それでは「髪ゆひや」の巻の続き。
二表、二十三句目。
出合の余情春の夜の夢
打果す野辺はあしたの雪消て 卜尺
仇討であろう。ここで合ったが百年目。本懐を遂げた後はしばし春の夜の夢。
二十四句目。
打果す野辺はあしたの雪消て
御公儀沙汰のうぐひすの声 雪柴
前句を合法的な仇討ではなく、非合法な喧嘩での復讐とする。当然裁判になる。
二十五句目。
御公儀沙汰のうぐひすの声
谷の戸に拝借米やわたるらん 正友
拝借米はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「拝借米」の解説」に、
「〘名〙 江戸時代、凶作などの時に、武家や農民などが幕府や主家などから借りうけた米。」
とある。
公儀は公事(裁判)に限らず広く公の判断を指す。ここでは拝借米の決定を指す。
二十六句目。
谷の戸に拝借米やわたるらん
二度家をうつす金山 松臼
拝借米を二重に貰おうと引っ越す奴もいたか。
金山(かなやま)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「金山」の解説」に、
「① 金、銀などを掘り出す山。鉱山。かねやま。
※古事記(712)上「天の金山(かなやま)の鉄(まがね)を取りて、鍛人(かぬち)天津麻羅を求きて、伊斯許理度売(いしこりどめの)命に科(おほ)せて鏡を作らしめ」
※御湯殿上日記‐永祿七年(1564)五月一五日「あきのかな山御れう所よりかね五まい、しろかね五十まいまいる」
② 鉱山を開発すること。鉱山を経営すること。
※浮世草子・日本永代蔵(1688)三「大事には毒断あり、美食淫乱〈略〉新田の訴詔事、金山の中間入」
③ (金を産出する山の意から) =かねばこ(金箱)③
※浄瑠璃・夕霧阿波鳴渡(1712頃)上「恋風の其扇屋の金山と、名は立のぼる夕ぎりや秋の末よりぶらぶらと」
とある。ここでは③の意味で拝借米のことを金山とする。
コロナ給付金は現代の金山か。
二十七句目。
二度家をうつす金山
傾城は錦を断て恋ごろも 一鉄
「断て」は「裁て」であろう。
神なびのみむろの山を秋ゆけば
錦たちきる心地こそすれ
壬生忠峯(古今集)
の用例もある。
傾城には金山の錦が必要なので、たびたび高価な錦を要求するが、金蔓の男は次第に貧しくなってそのたび家を売って引っ越す。
二十八句目。
傾城は錦を断て恋ごろも
然ば古歌を今ぬめりぶし 松意
紅葉の錦を詠んだ古歌はたくさんあるが、傾城の錦を詠むのは遊郭ではやるにぬめり節だ。
二十九句目。
然ば古歌を今ぬめりぶし
鬼神もころりとさせん付ざしに 志計
付(つけ)ざしはコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「付差」の解説」に、
「〘名〙 自分が口を付けたものを相手に差し出すこと。吸いさしのきせるや飲みさしの杯を、そのまま相手に与えること。また、そのもの。親愛の気持を表わすものとされ、特に、遊里などで遊女が情の深さを示すしぐさとされた。つけざ。
※天理本狂言・花子(室町末‐近世初)「わたくしにくだされい、たべうと申た、これはつけざしがのみたさに申た」
とある。
ここでは酒であろう。今でも「鬼ごろし」という酒があるが、鬼は酒に酔わせて酔っ払ったところを退治する。
『古今集』仮名序に「めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ」とある。遊女の付ざしとぬめり節は鬼のような男もころッとさせる。
三十句目。
鬼神もころりとさせん付ざしに
あるひは巌をまくら問答 一朝
ころっと寝転がった鬼だから岩を枕にする。
枕問答は男女の枕を共にするかどうかの歌による問答。
三十一句目。
あるひは巌をまくら問答
山道や末口ものの手木つかひ 雪柴
山で梃子を使う時は岩を支点にする。前句の枕問答はどの岩を枕にするかの議論になる。
末口ものはコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「末口物」の解説」に、
「〘名〙 材種の一つ。産地と市場とではその規格を異にしたが、一般には長さ四間以上、末径一尺五寸以上の皮剥(かわはぎ)丸太をいう。
※俳諧・談林十百韻(1675)下「あるひは巖をまくら問答〈一朝〉 山道や末口ものの手木つかひ〈雪柴〉」
とある。
三十二句目。
山道や末口ものの手木つかひ
たばこのけぶりみねのしら雲 在色
山林の労働者であろう。
峰の白雲は、
高砂の峰の白雲かかりける
人の心をたのみけるかな
よみ人しらず(後撰集)
あしひきの山の山鳥かひもなし
峰の白雲たちしよらねは
藤原兼輔(後撰集)
など、和歌によく用いられる。
三十三句目。
たばこのけぶりみねのしら雲
籠鳥の羽虫をはらふ松の風 正友
籠の鳥も毛づくろいしているように、籠の鳥のような雇われ者も煙草を吸って一休みする。
峰に松風は、
みじか夜のふけゆくままに白妙の
峰の松風ふくかとぞきく
など多くの歌に詠まれている。
三十四句目。
籠鳥の羽虫をはらふ松の風
月は軒端にのこる朝起 卜尺
山雀など鳥の芸を見世物とする人として、朝早く仕事に向かう。
月に松風は、
ながむればちぢにもの思ふ月にまた
我が身ひとつの嶺の松風
鴨長明(新古今集)
などの歌に詠まれている。
三十五句目。
月は軒端にのこる朝起
露霜の其色こぼす豆腐箱 松臼
前句を豆腐屋とする。豆腐箱からこぼれる露も冷たい。豆腐箱は豆腐を作る時の型で、水が切れるように穴が開いている。
月に露霜は、
露霜の夜半に起きゐて冬の夜の
月見るほどに袖はこほりぬ
曽禰好忠(新古今集)
などの歌に詠まれている。
三十六句目。
露霜の其色こぼす豆腐箱
小鹿の角のさいの長六 一鉄
サイコロで六は偶数なので長になる。鹿の角を材料として作られてたりする。
豆腐箱は水切の穴は横に六つ開いているものが多い。
露霜に鹿は、
妻こひに鹿鳴く山の秋萩は
露霜寒みさかりすぎゆく
高円広世(玉葉集)
などの歌に詠まれている。
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