2025年11月13日木曜日

 
AI俳画
 「甲戌紀行」の続き。

   うつの山
 うらがれや馬も餅くふうつの山 其角

 9月10日の午後、其角ら一行は宇津の山を越える。蔦の細道とも呼ばれていた。
 名物の十団子は元禄に入ってからの米価高騰のせいで、通るたびに小さくなっているような状態で、許六が詠んだ、

 十団子も小粒になりぬ秋の風  許六

の句もこの二年前の元禄5年のことだ。十個入りの団子が昔からの売りだから数は減らせないし、旅のついでに気軽に買える価格を維持したいというので、やむを得ず一粒を小さくすることになったのだろう。
 ウィキペディアに引用されている『日本史小百科「貨幣」』『近世後期における物価の動態』を基に作成した銀建による米価の変遷の図によれば、貞享の頃には一石40匁だったのが元禄の初め頃には100匁まで跳ね上がっている。
 元禄7年春の興行で『炭俵』にも収録された「むめがかに」の巻の四句目にも、

   家普請を春のてすきにとり付て
 上のたよりにあがる米の値   芭蕉

の句があった。
 餅は本来馬にやるべきものではないが、小さな十団子なら、あるいはあげたりしてたのかもしれない。西洋だと馬にご褒美として角砂糖を与えたりするようだが、それと同じで、峠を越えた馬のご褒美だったのではないかと思う。

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