2022年12月8日木曜日

 それでは「隨縁紀行」の続き。

  「莫嗔野店無肴核薄酒堪沽豆莢肥と周南峯が句を感す
 足あぶる亭主にきけば新酒かな  晋子
 馬夫の手に火を抓みけり秋の霜  尺草
 山つづき日の出の虹や引板の綱  亀翁

   初瀬 三輪 在原寺
 櫨みる公家の子達ぞはつせやま  晋子
 二もとの杉や根ばかり葛の色   キ翁
 はせこもり夜の錦やわかし酒   横几
 此紅葉かき残しけり長谷の絵図  尺草

   大和柿とて主よりもてなす
 泊瀬めに柿のしふさを忍びけり  晋子
 紅葉から初瀬の下モやそばの花  松翁」

  莫嗔野店無肴核薄酒堪沽豆莢肥と周南峯が句を感す
 足あぶる亭主にきけば新酒かな  晋子

 前書きは『聯珠詩格』巻五「用莫嗔字格」の、

   宿禾村      周南峰
 山雨初収涼思微 樹林陰翳逗斜暉
 莫嗔野店無肴核 薄酒堪沽豆莢肥

による。
 返り点と送り仮名がふってあるので、

 山雨初テ収テ涼思微ナリ 樹林陰翳シテ斜暉ヲ逗ス(逗字老)
 嗔莫コト野店肴核無ヲ 薄酒沽ニ堪テ豆莢肥タリ(客途即景之真味)

となる。(早稲田大学図書館による)
 『聯珠詩格』はコトバンクの「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「聯珠詩格」の解説に、

 「中国,元の作詩法の書。于済の著。蔡正孫が増補。 20巻。大徳4 (1300) 年成立。初学者のために七言絶句の作り方を実際的に示したもの。中国で失われ,朝鮮,日本に伝わって読まれた。」

とある。
 おそらく奥津宿で一泊した時の句であろう。そこでは薄い酒に豆のような簡単な肴しかなく、寒くて足をあっためていた亭主に聞いてみると、新酒だというのでとりあえずは満足した。周南峯の詩を思い起こせば、これもまた風流。
 
 馬夫の手に火を抓みけり秋の霜  尺草

 次の日の九月十四日の朝はかなり冷えて霜が降りていたのだろう。
 馬に乗って出発するが、その馬夫の手には松明が握られていた。それで少し手を温めさせてもらったのだろう。

 山つづき日の出の虹や引板の綱  亀翁

 奥津は山の中で、これからまた山を越えて行く旅になる。
 引板はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「引板」の解説」に、

 「〘名〙 (「ひきいた(引板)」の変化した語) 田や畑に張りわたして鳥などを追うためのしかけ。細い竹の管を板にぶらさげ、引けば鳴るようにしかけたもの。鳴子(なるこ)。おどろかし。また、流れ落ちる水に板をあてて、音を鳴りひびかせる装置もいう。《季・秋》
  ※源氏(1001‐14頃)夕霧「鹿は〈略〉山田のひたにも驚かず」

とある。
 日の出には明け方の雨が上がったのか虹が出ていて、あちこちに引板の綱が張り巡らされているのが見える。それだけ猪や鹿が多いのだろう。

   初瀬 三輪 在原寺
 櫨みる公家の子達ぞはつせやま  晋子

 櫨はハゼだが、それだと字足らずになる。箱根の所では「もみぢ」かと思ったが「はにし」というハゼの古い呼び方もある。楓と並んで紅葉が美しい。王朝時代の公家の子息が訪ねて来るなら、ここ初瀬山しかないだろう。

 二もとの杉や根ばかり葛の色   キ翁

 長谷寺には二本杉がある。根の所で繋がっている。『源氏物語』玉鬘巻にも、

 二本の杉のたちどを尋ねずは
     古川野辺に君を見ましや

の歌がある。
 その二本の根を更に、絡みつく葛の黄色く色づいた葉が覆っている。

 はせこもり夜の錦やわかし酒   横几

 長谷寺の宿坊に泊まったのだろう。昼は櫨や楓の紅葉を見て、夜は熱燗で顔が紅葉色。

 此紅葉かき残しけり長谷の絵図  尺草

 長谷寺は絵にもよく描かれるが、桜や牡丹は有名だが紅葉はあまり描かれていない。

   大和柿とて主よりもてなす
 泊瀬めに柿のしぶさを忍びけり  晋子

 大和柿は御所柿とも言い、コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「御所柿・五所柿」の解説」に、

 「〘名〙 カキの一品種。甘柿で果実はやや扁平な球形で、種子はほとんどない。奈良県御所(ごせ)市の原産といわれ、古くから栽植されている。近畿地方や岐阜・山梨県に多い。大和柿。紅柿。
  ※寒川入道筆記(1613頃)愚痴文盲者口状之事「しぶがきなどをきりてつげば、御所柿にもなる」 〔和漢三才図会(1712)〕」

とある。木練(こねり)とも言い、木になっている時から甘い。
 こんなに大和柿が甘いなら、初瀬女ももっと甘い顔をしてくれれが良いのに。
 これより五日後、芭蕉の大阪での九月十九日の興行「秋もはや」の巻十一句目にも、

   住ゐに過る湯どの雪隠
 木の下で直に木練を振まはれ   其柳

の句がある。

 紅葉から初瀬の下モやそばの花  松翁

 翌朝、十五日の朝だろう。初瀬の山を下りると蕎麦畑が広がっている。

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