混沌は万物の母也とは老子の言葉だが、日本人は特にどこかで混沌を求めている所がある。
人間の理性は限界があり、この宇宙の本来の姿は混沌なんだと。理性も科学法則も混沌の中から生まれてくるもので、それらが混沌を消し去るものではない。
母なる混沌は究極の多様性で、日本人にとって多様性とはマイノリティーが権利の主張の末に勝ち取ったのもではなく、多様性は初めからそこに存在している。あるがままの世界がそのまま多様なんだ。
あと、鈴呂屋書庫に「呟き奥の細道、三月四月」をアップしたのでよろしく。
それでは「かしらは猿」の巻の続き。
二裏
三十七句目
三月五日たてりとおもへば
関札のかすみや春をしらすらん
前句を三月五日出発と取り成して、関札を出す。「かすみ」はこの場合はかすれて判読しがたいということか。
点なし。
三十八句目
関札のかすみや春をしらすらん
鬼門にあたる鶯の声
鬼門は東北の方角だが、季節で言えば冬から春の移り変わり目で正月を意味する。正月は鬼門の方からやってくるので、鶯の声をあしらう。
関所は門だから鬼門に取り成す。
点あり。
三十九句目
鬼門にあたる鶯の声
一うちの針の先より雪消て
わかりにくい句だが正月だとすると門松の松の葉を鍼灸の針に見立てたのだろうか。門松が雪に埋もれた時、溶けてゆくときは針の先から見えてくる。
点なし。
四十句目
一うちの針の先より雪消て
出る日影やうつる天秤
針に天秤は金銀などの重さをはかる針口天秤の連想だろう。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「針口」の意味・読み・例文・類語」に、
「① 天秤の中央、支柱の上部にあって平均を示す指針。また、その部分。重りを小さい槌でたたいて針の動きを調節し、物の重さをはかった。また、この指針のついた天秤。また、勘定の意にも用いた。〔日葡辞書(1603‐04)〕
※浮世草子・日本永代蔵(1688)五「町人は筭用こまかに、針口(ハリクチ)のはぬやうに」
② 取りはずしのできる天秤。近畿地方で長押(なげし)に引っかけておき、繰綿を中次に渡すときに使った。」
とある。
単に天秤の針を調節したら、雪が溶けて日が昇るでは意味がよくわからない。
点なし。
四十一句目
出る日影やうつる天秤
蜻蛉の命惜しくば落ませい
カゲロウの命が惜しいなら落ちなさい、ということで、『新日本古典文学大系69 初期俳諧集』(森川昭、加藤定彦、乾裕幸校注、一九九一、岩波書店)の注に「拷問のことば、白状せよ」とある。今の刑事ドラマでも白状させることを落とすと言う。
カゲロウはこの場合は儚い命の比喩か。
前句を出る日影を夜通し取り調べが続いたこととして、罪人が両腕を天秤棒に縛り付けられ、拷問を受けている場面とする。
天秤責はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「天秤責」の意味・読み・例文・類語」に、
「① (金銀貨を天秤にかけて貨額を定めたところから) 金銭を自由に使わせないこと。
※浮世草子・庭訓染匂車(1716)二「旦那にかくし払申事はならぬと、天秤ぜめにすれば」
② 閻魔(えんま)の庁で、この世での善悪の業の程度を天秤にかけてはかり定め、その悪の程度に応じてそれぞれの罪責を科するということ。
※歌舞伎・三人吉三廓初買(1860)六幕「天秤責(テンビンゼメ)に掛けられて、業の秤に罪科極り」
③ 両腕を天秤棒に縛りつけ、身体の自由を奪って責めること。
※浄瑠璃・仏御前扇車(1722)二「何責が可からうな、〈略〉火熨責か、天秤責か」
とあるが、この場合は③の意味になる。
長点で「責の字なくておもしろく候」とある。前句の天秤を責の「抜け」とする。
四十二句目
蜻蛉の命惜しくば落ませい
我等は城を枕の下露
前句の「落ちませい」を落城のこととして、命を惜しまず最後まで戦ってこの城と運命を共にする、という意味にする。
「城を枕に討ち死にする」という言葉はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「城を枕に討死する」の意味・読み・例文・類語」に、
「落城に際して敗軍の戦士が、最後まで城にとどまり、敵と戦って死ぬ。落城に際し、城と運命をともにする。
※太平記(14C後)一一「英時が城(シロ)を枕(マクラ)にして討死すべし」
とある。
点あり。
四十三句目
我等は城を枕の下露
大石のかたぶく月に手木の者
手木は「てこ」とルビがある。梃子のこと。前句の枕を梃子枕のこととする。
梃子枕はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「梃子枕」の意味・読み・例文・類語」に、
「〘名〙 梃子の下にあてがって支える木。
※俳諧・談林十百韻(1675)上「杣がうちわる峰の松風〈一鉄〉 岩がねやかたぶく月に手木枕〈志計〉」
とある。傾く月を梃子でもって止めようとすれば城を梃子枕にする必要があるというシュールネタか。
点なし。
四十四句目
大石のかたぶく月に手木の者
ざいふり出してみねの白雲
前句をそのまま大石を明け方に梃子でもって運ぶ場面とする。
「ざいふり出して」は采を振ることで、采配を振ると同じ。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「采を振る」の意味・読み・例文・類語」に、
「さい【采】 を 振(ふ)る
人にさしずをする。指揮して物事を行なう。ざいを振る。
※太閤記(1625)四「爰こそ込入べき所なりと、利家さいを振、其身も鑓提(ひっさげ)向ひしかば」
ざい【采】 を 振(ふ)る
=さい(采)を振る
※浮世草子・御前義経記(1700)三「小遣銭少しくれて、念仏講にせよと、九助がざいをふれば」
とある。
峰の白雲とあるのは、夜のうちに岩橋を作らされた葛城の神のことか。
点なし。
四十五句目
ざいふり出してみねの白雲
かづらきの神はあがらせ給ひけり
展開を先読みしてしまったが、先が読めてしまうのは減点だろう。
夜が明けると葛城の神は仕事を終えて上がる。
葛城の神も役行者に使役されてたわけだが、それを工事を委託されたみたいに、さらに下々の人足が働いている場面とする。
点あり。
四十六句目
かづらきの神はあがらせ給ひけり
もはや久米路のはしごひく也
久米路の橋は『後撰集』に、
心さしありて人にいひかはし侍りけるを、
つれなかりけれはいひわつらひてやみにけるを、
思ひいてていひおくりける返ことに、
心ならぬさまなりといへりけれは
葛木やくめちのはしにあらばこそ
思ふ心をなかそらにせめ
よみ人知らず
などの歌に詠まれている。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「久米岩橋」の意味・読み・例文・類語」に、
「昔、役(えん)の行者が、奈良の葛城山の山神一言主神(ひとことぬしのかみ)に命じて、葛城山から吉野の金峰山(きんぷせん)にかけ渡そうとしたという「日本霊異記」上巻二八話、「今昔物語集」巻一一第三話などの説話から出た伝説上の橋。夜が明けてしまって工事が完成しなかったと伝えられるところから、男女の契りが成就しないことのたとえにいう。久米路の橋。岩橋。
※千載(1187)雑上・一〇四二「かづらきや渡しもはてぬものゆゑにくめの岩ばし苔おひにけり〈源師頼〉」
とある。
葛城の神が橋を架けるのをやめたため、上の方で作業してた人達は梯子を外されたようだ。
長点で「珍重珍重」とある。実際急に頭領が仕事から手を引いて、人足達が失業して途方に暮れるというのはありそうなことだ。
四十七句目
もはや久米路のはしごひく也
埋木や鋸の柄になしぬらん
前句の「はしごひく」を鋸で引いて梯子を切るという意味に取り成す。
久米路の埋木は、
むもれ木は中むしばむといふめれば
久米路の橋は心してゆけ
よみ人知らず(拾遺集)
の歌を逃げ歌にして、梯子を鋸で切って、その切った久米路の橋の埋木を鋸の柄に用いる。
点あり。
四十八句目
埋木や鋸の柄になしぬらん
釿のさきをかけ波の音
釿は「てうな」とルビがある。発音は「ちょうな」。コトバンクの「世界大百科事典 第2版 「釿」の意味・わかりやすい解説」に、
「木材を削る工具。一種の斧であるが,普通の縦斧(よき(与岐),鉞(まさかり))に対し,刃に直角方向に柄がつくので横斧ともいわれる。木材を箭(や)(楔)や斧で割ったあとなどの凹凸(不陸(ふろく)という)面を平らにするために用いる。石刃を樹枝に結わえたものは石器時代から使われ,弥生遺跡や古墳からは鉄製の刃が出土し,その利用の歴史は斧,鑿(のみ)とともに古い。中世に樵(きこり),杣(そま)と大工の仕事がわかれて以来,釿は大工仕事の最初の工程に使われる工具として,墨壺とともに大工の最も重要な工具であった。」
とある。
埋木は名取川の川に沈んでいるもので、それを釿の先で引っ掛けて引き上げると波の音がする。
点なし。
四十九句目
釿のさきをかけ波の音
散花を踏てはおしむむかふずね
「むかふずね」はふくらはぎの反対側のこと。ここを打つと筋肉に守られてないので痛い。
白楽天の「踏花同惜少年春」をもじったものだが、少年の頃というのは若さにまかせてやんちゃして、脛に傷をもつものだ。春もあっという間に終わり、むこうずねが痛む。
点あり。
五十句目
散花を踏てはおしむむかふずね
ふ屋が軒端に匂ふ梅が香
「ふ屋」は麩屋で、コトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「麩屋」の意味・読み・例文・類語」に、
「〘名〙 麩を作ることを業とする家。また、その人。
※俳諧・当世男(1676)冬「初雪に麩屋もあきれてたったりけり〈在色〉」
とある。
麩の製造過程では小麦を練ったものを桶に入れて踏む。その踏んでる生地に梅の花が散り込んではいけない。
点なし。
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