2023年1月25日水曜日

 天気は良いけど記録的な寒波到来で寒い。
 関西の方は大変だったようだが、こちらは風は強かっただけで雪は降らなかった。

 それでは『六百番俳諧発句合』の続き。

三百六十二番
   左勝  施餓鬼 濱田 春良
 手向草や花によるべの水せがき
   右   月   松尾 桃青
 今宵の月磨出せ人見出雲守
 手向けの花よるべの水詞つづきやすらか聞へてよく叶候歟
 月を見かく人見出来鏡屋に有名を尤ながらかかる小家のいとなみほり句めきたり。七文字も口にたまり候歟。左勝。

 手向け草はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「手向草」の解説」に、

 「〘名〙 (「たむけくさ」とも)
  ① (「くさ」は種、料の意) 手向けにする品物。神や死者などに供える品。幣帛(へいはく)。ぬさ。
  ※万葉(8C後)一・三四「白浪の浜松が枝の手向草幾代までにか年の経ぬらむ」
  ② 植物「さくら(桜)」の異名。《季・春》
  ※蔵玉集(室町)「他夢化草。桜。雲は猶立田の山の手向草夢の昔のあとの夕ぐれ」
  ③ 植物「まつ(松)」の異名。〔梵燈庵主袖下集(1384か)〕
  ④ 植物「すみれ(菫)」の異名。
  ※莫伝抄(室町前)「手向草 すみれぞ野にあるべし 花さかばこれを宮居に手向草一夜のうちに二葉とぞなる」
  ⑤ 松の古木の幹や枝に生える地衣植物。松の苔。
  ※道ゆきぶり(1371か)「はま風になびきなれたる枝に手向草うちしげりつつ」
  [補注]②③④のように、ある草木の異名に特定するのは、「莫伝抄」「蔵玉集」といった異名歌集に見える説で、それ以前に広く行なわれていた形跡は認められない。室町期の連歌師の知識と推定されるが、その根拠や当時における流布の程度は明かでない。」

とある。補注にあるとおり、この場合は①の意味で、特に何の草ということではなく施餓鬼の死者に供える花で良いと思う。
 「手向草の花によるべの水せがきや。」の倒置で、言葉の続きが滑らかでわかりやすい。
 桃青の句の人見出雲守は鏡造りの名人と思われる。京都国立博物館の館蔵品データベースに天下一人見出雲守藤原秀次の銘のある鶴丸紋南天鏡があり、十七世紀のものとされている。それかもしれないし、天下一人見出雲守は他にもいたのかもしれないが、当時は鏡の名工として知られていたのだろう。
 月はしばしば鏡に喩えられるから、名工に磨いでもらえということだが、刀鍛冶ならいざ知らず、鏡の名工といってもそんなに誰もが知る存在ではなかったのか、それに六七六のリズムも重たい感じで桃青の負け。

四百二十番
   左勝  鹿夢  神野 忠知
 かかしにも月もれとてややぶれ笠
   右   重陽  松尾 桃青
 盃の下行菊や朽木ぼん
 案山子にも月もれ破笠句の仕立あはれにさもこそ盃の下ゆく菊朽木盆の中迄酌なかしたる体にや。今少事たらず覚申左勝。

 忠知の句は、案山子が破れた笠を被っていて、その破れ目からちょうど月が見える。月を見るためにわざと笠を一部破って風流な案山子もいるものだ、というものだ。
 これに対して、桃青の句は重陽の杯の底に沈んでいる菊が、朽木盆によくある十六菊紋の模様みたいだというもの。
 重陽の菊酒は菊の花を漬け込んだ酒で、酒の中に菊が入っているから、盃に注げば盃の底に沈む。
 朽木盆は近江国の朽木という所で作られた黒塗りに朱漆の漆器で、十六菊紋のものが多い。
 破れ笠の案山子の哀れに対して、朽木盆の菊は着眼点は面白くても哀れな情は伴わない。桃青の負け。

四百四十八番
   左持  菌   池田 宗旦
 ぬれつつにしゐたけをとる雨の中
   右   紅葉  松尾 桃青
 枝もろし緋唐紙やぶる秋の風
 雨中のしゐたけ古歌をかすりたる迄候やあまりかろし。
 枝もろしとは葉の事候や緋唐紙を破が如し秋風の吹ちらすを申なし興少し。持。

 雨の中にシイタケを取るというのは、

 君がため春の野に出でて若菜つむ
     我が衣手に雪はふりつつ
              光孝天皇(古今集)

のをシイタケで俳諧らしく卑俗に落としたものか。
 ただ、雪を雨にとなると、本歌をすり上げるのではなく下げてしまっているので、それだけ情が軽くなる。
 桃青の句は風にそよぐ紅葉の葉を破れた緋の唐紙に喩えたものだが、葉がもろいならまだしも、「枝もろし」はちょっと違うし、芭蕉の葉の破れるならわかるが、紅葉の葉は破れたような形はしていても実際には破れていない。その意味で「興少し」なのだろう。
 両方とも疵有りということで引き分け。

四百七十四番
   左   豕餅祝 望月 千之
 いはふ子ども千世もとゐのこもちゐ哉
   右勝  時雨  松尾 桃青
 行雲や犬の欠尿むらしぐれ
 左かの千世もといのる人の子のためとよみしことのはをとれるばかりにて詞のつづきもよろしからず。心もいひたらず侍にや。
 右世話にすがりてめづらかにきこゆ。かちとし侍べし。

 望月千之は望月千春の従弟だという。
 「千代もと祈る」に掛けて「千代もといのこ(猪子)」とつなげ、区全体の詞の続き具合は悪くないが、玄猪に千代を祈るのは誰もがする普通の事なので、特に珍しさはない。
 桃青の句はさっと降ってすぐに止む時雨を犬の小便に喩えたもの。シモネタだがなかなかない発想(珍らか)ということで桃青の勝ち。

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