2025年12月30日火曜日

 今日は箱根に行った。

 日本では今年は「情報戦争」がはっきりと形になって表れた年だったかもしれない。インターネットとスマホの普及で十年代から情報戦争は始まっていた。
 アメリカ・日本・ヨーロッパの自由主義圏とロシア・中国・イスラム原理主義の独裁国家圏とは既に前から第二の冷戦と呼ばれる状態にあったが、イスラム原理主義を除けばロシアも中国も少子化で少産少死の社会に入っていて、実際の戦争での人的消費は最小限に抑えなくてはならず、ロシアの場合は傭兵や罪人や少数民族や北朝鮮軍迄書き集めてでもロシア人の消費を最小限に抑えようとしている。
 中国が仮に台湾に武力行使をするにしても、昔みたいな漢民族を人海戦術で展開することは困難に違いない。だからこそ、中国は世界中の左翼勢力を使って情報戦で勝利し、あくまで戦わずして勝つことを考えている。
 マスコミと左翼政治家と学会と法曹界を手中に収め、十年代は日本でもツイッターデモを中心に攻勢に出て、安部首相の辞任から暗殺の成功、岸田・石破親中内閣の誕生、自民党の大敗に至るまで、中国側は情報戦を優位に進めてきた。ロシアのウクライナ侵攻の際にアメリカを中心とした多国籍軍が形成されなかったのも情報戦争の勝利で、西側の世論の分断に成功したからだ。
 ただ、派手にやり過ぎたのだろう。こうした情報工作は保守の側も自覚するようになり、対策を講じ、今年になってようやく反転攻勢に出た。こうした動きは世界とも連携している。トランプ政権の復活もまたその一例だ。ヨーロッパでも反移民・反イスラム原理主義の気運が高まっている。
 来年は情報戦争が更に激化することだろう。これが少産少死時代の第三次世界大戦と言っても良いのかもしれない。
 情報戦争は戦闘員と民間人の垣根がない。たとえその心算がなくてもネットで発信する一言一言が戦闘になる。少なからず誰もが関わらざるを得ないし、昨日までの隣人が敵味方になってもおかしくはない。既に家庭内で敵味方に分かれて冷戦状態になってる所も多いことだろう。
 多産多死の時代は命の値段も安く、戦争の日常化は普通のことだったが、少産少死の今はそれに代わって情報戦争が日常化している。
 分断などという生易しいものではない。中立を貫こうにも旗色不鮮明はかえって両方から攻撃されるリスクが高い。それでもこの混乱の後には新しい時代が来る。俺はそう信じる。時間は決して逆戻りすることはない。
 喩えて言えば幕末に尊王攘夷と佐幕開国が戦って尊王開国で決着するような、どっちが勝利するにしても、全く新しい時代になるに違いない。

 実際情報戦を展開しても、無血占領は難しい。
 段階としては、

 1,人権問題を軸として参政権と簡単な手続きでの居住権を認めさせ、その国に大量の人を送り込んで選挙で議席を獲得する。
 2,一定数の議席を獲得したなら、外国人に有利になるような政策を次々と打ち出して、固有の国民を住みにくくし、自発的な海外移住を促す。
 3,次に憲法を改正するか無力化し、外国政府による政治介入を可能にする。
 4,最終的には主権を放棄し国家を解体させる。

 ヨーロッパでは1や2の段階まで進んでいる国もあるが、日本はこの段階になる前に食い止めなくてはならない。
 

2025年12月17日水曜日

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  それでは「甲戌紀行」の続き。最終回。

 日程は定かでないが和歌の浦から深日を経て紀州街道で大阪に出たのだろう。そこでさっそく住吉大社に参拝することになるが、神無月ではある。
 芭蕉の門人たちも10月8日に芭蕉の病気平癒祈願に訪れているが、其角が翠好大社を参拝したのはおそらくそれより前だろう。

   住吉奉納
 蘆の葉を手より流すや冬の海  其角

 大阪と言えば難波の葦だが、芦の葉を手より流すというのはよくわからない。
 
   堀川院御時、艶書のうたをうへのをのこともによませ給うて、
   歌よむ女房のもとともにつかはしけるを、
   大納言公実は康資王の母につかはしけるを、
   又周防内侍にもつかはしけりとききて、
   そねみたる歌をおくりて侍りけれは、つかはしける
 みつ潮にすゑ葉を洗ふ流れ芦の
     君をぞ思ふ浮きみ沈みみ
             大納言公実(千載集)

の歌に関係があるのか。
 そしてこの「甲戌紀行」は次の言葉で締めくくられる。

   十月十一日芭蕉翁難波に逗留のよし聞えければ、
   人々にもれて彼旅宅にたづまゐるゆゑ吟行半ばに止む。

2025年12月16日火曜日

  今日は世界遺産の韮山反射炉を見に行った。
 幕府が黒船が来る前から西洋との戦争になるかもしれないと、大砲を増産する計画を立てていたのは頼もしい。
 多分明治以降、薩長の印象操作で、幕府は無能で国際情勢を何も知らず、いきなり黒船が来て慌てて何が何だか分からず西洋の言いなりに開国したみたいに言われていたが、実際は長崎から西洋の情報は十分に得ていただろうし、黒船が来たあとの開国や通商条約締結も極めて現実的でベストな対応を取ったと思う。
 それでは征夷大将軍の「征夷」の名目が立たないと、幕末の志士たちの批判にさらされたら、早々に大政奉還を決めた。これも多分想定内だったのだろう。やるだけのことはやった。あとはおめーらで勝手にやってくれ、ってとこか。
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 それでは「甲戌紀行」の続き。
 おそらく4日に和歌の浦を見た後深日の浦に向かい、これは5日の朝ではないかと思う。

   ふけゐのうらに出たれば
   大網引馬夫駕籠のもの
   従者まじりに走りつきて
   力を添てとよみけるに
 魨ひとつとらへかねたる網引哉  其角

 魨はフグで、深日の浦でも取れたのだろう。

2025年12月15日月曜日

  西洋で自然保護運動が起きたのは、かつて西洋人が徹底的に自然を破壊してしまったから。
 西洋でLGBT解放運動が起きたのは、かつて西洋人が同性愛を宗教的な罪であるだけでなく、犯罪として処罰していたから。
 西洋で人種差別撤廃運動が起きたのは、かつて西洋人が黒人を奴隷にしたから。
 西洋がレイシズムに厳しいのも同じことで、西洋人が家畜の血統管理を人間にも適用した生粋のレイシストだったから。
 日本人は西洋文明を受け入れて名誉白人になったが、これらの歴史とは無縁なんで、一緒にしないでほしい。

 大体人権大国というのは人権が最も蹂躙されてた国だ。そのため法律が増えてっただけだ。
 老子の言葉にもある。「大道廃れて仁義あり。」老子は楚人だったから、長江文明の大道が廃れて黄河文明の仁義が持ち込まれたのを苦々しく思ってたに違いない。日本も長江文明の末裔。人権には然のルールがあるので、西洋のような法整備を必要としない。

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 それでは「甲戌紀行」の続き。

   帰望
 和歌はみつふけゐの月を夜道哉  晋子

 ふけゐは和泉国の吹飯の浦で、今も深日(ふけ)という地名が残っている。かつては「ふけゐ」だったのだろう。「ゐ」と「ひ」の違いは微妙だったから、「ふけひ」から深日の表記になったか。和歌の浦の一山越えた北側になる。
 「和歌はみつ」は、

 若の浦に潮満ち来れば潟をなみ
     葦辺をさして田鶴鳴き渡る
             山部赤人(続古今集)

の「満つ」であろう。加太淡島神社に寄っているので、海沿いのルートの大川峠越えルートで吹飯に入ったと思われる。和歌の浦に潮が満ちるのを「見つ」に掛けて、前を見れば深日の浦に月が見える。

2025年12月14日日曜日

  昨日はチェンソーマンの映画のことを描いたから、今日はわたなれ(わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?))のことも書いてみようか。
 作者のみかみてれんさんは「女同士とかありえないでしょと言い張る女の子を、百日間で徹底的に落とす百合のお話」のような性描写のあるガチレズ作品を書いている人で、わたなれはそれを抑えた形でレズビアンがノンケの女の子れな子を落とすという所が基本にあったのではないかと思う。
 クインテットの五人の中でレズビアンは真唯と紫陽花の二人。真唯はタチで紫陽花はネコだが、この二人がくっついたら二人だけ孤立してクインテットは壊れることになるし、この二人は基本的にはくっつかない。そのためれな子が共通の落す目標になる。
 れな子のキャラは基本的にはよくあるハーレム展開の男主人公の特徴を引き継いでいる。お人好しで人には好かれるが優柔不断で誰も選べない。真唯と紫陽花とは親友にはなりたいがネコにもタチにもなれないが何となくどっちの素質もありそうというところで留まっている。
 男のアニメファンは男のハーレムは許容しても、女のハーレムに不寛容な所があるのだろう。そこから真唯のセリフだった「れな子が悪い」が流行語になり、集英社の四大ヴィラン(鬼滅の刃の猗窩座、呪術廻戦の夏油、あとチェンソーマンの誰か忘れた)になってしまった。
 「れな子が悪い」は冗談で言っている部分もあって、心底悪いと思っている人はいないとは思う。レズビアンとして目覚めてない以上はどちらかを選ぶことはできないし、他にも女の親友が欲しいと思うのは悪いことではない。そこの揺れ動きの面白さが男主人公のハーレム展開みたいに展開するのが、この作品の一番の魅力となっていると思う。
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 日本語の「百合(Yuri)」という言葉はレズとシスターフッドの曖昧な境界の上に成り立つ概念で、その曖昧さがこの物語の魅力を引き立てている。

 それでは「甲戌紀行」の続き。

   玉津島にまゐりて
 御留守居に申置くなりわかの浦  其角

 3日に紀ノ川を下り、4日には和歌の浦や紀三井寺などを回ったと思われる。このあと其角が大阪で芭蕉と再会する11日まで日付の記述はない。
 神無月だから玉津嶋神社の神様もお留守。

2025年12月13日土曜日

  「チェンソーマン レゼ編」は日本だけでなく海外でも好評だという。建前やポリコレや人権思想だのそんなもの抜きに、本音で生きて戦って平和を守ろうとする人たちは、今の時代どこの国でも求めているものではないかと思う。
 今の世界だったらともすると、悪魔と話し合って仲良くできないかだとか悪魔を差別するなだとか言い出すやつもいかねないそ、ビルが壊れれば誰が保証すんだって話にもなる。銃の悪魔に勝てないなら白旗上げて、戦うのを止めれば死ぬ人もいなくなるなんて、そんなこと真面目に言い出すやつはいくらでもいる。
 デンジは昭和生まれで貧しかった時代の最後の方の記憶をかろうじて持っている俺としては、今でこそ珍しいが昭和じゃ普通だったなという感じのキャラだ。
 戦前は義務教育も尋常小学校までだったし、終戦後の混乱期には親の居ない子供もたくさんいた。親の愛も知らず、ただ搾取されるだけの毎日で、それでも生きていければいいという中で、西洋の映画の朝食シーンには誰もが憧れたものだ。
 飯を食いたい。女が欲しい。それをかなえてくれるならやくざの鉄砲玉にでも喜んでなるような人はたくさんいた。奴隷のような絶対服従の組織でも生きていられるだけで幸せだった。それが昭和の時代だった。
 多分昭和の日本だけじゃない。世界中どこでも貧しい人達はそうやって生きていると思う。だからデンジの生き方には世界中の人が共感できるんだと思う。
 まあ、悪い面もあるけどね。そうやって食うことと女を抱くことにしか興味を持てなかった人たちが、ひとたび豊かになり社会的成功を勝ち取っても、大人になって飯が酒に変るだけで、銀座のクラブや赤坂の料亭で豪遊するのがステータスになって、あの世代のオヤジは簡単に中国のハニトラに引っ掛かる。デンジがレゼに惹かれたみたいに、やばいとわかっていながらはまってってしまうんだろうな。
 ハリウッドもヨーロッパ映画も小難しいこと言わずに、こういう本音で生きる人間のドラマを作ってほしい。そうしないと、そのうち日本のアニメに完全に席巻されてしまうよ。今の日本がそうだから。

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 それでは「甲戌紀行」の続き。

   紀の川いく瀬もあり
   三日月の流るゝを
 たづか弓矢をつく船やみかの月  其角

 翌10月3日、高野山を出て紀ノ川を下り、和歌の浦に向かう。西へ向かうので、夕暮れには行き先に三日月が見えて、その光が川に映し出される。
 「たつか弓」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「手束弓」の解説」に、

 「〘名〙 手に握り持つ弓。たつかの弓。
  ※万葉(8C後)一九・四二五七「手束弓(たつかゆみ)手に取り持ちて朝狩に君は立たしぬたなくらの野に」
  ※散木奇歌集(1128頃)恋下「つくつくと思ひたむればたつかゆみかへる恨みをつるはへてする」

とある。軍事用の長弓ではなく、狩猟用の座って射れるような小さな弓ではないかと思う。
 三日月が弓のようで、その下の光る浪が沢山の矢のように見える。

2025年12月12日金曜日

 
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 今日は今年やり残したことということで「チェンソーマン レゼ編」を見に行った。

 それでは「甲戌紀行」の続き。

   高野山
 卵塔の鳥居やげにも神無月   其角

 10月1日に吉野から高野山へ船で移動したと見た方がいい。徒歩や馬だと移動に丸一日かかりそうだが、川を船で下ったなら、西河を見てから夕暮れに高野山までたどり着くこともできただろう。
 2日は高野山を見て回り、三日には和歌の浦へ向かう。ここははっきりと船に乗ったとわかる。
 卵塔は無縫塔ともいう卵型の墓で僧の墓に多い。
 お墓の入口に鳥居があるにもかかわらず、その先は卵塔ばかりだと、なるほど神無月だ、ということになる。

2025年12月11日木曜日

  今の時代、テレビを見てる人とネットを見てる人は違う世界線にいる。

テレビ派
 高市さんが日本初の女性首相になったけど、いきなりワークバランスを無視して働けだなんてとんでもないことを言いだした。
ネット派
 日本初の女性首相の誕生で、これからバリバリいろんなことをやってくれそうで楽しみだ。

テレビ派
 トランプ来日ではみっともなく媚を売りまくって、結局日本じゃ女は男に媚びなきゃ偉くなれないんだな。
ネット派
 トランプ来日で日本の復活と日米同盟の強固さを世界にアピールできた。

テレビ派
 台湾有事になったら日本はそれを口実に自衛隊を派遣して、本格的に中国と戦争をする気のようだ。
ネット派
 台湾有事になったら自衛隊を出してでも日本を守ってくれる。中国相手に一歩も引かない姿勢は本当に頼もしい。

テレビ派
 台湾有事発言で高市首相はトランプにも怒られるし、G20では中国に完全に無視されて日本は孤立した。
ネット派
 台湾有事発言ではトランプも北京を攻撃するなどの発言を引き出せたし、G20ではメローニさんとも仲良くなって、中国包囲網ができた。

テレビ派
 高市の台湾有事発言で、日本の観光業は大打撃を受けたし、中国でのコンサートなども続々中止になってミュージシャンたちも怒っている。
ネット派
 台湾有事発言への報復は中国人の観光業者が打撃を受けただけで、観光地はマナーの悪い中国人がいなくなってむしろ喜んでいる。中国でのイベント中止は中国のファンも怒っていて逆効果だ。

テレビ派
 立憲民主党の力で政府もやっと重い腰を上げて、ガソリンの暫定税率廃止を勝ち取った。
ネット派
 高市首相になって石破がやらなかったガソリンの前提税率廃止がやっと実現した。

テレビ派
 中国軍が通常の演習をやっている所に、自衛隊がしつこく付きまとってえらく怒っている。高市政権は中国侵略の口実を作ろうとしてるのか。
ネット派
 中国軍の経済水域侵入が常態化していて、自衛隊機にレーダー照射をした。それに対して中国は苦しい言い訳をしている。

テレビ派
 ガザとウクライナは何も解決してないし、トランプも高市も戦争を起こそうとしている。このままいけば第三次世界大戦になって、人類滅亡の悲惨な未来しか見えない。
ネット派
 ガザやウクライナも解決に向かって動き出したし、未来に希望が持てる年になった。

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 それでは「甲戌紀行」の続き

   西河のたきにて
 三尺の身をにじかうのしぐれ哉  晋子

 西河は吉野の東側の音無川の流れる谷で、蜻蛉(せいれい)の滝があり、芭蕉も貞享五年の『笈の小文』の旅で訪れて、

 ほろほろと山吹散るか滝の音   芭蕉

の句を詠んでいる。
 「三尺の身」は、いくら何でも其角が身長僅か一メートルってことはない。三尺は三尺頭巾のことか。落差50メートルの滝が巻き上げる水しぶきが時雨のようだ。

2025年12月10日水曜日

  そろそろこの一年振り返っちゃおうかな、なんて季節にもなった。

 気持ち的に眼下は崖の初日哉

なんてこのまま世界はどうなってしまうかという不安の中で一年が始まったけど、トランプさんの大統領就任から急に流れが変わり、日本でも初の女性首相の誕生といろいろ希望の見える年になった。
 世界的に戦後ベビーブーマーの時代が終わって世代交代が始まったと見て良いのだろう。トランプさんはともかくとして、高市さんは初めて俺より年下の首相(二ヶ月違い)になったし、他の大臣の年齢も年下が多くなった。
 戦後のベビーブーマーは日本では「戦争を知らない子供たち」とも呼ばれたけど、戦争の恐怖ばかりを植え付けられ、戦争に至った歴史を正しく知らされてなかったし、戦争になるだとかホロコーストが起きるだとか言われると過剰に反応して、結果的に自虐的な政策を繰り返して今の混乱を生む元になった。
 そういうわけで昨日の句会の句は、

 まだ残る黄葉にあしたが光る

となった。

 今年のアニメはAve Mujicaに始まった。ただ、これだけ見ても話が繋がらないから、その前のMyGO!!!!!も見ることになった。春アニメは機動戦士Gundam GQuuuuuuXでこれも元ネタが知りたくて初代ガンダムを見ることになった。夏アニメはタコピーの原罪とわたなれ(わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?))。今やってる秋アニメはさいひと(最後にひとつだけお願いしてもよろしいでしょうか)。わたなれの映画も見に行って楽しい一年だった。

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 それでは「甲戌紀行」の続き。

   世尊寺
   こよひだれすずふく風と
   よまれたる所といふに、
   月ならばなどおもひやられ
 頼政の月見所や九月尽      晋子

 世尊寺は吉野の奥の上千本の上にあった寺で、明治の廃仏毀釈で廃寺になり、「吉野三郎」と呼ばれる梵鐘のみが今でも残っている。
 源頼政は、

 今宵たれすずふく風を身にしめて
     吉野の嶽たけに月を見るらむ
              源頼政(新古今集)

の歌がある。

2025年12月9日火曜日

 
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 今日の句会の句。

 何言ったの木枯しに問い返す
 日は西へそして師走の街灯り
 まだ残る黄葉にあしたが光る
 冬日射す城の白壁帰り道

 それでは「甲戌紀行」の続き。

 9月28日に奈良を出て、多武峰から細峠を越えて吉野に到着する。そして、29日に吉野の名所を回ることになる。

   廿九日よしのの山ふみす。
   白雲峯に重り煙雨谷をうつんて山賤の家所々にちひさく、
   西に木を伐ル音東にひびき院々のかねの声心の底にことふ
   寒雲繍盤石といふ句におもひよせて
 高取の城の寒さよよしの山    晋子

 高取城は日本三大山城の一つとも言われ、標高583メートルの山の上に天守閣が築かれている。芭蕉も元禄三年の「月見する」の巻二十九句目に、

   随分ほそき小の三日月
 たかとりの城にのぼれば一里半  芭蕉

の句を付けている。天守まで辿り着く頃には日が暮れてしまう。
 其角のこの句は許六の『俳諧問答』にも、

 「高取の城の寒さやよしの山
といふも、『ふる里寒し』の下心也。ふる里よりハ、めの前の高取寒しといへる事也。」(『俳諧問答』横澤三郎校注、一九五四、岩波文庫p.187)

とある。この「寒さ」は、

 みよし野の山の秋風さ夜ふけて
     ふるさと寒く衣うつなり
              参議雅経(新古今集)

の歌による、というわけだ。
 まだ9月だけど「寒さ」で冬の句としているが、この歌を思い浮かべるならまだ秋の情になる。

2025年12月8日月曜日

 
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 「隨縁紀行」と「甲戌紀行」をまとめたものを鈴呂屋書庫にアップしたのでよろしく。題して「其角、鶴時雨」

 それでは「甲戌紀行」の続き

 松陰の硯に息をしぐれかな    晋子

 二上山当麻寺奥院には今も平家物語に由来が登場するという松蔭硯が残されている。楕円形の硯なので、それを馬の蹄に見立てて箱が作られたようだ。当麻寺のホームページの画像では、箱の外側はよく分らなかった。
 硯は息を吹きかけてみて湿ると良い硯だという。松陰硯は良い硯だから、さぞかし息を吹き替えたなら時雨のようになるだろう。
 27日は二上山当麻寺を出ると一度奈良に戻り、そこで一泊したと思われる。28日はふたたび三輪を通って談山神社、多武峰、細峠を経由して吉野に向かう。

2025年12月6日土曜日

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  「甲戌紀行」の続き。

 9月26日は法華寺を経由して当麻寺へ行ったと思われる。

   当麻寺奥院にとまりて
 小夜しぐれ人を身にする山居哉  其角

 「人を身にする」は「人を思うは身を思う」を縮めた形か。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「人を思うは身を思う」の解説」に、

 「他人に情をかければ、やがては自分のためになるという意。情は人のためならず。
  ※北条氏直時代諺留(1599頃)「人を思ふは身を思ふ。人を憎むは身を憎む」

とある。時雨が来た時には人を雨宿りさせる人情が、廻り廻って自分が時雨にあった時にも帰って来る。

 世にふるもさらに時雨の宿り哉  宗祇

の句を踏まえたものであろう。
 時雨は冬の季語ではあるが、和歌では紅葉を染める雨として晩秋に詠むことも多い。まだ9月ではあるが、時雨に関しては厳密に10月からということはなかったのだろう。有名な、

 初しぐれ猿も小蓑をほしげ也   芭蕉

の句も9月の終りに詠まれている。

2025年12月5日金曜日

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 昨日行った鎌倉の東慶寺のことで、やけに庭が荒れてた印象があったが、先代の住職が亡くなってから色々あったみたいだ。
 コロナの頃が転機になったようだ。入場料を取らなくなり、入口の所の小屋を撤去したとか、境内を撮影禁止にしたとかはまだわかる。庭に関しては矢野智徳の「大地の再生」の影響からか、従来の庭園管理を止めて、ほとんど放置した状態になってた。またブログやSNSを見るとアーユルヴェーダのことばかりで、臨済の教えはどこへ行ってしまったのか。

 それはともかく「甲戌紀行」の続き

   二月堂に七日断食の行者あり屏風引廻して無人声
 日の目みぬ紙帳もてらす栬かな  其角

 紙帳はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「紙帳・紙張」の解説」に、

 「① 白い紙を張り合わせて作った蚊屋。上からつるものと、頭からかぶるものとがあった。また、冬には防寒用にも用いられた。《季・夏》
  ※経覚私要鈔‐文安四年(1447)四月二日「為レ蚊紙帳用二意之一。〈略〉為二養性一第一事也」
  ※浮世草子・好色一代男(1682)三「米櫃(こめひつ)は物淋しく、紙帳(シチャウ)もやぶれに近き進退」 〔蘇軾‐贈月長老詩〕

とあるが、前書きに屏風とあるから、ここではその屏風を指すと思われる。

2025年12月4日木曜日

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 今日は鎌倉へ行った。
 まあ、中国政府の粋な計らいというか、中国人観光客が減っていると聞いて、このチャンスを逃す手はない。まあ、時折中国語も聞こえて来ていたが、他の国の外国人の方が圧倒的に多かった。
 東慶寺から円覚寺、浄智寺、鶴岡八幡宮、寿福寺、長谷寺、御霊神社、稲村ケ崎と回った。楽しい一日だった。

 それでは「甲戌紀行」の続き。

   春日四所の宮人達夜毎にとのゐして
   戌の刻を限りとし侍る也
 今幾日秋の夜詰めを春日山    其角

 春日四所はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「四所明神」の解説」に、

 「春日神社の四柱の祭神。武甕槌命(たけみかづちのみこと)・経津主命(ふつぬしのみこと)・天児屋根命(あまのこやねのみこと)・比売命(ひめのみこと)の総称。
  ※光悦本謡曲・采女(1435頃)「四所明神の宝前に、耿々たる灯も」

とある。晩秋の冬至に近い戌の刻だから、午後6時から8時くらいになるのか、遅くまで宿直して参拝できるようにしていた。

2025年12月3日水曜日

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 それでは「甲戌紀行」の続き。

 僧ワキのしづかに向ふすすき哉  晋子

 謡曲「井筒」のワキは「これハ諸國一見の僧にて候」と言って登場する。在原寺は天理市のホームページによると、

 「天文23年(1554)三条西公条の『吉野詣記』には在原寺の記事が見え、延宝9年(1681)刊の『和州旧跡幽考』にも記され、江戸時代は寺領わずかに五石であったが、明治維新ごろまで本堂、庫裡、楼門などがあり、昔は、在原千軒と称せられたほど人家が建ち並んでいたという。」

とある。寺はかなり荒れていて、薄が茂ってたのだろう。

2025年12月2日火曜日

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  今日は海老名へわたなれネクストシャインを見に行った。正式には「わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)〜ネクストシャイン!〜」。
 「れな子が悪い」は流行語にもなっていたし、YouTubeでは満員になる劇場もあったというが、今日の所は埋まってる席は三分の一といった所か。他の映画に比べれば入ってる方なんだろう。
 自己肯定感というのが一つのテーマのように思う。日本人には足りないとよく言われる。自己肯定感が高すぎても、みんな我儘になってモラルが崩壊したりしてそれはそれで問題だが、日本ではもっぱら低すぎる方が問題になる。
 人に迷惑が掛からないなら、善とか悪とか過度に気にすることなく、好きなものは好きと胸を張って言えた方がいい。どんな性癖だっていいじゃないか。
 このごろ「みいちゃんと山田さん」という漫画も流行っているが、これも発達障害だろうが境界知能だろうが、自己肯定感が気持ち良い。

 それでは「甲戌紀行」の続き。

 初瀬を出たあとの足取りは時系列がかなり混乱している。
 『隨縁紀行』では、

 初瀬 三輪 在原寺
 二月堂
 法華寺大湯屋
 二十八日南都を出る
 当麻寺
 多武峰
 春日四所
 伊勢大神宮
 二月堂(重複)
 増賀聖の古跡
 二十九日吉野

となっていて、『甲戌紀行』では、

 初瀬 大和柿
 三輪
 春日四所
 二月堂
 当麻寺
 吉野

となっている。
 其角ら一行は25日、26日、27日は奈良の各所を回り28日に奈良を出て吉野へ向かったのは確かだろう。
 推測だが、25日は初瀬から奈良に向かい、その夜春日四所と二月堂を見て回る。
 26日は二上山当麻寺に向かい、途中法華寺大湯屋を見る。
 27日は二上山当麻寺を出て一度奈良に戻ったと考えられる。
 28日に奈良を出て業平寺、大神神社、談山神社、多武峰を経て途中一泊し、29日に吉野山に到着する、といった所だろうか。
 「甲戌紀行」では三輪の二句が先に来る。

 むらしぐれ三輪の近道尋けり   晋子

 三輪山で時雨にあって、近道がないかどうか尋ねた。

2025年12月1日月曜日

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  今日は震生湖と弘法山の紅葉を見に行った。

 それでは「甲戌紀行」の続き。

   大和柿とて主よりもてなす
 はつせ女に柿の渋さを忍びけり  其角

 これは初瀬に宿泊した時の句であろう。これも24日から25日ということになる。
 大和柿は御所柿とも言い、コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「御所柿・五所柿」の解説」に、

 「〘名〙 カキの一品種。甘柿で果実はやや扁平な球形で、種子はほとんどない。奈良県御所(ごせ)市の原産といわれ、古くから栽植されている。近畿地方や岐阜・山梨県に多い。大和柿。紅柿。
  ※寒川入道筆記(1613頃)愚痴文盲者口状之事「しぶがきなどをきりてつげば、御所柿にもなる」 〔和漢三才図会(1712)〕」

とある。木練(こねり)とも言い、木になっている時から甘い。
 これより五日後、芭蕉の大阪での九月十九日の興行「秋もはや」の巻十一句目にも、

   住ゐに過る湯どの雪隠
 木の下で直に木練を振まはれ   其柳

の句がある。