蕪村の俳諧を読み終えたところで、タイミングよく今朝の新聞に蕪村の新たな句八句発見のニュースが載っていた。
ネットで捜したが、結局全部同じソースなのか、八句全部はわからずどれも同じ二句だけが記されていた。
なんでも、付き合ってる芸者二人の名前を合わせて作られた「雛糸」という名義で記されていて、わざと下手に作ったらしい。「糸」の方は聞いたことがある。
ロリだった蕪村は若い芸者に入れ込む癖があって、安永九年、おん年六十五歳の時、小糸という芸者にのめりこんでいたのを弟子に咎められて別れたときに詠んだ句が、
妹が垣根三味線草の花咲きぬ 蕪村
だったという。芸者の弾く三味線だけに「糸」が切れたという落ちになる。一見源氏物語の花散里や蓬生のような高雅な雰囲気をかもしながらも、実は芸者と切れた時の句だという、高雅な言葉で俗情を詠むのが蕪村の持ち味でもあった。卑俗な言葉で高雅な情を詠んだ芭蕉と真逆といえよう。
その蕪村の今回発見された句というのは、まず一つは、
ゆふがほの葉に埋もれて家二軒 雛糸
だそうだ。
夕顔は蔓性だから、壁一面が夕顔の葉で覆われていたのだろう。夕顔は源氏物語にも登場する下町のうらぶれた民家に咲くもので、その俤と見ればそれほど悪い句ではない。花を詠まなくても葉の茂りは十分夏を感じさせる。ただ引っかかるのは「家二軒」というフレーズだろう。
「家二軒」といえば、
五月雨や大河を前に家二軒 蕪村
の句はたいてい教科書に載っているし、受験勉強の時に蕪村の代表作として覚えさせられたのではないかと思う。
この句は安永六年の句らしく、今回発見された句は発見者の玉城さんによれば最晩年の句らしいから、このフレーズは使いまわしと見ていいだろう。
芭蕉は死ぬ間際に白菊の「塵もなし」が清滝の「浪にちりなき」と被っていることを気にして、わざわざ作り直したことを思えば、「家二軒」の被りはそれだけで駄目な句の見本とするにふさわしかったのだろう。
それに、家一軒なら夕顔の隠れ住んでた家かなとなるが、家二軒だと一体何なんだということになる。要するに意味がない。あえて自分の代表作をミスマッチネタに使ったと見ていいだろう。
もう一句は、
朝風や毛虫流るるよし野川 雛糸
だ。
「毛虫」は一応夏の季語で、曲亭馬琴編の『増補 俳諧歳時記栞草』にも載っている。
吉野川は四国にもあるが、花で有名な吉野山の方を流れている紀の川も吉野川と呼ばれている。どちらも中央構造線を流れている。この場合は紀の川の方だろう。
見れど飽かぬ吉野の河の常滑(とこなめ)の
絶ゆることなくまた還り見む
柿本人麻呂
の歌でも知られている。
そういう花の名所で名高い吉野川を流れる散った花びらを詠むのではなく、毛虫を詠んだところに俳諧があると言えなくもないが、ただよほど注意して見ないと毛虫が流れているかどうかなんて誰も気づかないだろうし、要するにこの句はあるあるネタになってない。
赤塚不二男の漫画なら、桜の花の下に「ケムンパスでやーんす」なんて出てきそうだが、この句の場合「何で毛虫が」で終わってしまう。これもまたナンセンスギャグにしかならない。
この二句、わざと下手に詠むにしてもあくまでも計算された失敗で、ちゃんと笑えるようにできているところはさすが蕪村だ。あとの六句も早く見てみたいものだ。
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