きはるの夜
まつほどに足おとなくてとぶ蛙 素英

曾良「ちょっと灸据える女、微妙だな。菅を刈って暮らす身分の低い家の情景にしておきましょう。」

  まつほどに足おとなくてとぶ蛙
菅かりいれてせばき賤が屋 曾良

清風「貧しい家には梓巫女が回ってきたりするもんで、喪が明けた日に死者の霊を呼んでもらったりする。」

  菅かりいれてせばき賤が屋
はての日は梓にかたるあはれさよ 清風

芭蕉「梓巫女に死者の声を聞きながら、女が大事な鏡を売って出家する決意をする。」

  はての日は梓にかたるあはれさよ
今ぞうき世を鏡うりける 芭蕉

曾良「鏡を売って何か別の物を買うというふうにしましょうか。王朝時代の雰囲気で、八重の几帳が欲しくて。」

  今ぞうき世を鏡うりける
二の宮はやへの几帳にときめきて 曾良

素英「八幡神社の几帳にときめいてわざわざ放生会へ行くにゃ。」

  二の宮はやへの几帳にときめきて
鳥はなしやる月の十五夜 素英

芭蕉「そういえば聞いたんだが、津軽のほろ月に舎利という小さな綺麗な石のある浜辺があるとか。放生会の頃には行ってみたいな。」

  鳥はなしやる月の十五夜
舎利ひろふ津軽の秋の汐ひがた 芭蕉
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清風「シャリだったら焼飯にして山椒を掛けて食うのが美味い。津軽は行ったことないけど、大きな樟があるのかな。」

  舎利ひろふ津軽の秋の汐ひがた
椒かける三ツの樟の木 清風

素英「山椒で飯食ってる売れ残りの女がいて、ということで恋に持って行こうか。」

  椒かける三ツの樟の木
つくづくとはたちばかりに夫なくて 素英

曾良「婚期を逃したのは父親がふらっと旅に出て行ったから、でどうです?」

  つくづくとはたちばかりに夫なくて
父が旅寝を泣あかすねや 曾良

清風「父が北前船で航海してる時に、留守預かる娘が北の窓から北極星を見て無事を祈る。雲に隠れることはあっても動かない星。」

  父が旅寝を泣あかすねや
うごかずも雲の遮る北のほし 清風

芭蕉「動かないといえば面壁九年。ひたすら座禅を続ける。」

  うごかずも雲の遮る北のほし
けふも坐禅に登る石上 芭蕉

曾良「座禅してたのは改心した泥棒。」

  けふも坐禅に登る石上
盗人の葎にすてる山がたな 曾良

素英「改心した泥棒なら、子供が梁にかかって溺れてると聞けば、山刀をその場に投げ捨てて駆けつける。」

  盗人の葎にすてる山がたな
梁にかかりし子の行へきく 素英

芭蕉「梁にかかったこの所に駆けつけるのに刎橋(はねばし)を渡る。その橋へと猿が導く。甲州街道に猿橋ってあったな。天和の頃に行ったっけ。」

  梁にかかりし子の行へきく
繋ばし導く猿にまかすらん 芭蕉

清風「猿といえば杜牧が猿の叫ぶ三声は腸を断つ。杜甫にも猿鳴三声の詩があったな。猿の導く猿橋には詩人が住んでたりして。」

  繋ばし導く猿にまかすらん
けぶりとぼしき夜の詩のいへ 清風

曾良「詩人といえば白楽天の、遺愛寺の鐘は枕をかたむけて聴く。花の定座でしたね。」

  けぶりとぼしき夜の詩のいへ
花とちる身は遺愛寺の鐘撞て 曾良

芭蕉「遺愛寺の鐘を撞く人は花鳥を愛し、山守に鳥の餌を渡す。」

  花とちる身は遺愛寺の鐘撞て
鳥の餌わたす春の山守 芭蕉

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