2022年12月9日金曜日

  それでは「隨縁紀行」の続き。

  「時にふれて興多し
 日の目みぬ紙帳もてらす櫨かな  晋子

   光明皇后の大ゆや釜
 虫の音や茅だにからず風呂の釜  キ翁
 大仏の御肌の霜や日のめぐり   尺草

   廿八日南都を出るに
 ゆく秋を十三鐘にわかれけり   岩翁

   当摩寺奥院にとまりて
 小夜しぐれ人を身にする山居哉  晋子

   当院に霊寶什物さまざま有中にも
   小松殿法然上人へまいらせられし松陰の硯あり。
   箱の上に馬蹄と書て野馬を画けり。
   硯の形かひつめに似たるゆへ成べし。
 松陰の硯に息をしぐれかな    晋子
 二上やしきみからけし薦の露   キ翁」

 ここから先は十五日から奈良の中心地を出る二十八日までと、そのあとの句になる。

   時にふれて興多し
 日の目みぬ紙帳もてらす櫨かな  晋子

 紙帳はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「紙帳・紙張」の解説」に、

 「① 白い紙を張り合わせて作った蚊屋。上からつるものと、頭からかぶるものとがあった。また、冬には防寒用にも用いられた。《季・夏》
  ※経覚私要鈔‐文安四年(1447)四月二日「為レ蚊紙帳用二意之一。〈略〉為二養性一第一事也」
  ※浮世草子・好色一代男(1682)三「米櫃(こめひつ)は物淋しく、紙帳(シチャウ)もやぶれに近き進退」 〔蘇軾‐贈月長老詩〕

とある。ここではやはり櫨は「もみぢ」で良いように思える。
 防寒用の紙帳は服の下に着るから日の目は見ないが、寒い季節に紅葉の美しさを見るには欠かせない。

   光明皇后の大ゆや釜
 虫の音や茅だにからず風呂の釜  キ翁

 光明皇后の大湯屋は法華寺にあり、千人の垢を流したと言われている。
 ウィキペディアには「現存の建物は江戸時代の明和3年(1766年)再建のものである。」とあり、其角が訪れた元禄七年の時点では野ざらしになっていたか。薄に埋もれていたようだ。

 大仏の御肌の霜や日のめぐり   尺草

 奈良東大寺の大仏はウィキペディアに、「現存する大仏の頭部は元禄3年(1690年)に鋳造されたもので、元禄5年(1692年)に開眼供養が行われている。」とある。
 永禄十年(一五六七年)の東大寺大仏殿の戦いで焼け落ちた首は修復されて、頭だけが新しいという状態だったのだろう。その肌の色の差に日の廻りを感じたということか。

   廿八日南都を出るに
 ゆく秋を十三鐘にわかれけり   岩翁

 ここでいう南都は興福寺・東大寺などのある奈良の中心地を出るという意味で、このあと二上山や多武峰などをまわるが、ここは南都には含まれないようだ。
 十三鐘はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「十三鐘」の解説」に、

 「〘名〙 奈良の法相宗菩提院で、明け七つ時(午前四時)と暮れ六つ時(午後六時)についた鐘の音。また、その鐘。合計一三ついたので、この名がある。また、鹿を殺した一三歳の子どもがこの寺で石子詰の刑に処せられたので、その菩提をとむらうために鐘を鋳てこのように名づけたという俗説がある。
  ※俳諧・六日飛脚(1679)「誰か子のためのたのもの節句〈友雪〉 けさ奉行十三かねを持せきて〈遠舟〉」

とある。法相宗菩提院は興福寺の子院の一つで、ここの鐘は南都にいる間は常に聞こえてたのであろう。

   当摩寺奥院にとまりて
 小夜しぐれ人を身にする山居哉  晋子

 季語が「小夜しぐれ」で冬になり、十月に入ったのがわかる。「人を身にする」は「人を思うは身を思う」を縮めた形か。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「人を思うは身を思う」の解説」に、

 「他人に情をかければ、やがては自分のためになるという意。情は人のためならず。
  ※北条氏直時代諺留(1599頃)「人を思ふは身を思ふ。人を憎むは身を憎む」

とある。時雨が来た時には人を雨宿りさせる人情が、廻り廻って自分が時雨にあった時にも帰って来る。

 世にふるもさらに時雨の宿り哉  宗祇

の句を踏まえたものであろう。

   当院に霊寶什物さまざま有中にも
   小松殿法然上人へまいらせられし松陰の硯あり。
   箱の上に馬蹄と書て野馬を画けり。
   硯の形がひづめに似たるゆへ成べし。
 松陰の硯に息をしぐれかな    晋子

 二上山当麻寺奥院には今も平家物語に由来が登場するという松蔭硯が残されている。楕円形の硯なので、それを馬の蹄に見立てて箱が作られたようだ。当麻寺のホームページの画像では、箱の外側はよく分らなかった。
 硯は息を吹きかけてみて湿ると良い硯だという。松陰硯は良い硯だから、さぞかし息を吹き替えたなら時雨のようになるだろう。

 二上やしきみからけし薦の露   キ翁

 樒は常緑なので冬でも仏事に用いられるので樒を薦で束ねて売っていたということか。これはよくわからない。

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