昨日は千葉市美術館の「文人として生きるー浦上玉堂と春琴・秋琴 父子の芸術」展の後期を見に行った。前期は11月13日に見た。
今回はついつい字の方に気持ちがいってしまった。玉堂は隷書を多用しているが、行書や草書のものもある。やはりところどころ知っている字がある程度で、解説を見ながら、ああ、これがこの字かという程度で、これが全部読めたら玉堂の絵も違って見えてくるかななって思った。
今日は今年の漢字が発表になって、書かれた字が読めないと話題になっていた。確かに「く」の下に左右の点があって、中央にくちゃくちゃっと書いたあの字は、金の草書体を知らなければわからない。将棋をやっている人なら香車の裏にあるあの字だが。
今はなき古いHP「ゆきゆき亭」では「炭俵」の「梅が香にの巻」をアップしていたが、今回は書き直そうと思った。とりあえず第三まで。あと、「ゑびす講の巻」は鈴呂屋書庫にアップしている。
発句
むめがかにのつと日の出る山路かな 芭蕉
学校でも習う有名な句なので、ほとんど解説の必要はないだろう。
あえて言うなら、苦しい旅の中も、一瞬漂うほんのりとした梅の香と一気に昇る朝日の姿にしばし癒やされる。それを「のっと」という俗語を巧みに使って表現しているといったところか。
「のっと」は「ぬっと」と同じで、oとuの交替は古語ではしばしば見られる。「こがね(黄金)」「くがね」、「まろ(麿)」「まる(丸)」、「しろし(白し)」「しるし」など。
『俳諧古集之弁』には、「かの檜木笠着そらしつつ、細脛に余寒の凍(こほり)ふミしだきて、によひ出給ひけん。」とあり、『俳諧鳶羽集』には、「如月のはじめつかた、いまだ夜深きに旅立、数里にしてほのぼのと明はなれ、右左の小家(こいへ)ありありと見えわたるに、栗柿の林は霜さえ、小笠の藪は赤ばみて今に冬のままながら梅ひとり咲出でて、ほのかに其香をはこび来る中より、朝日の隈もなくぬくぬくとさしのぼりたる味はひいはん方なし。風騒の人、神(たましひ)を奪るる処也。」とある。
『俳諧古集之弁』は遅日庵杜哉(ちじつあんとさい)の著で寛政四(一七九ニ)年三月刊。『俳諧鳶羽集』は幻窓湖中(げんそうこちゅう)の著で、文政九(一八二六)年九月稿、近代に勝峰晋風(かつみねしんぷう)によって翻刻されたもの。
季題は「梅」で春。植物(うえもの)、木類。「日」は天象。「山路」は山類(さんるい)。「旅体」の句。
脇
むめがかにのつと日の出る山路かな
処々に雉子(きじ)の啼たつ 野坡(やは)
(むめがかにのつと日の出る山路かな処々に雉子の啼たつ)
厳かな春の朝の情景にあちこちで雉が鳴き始める情景を、特に凝った意図はなく、さらっと付けている。
『俳諧古集之弁』(遅日庵杜哉、寛政四年刊)には、「句作に巧ミを用へず。立の字ちからあり。」とあり、『俳諧鳶羽集』には、「脇は発句のいひ残しをいふこと勿論ながら、我力をぬきて少しも滞(とどこ)ほる方(かた)有べからず。いささかも節くれたる所あれば、発句にそふ事なし。雉子の啼立の詞、発句に覆ひかぶさりたるがごとく聞ゆる也。後世の亀鑑(きかん)ともいふなるべし。」とある。
脇は体言止めというのを規則だと思っている人もいると思うが、あくまでそれは習慣的なもので、そのような規則はない。あえて体言止めにこだわらず「啼きたつ」と力強く言い切ったあたりが、この句の芯とも言えよう。発句に「かな」という、主観性の強い、完全に断定しない曖昧な切れ字で結ばれている場合、それに答えるような断定が効果的になる。「~だろうか、そうだ‥‥だ」と覆いかぶさるような構成になる。これが、古註の指摘している点であろう。
季題は「雉子」で春。鳥類。
第三
処々に雉子の啼たつ
家普請(やぶしん)を春のてすきにとり付て 野坡
(家普請を春のてすきにとり付て処々に雉子の啼たつ)
雉の声と金槌で鑿を打つ音とが似ていて、相響く。蕉門の匂い付けの一つ、「響付け」といえよう。春のまだ農作業に取り掛かる前の暇な時期に家を改築しているのか修理しているか、工事を入れている。
『俳諧古集之弁』(遅日庵杜哉、寛政四年刊)には、「脇の風調のおのづから鑿彫(さくてう)の音賑ひ初る村里の春色にひびきあり。」とあり、『俳諧鳶羽集』(幻窓湖中、文政九年稿)には、「第三は転の場也。処々といふをたしなく啼しさまと思ひよせて、正月末二月はじめ頃と転じたり。取つけてよむべからず。取つき(い)てなり。」とある。
『俳諧鳶羽集』は発句の初春の情を正月末から二月初めの情に転じたとしている。「たしなく」というのは「他事なく」で、一つのことに専念している様を言い、雉のあちこちで啼く声に、忙がしげに普請に取り掛かる様が響くもとのしている。「取付て」は「とりつきて」あるいは「とりついて」と読よみ、取り掛かる、始めるの意味。「とりつけて」と読むと、すがりつくという意味になり、意味が通らない。
季題は「春」で春。「家普請」は居所。
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