2017年3月29日水曜日

 都内の桜の開花が伝えられてから一週間以上たつが、開花してから咲きそろうまでにこんなに時間がかかるというのも珍しい。今でも咲いている木と咲いてない木がある。
 染井吉野の老木化はこのあたりでも深刻で、桜並木はあちこち枯れて歯が欠けたようになっているし、残った細い枝だけになっているものもある。そういう木はもちろんまだ咲いていない。
 染井吉野自体、そんなに歴史は古くないし、今のように全国に広まったのは戦後の高度成長期で、ほとんど限られた個体からのクローンだとも言う。それだけに、この桜が日本の心だというのには違和感を感じる。
 古今集にも詠まれ、西行が愛し、江戸時代の俳諧にも詠まれた桜は山桜で、染井吉野はその頃には存在しなかった。
 本居宣長も、

 敷島の大和心を人問わば
     朝日ににおう山桜花

と歌っている。
 八重桜や糸桜(枝垂桜)や姥桜(彼岸桜)は古くからあったが、染井吉野はごく最近の桜だし、その寿命もそう長くないのかもしれない。
 お隣の韓国では、かつては桜を日程の象徴として嫌っていたが、最近では染井吉野=王桜説を信じて、あちこちに染井吉野を植える運動を行っているとも言う。染井吉野は本来日本の心でもなんでもないのだから、染井吉野は韓国に譲ってもいい。
 日本人は毒々しいピンクの桜をさらにライトアップまでして、電飾ぎらぎらの桜文化を戦後作り上げたが、そろそろ白い清楚な山桜のような心を取り戻すべき時が来ているのではないか。
 電気のなかった時代には、夜桜は姿は見えなくて、ただかすかに匂いがするというものだった。満月ならうっすらとその白い姿を見ることができたかもしれないが、春の満月は曇りやすく、桜の開花期間ともなかなか重ならないだけに貴重なものだった。

 闇の夜は心の内の花見哉   友志『伊達衣』

 多分これからの日本の桜は多様化の時代を迎えると思う。河津桜はその一つの兆しだと思う。高度成長期の国民一丸になってという時代はとっくに終わってると思う。
 『伊達衣』から桜の句をもう少し、昔の人の心を忍んで。

 自堕落な人には見せそ山櫻  包抄『伊達衣』

 櫻は山にあるのだから、そこまで行こうという根性のある人しか見ることができない。実際はお寺とかで桜を植えているところは多いから、町中でも花見はできたけど、やはり山に咲く桜の花の雲はそれなりに気合を入れて見に行かなくてはいけない。

 古城は野と成迄よ山ざくら  薫牛『伊達衣』

 古城を文化財として保存するという思想は近代に入ってからのもので、城はかつてはリアルな軍事要塞だったのだから、むしろ戦争や武力に物言わせた圧制の悪夢を思い起こさせるものでもあった。江戸の太平の世で戦国時代の城が野と成り、そこに山桜の花が咲くのは、むしろ庶民としては喜ばしいことだった。

 雪吹こそ木兎(づく)の耳ふる山櫻 一露『伊達衣』

 桜吹雪というと今では遠山の金さんだが、白い山桜が散る様は雪に喩えられた。ミミズクに桜吹雪、なかなか面白い取り合わせだ。

 上代もかく侍(はんべ)るかやまざくら 季毛『伊達衣』

 山桜は古典と現代をつなぐ。染井吉野にはそれがない。

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