それでは「句兄弟」の続き。
「三番
兄
また是より青葉一見となりけり 素堂
弟
また是より木屋一見のつつじ哉
遊子行残月とかや。花におぼれし人の春の名残りを惜みけん心をうたひける也。
予が句うたひにたよらずして青葉一見といふ花のかへるさをとどめしゆへ、全く等類ならずとなりけりとは、素堂が平生口癖なれば是を格には取がたし。つつじといふ題にて夏にうつらふ花の名残りも有べし。
此句意味はかはる事なし。下五字の云かへにて強弱の体をわかつもの也。」(句兄弟)
素堂の句は延宝八年刊の不卜編『向之岡』所収のもので、「上京の比」という前書きがあり、青葉は若葉になっている。若葉の頃に上京したため、こうしてちらっと若葉を見ることになりましたという意味であろう。
京にこれからもずっと滞在するのではなく、京の花見に来て若葉の頃になってようやく帰るというので、「一見」ということになる。
「一見」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「一見」の意味・読み・例文・類語」に、
「① ( ━する ) 一度見ること。一通り見ること。ちらっと見ること。一覧。
[初出の実例]「微禽奇体、今遂二一見之望一」(出典:古今著聞集(1254)二〇)
「黒塚(くろつか)の岩屋一見し、福島に宿る」(出典:俳諧・奥の細道(1693‐94頃)あさか山)
[その他の文献]〔漢書‐趙充国伝〕
② ( ━する ) 一度会うこと。初対面。いちげん。
③ ( 副詞的に用いて ) ちょっと見ると。」
とある。今とそれほど意味は変わらない。
「うたがひにたよらず」というのは、「や」や「かな」を用いずに「けり」と言い切っていることをいうのだろう。花が散ってこれから青葉の季節になるのだろうか、というのではなく、花が散ってもなかなか去りがたく、青葉になるまで滞在してしまったという意味になる。
下下の下の客といはれん花の宿 越人
の句はこれより後の元禄二年の『阿羅野』の句になる。
一世紀後になるが、
葉桜や南良に二日の泊り客 蕪村
もまたこの心か。
「遊子行残月」は『和漢朗詠集』の、
暁賦 賈島
佳人尽飾於晨粧。魏宮鐘動。
遊子猶行於残月。函谷鶏鳴。
佳人尽(ことごと)く晨粧を飾りて、魏宮に鐘動く、
遊子なほ残月に行きて函谷に鶏鳴く
で、作者は実際は賈嵩だという。旅人の素晴らしい季節が去って行くのを惜しむ心という意味であろう。
其角の句の方は、若葉の頃に咲くツツジに置き換えて、春の名残を惜しむという旅体から卑近な題材の句に転じるわけだ。
コトバンクの「精選版 日本国語大辞典 「木屋」の意味・読み・例文・類語」には、
「① 材木の集散に便利な場所にあって材木を貯蔵する倉庫。材木小屋。
[初出の実例]「山背国三処。相楽郡二処。一泉木屋并園地二町」(出典:大安寺伽藍縁起并流記資財帳‐天平一九年(747))
② 材木の売買を業とする人。また、その家。材木屋。材木商。
[初出の実例]「材木〈三尋木二編、桂三本〉自木屋申二請之一」(出典:実隆公記‐明応八年(1499)六月二日)
③ 薪の売買を業とする人。また、その家。まきや。
[初出の実例]「軒口にかれたる木屋が夏懸て〈道意〉 大斤両も動く浜風〈和武〉」(出典:俳諧・西鶴大矢数(1681)第六七)
④ ( 樹屋 ) 植木屋。
[初出の実例]「『あの大門より北には〈略〉廿八本植へべし。直段如何程』といへば、木屋申は」(出典:咄本・軽口露がはなし(1691)一)
⑤ 大工が、作業をする小屋。大工の仕事小屋。
[初出の実例]「明日先可レ立二木屋一」(出典:晴富宿禰記‐文明一一年(1479)二月二〇日)
⑥ すべての納屋や小屋をいう。柴木屋、こなし木屋、肥木屋(こやしきや)、収納木屋(しなきや)など。薪炭類を収蔵する木小屋の略。」
とあるが、この場合は材木や薪ではなく、④の樹屋であろう。
江戸の街では岩躑躅の群生するような所もなく、植木屋でツツジの咲いてるのを見て春の終わりを感じるということか。ツツジを出すことで青葉に比べれば華やいだ句になる。
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