2022年5月18日水曜日

  久しぶりに晴れた。ちょっと早いけど気分は五月雨だね。
 タケノコの季節はそろそろ終わりかな。

 それでは「郭公(来)」の巻の続き。

 二表、二十三句目。

   孤雲の外に鳥はさえづる
 打かすむ山ふかうして谷の庵   正友

 山奥の隠棲とする。

 山深み霞みこめたる柴の庵に
     こととふものは谷のうぐひす
              西行法師(玉葉集)

によるものか。
 二十四句目。

   打かすむ山ふかうして谷の庵
 わらびよぢ折る苔の衣手     松臼

 山に隠棲する者は、春には苔の上の早蕨を取って食っている。
 春と言えば早蕨で、

 岩そそぐ垂水の上のさわらびの
     萌え出づる春になりにけるかな
              志貴皇子(新古今集)

の歌は百人一首でもよく知られている。
 二十五句目。

   わらびよぢ折る苔の衣手
 これも又王土をめぐる鉢ひらき  一鉄

 王土は王の支配する土地という意味で、ここでは天皇の支配の及ぶ日本中どこでもということか。
 鉢開きはコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「鉢開」の解説」に、

 「① 鉢の使いはじめ。
  ※咄本・醒睡笑(1628)七「今日の振舞は、ただ亭主の鉢びらきにて候」
  ② 鉢を持った僧形の乞食。女の乞食を鉢開婆・鉢婆という。鉢坊主。乞食坊主。」

で②の意味であろう。鉢坊主とも言う。後の『炭俵』の「空豆の花」の巻二十句目に、

   不届な隣と中のわるうなり
 はっち坊主を上へあがらす    利牛

の句がある。
 乞食坊主なので、道端の食べられそうなものはみんな取って食う。
 二十六句目。

   これも又王土をめぐる鉢ひらき
 慈悲はこころの鬼をほろぼす   雪柴

 鉢坊主の功徳を述べる。
 一般論として、こうした乞食坊主であっても、仏の慈悲が人の心の邪悪なものを滅ぼすことを説いて回る所に、その存在理由がある。
 二十七句目。

   慈悲はこころの鬼をほろぼす
 わつさりと一たび咄せなふ女郎  卜尺

 「わっさり」は今のさっぱりする、というのに近い。
 「心の鬼」の最たるものは恋の嫉妬の心。
 江戸時代の遊郭は出会い系に近く、単純に金で一時の快楽を買うわりきった関係ではなかった。そのため、客の男は遊女に他の客を取らないように貞操を求めることも多かった。
 客の男の嫉妬心は遊女からすれば悩みの種で、それをなだめるために起請文を配ったりもした。貞享二年の「涼しさの」の巻七十一句目に、

   小女郎小まんが大根引ころ
 血をそそぐ起請もふけば翻り   コ齋

の句がある。血判を押した起請文も実際は形だけのものだった。
 『ひさご』の「疇道やの巻」九句目の、

   片足片足の木履たづぬる
 誓文を百もたてたる別路に    正秀

の誓文も起請文のこと。
 だいたいは遊女の立場を理解して、起請文はそういうもんだと腹を立てないのが粋な遊び人なのだが、中にはそれで逆上して、爪を剝いでよこせ、さらには指を詰めろとか言う男も結構いたようだ。
 卜尺の句は、嘘の起請文ではなく、正直に話せ、と迫る。それで本当のことを知っても許してやる慈悲の心があれば、男の心の鬼も滅びるのだが、なかなかそうもいかない。
 二十八句目。

   わつさりと一たび咄せなふ女郎
 うき名は何のそれからそれ迄   一朝

 「それからそれ迄」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「其からそれまで」の解説」に、

 「限られたそれだけのこと。それまでのことだ。やむを得ない。
  ※俳諧・談林十百韻(1675)上「うき名は何のそれからそれ迄〈一朝〉 御仕置ややぶれかぶれの衆道事〈松意〉」

とある。
 遊郭の浮名は遊郭の中だけのことだ。とはいえ、奥さんは何と思うことか。
 二十九句目。

   うき名は何のそれからそれ迄
 御仕置ややぶれかぶれの衆道事  松意

 男色が発覚すると、武家の場合は処分を受けることもあったが、西鶴の『男色大鏡』では、わりと穏便に済まされることが多かったようだ。男女の不倫が死罪になる時代にしては緩かったと言えよう。
 まあそういうことで、御仕置きなど恐れずやっちまえ、ということになる。
 三十句目。

   御仕置ややぶれかぶれの衆道事
 家老をはじめすでに付ざし    在色

 付けざしは口を付けた煙草や盃を回す、一種の間接キスで、宗因独吟の「花で候」第三にも、

   夢の間よただわか衆の春
 付ざしの霞底からしゆんできて  宗因

の句がある。
 家老を初め、多くの男たちが付けざしをしたというから、相当な美少年だったのだろう。まあ、家老まで巻き込んでしまえば御仕置きもできないという所か。
 三十一句目。

   家老をはじめすでに付ざし
 城の内あすをかぎりの八九人   松臼

 ここでは衆道を離れて、籠城戦にも敗れ、切腹を覚悟した武将たちの最後の盃とする。
 三十二句目。

   城の内あすをかぎりの八九人
 しまひ普請のから堀の月     志計

 前句の「あすをかぎり」を城内の工事の終わりとする。お堀の補修だったか。
 三十三句目。

   しまひ普請のから堀の月
 金山の秋をしらする雁鳴て    雪柴

 金山(かなやま)は鉱山のことで、しまい普請は閉山のことか。月に雁の声が心の秋を知らせる。
 「秋をしらする」は

 風吹くに靡く浅茅は我なれや
     人の心の秋を知らする
              斎宮女御(後拾遺集)

の用例がある。
 月に雁は、

 さ夜なかと夜はふけぬらし雁金の
     きこゆるそらに月わたる見ゆ
              よみ人しらず(古今集)
 大江山かたぶく月の影冴えて
     とはたのおもに落つる雁金
              慈円(新古今集)

など多くの歌に詠まれている。
 三十四句目。

   金山の秋をしらする雁鳴て
 訴訟のことは菊の花咲      正友

 江戸時代の訴訟というと境界争いが多かったようだが、鉱山の権利などでももめることがあったのだろう。「訴訟のことは聞く」に「菊」を掛ける。
 三十五句目。

   訴訟のことは菊の花咲
 我宿の組中名ぬし罷出      一朝

 組中はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「組中」の解説」に、

 「① 組にはいっている人全部。
  ② 組の仲間。同業者。また、江戸時代の五人組の仲間。
  ※俳諧・談林十百韻(1675)上「訴訟のことは菊の花咲〈正友〉 我宿の組中名ぬし罷出〈一朝〉」

とあり、名主は「精選版 日本国語大辞典「名主」の解説」に、

 「③ 江戸時代、江戸の各町にあり、町年寄の支配を受け、町政一般を行なったもの。町名主。
  ※俳諧・談林十百韻(1675)上「訴訟のことは菊の花咲〈正友〉 我宿の組中名ぬし罷出〈一朝〉」

とある。ちなみにこの興行に参加している卜尺も日本橋大舟町の名主だった。
 訴訟というと名主の出番だったか。
 三十六句目。

   我宿の組中名ぬし罷出
 売渡し申軒の下風        一鉄

 名主が何しに出てきたと思ったら、この家を売るという話だった。
 下風という言葉は和歌では、「花の下風」「森の下風」「松の下風」「葛の下風」など、大体は植物の下を吹く風を言う。「軒の下風」の用例もあるが、植物と合わせて用いる。

 皆人の袖に匂ひぞあまりぬる
     花橘の軒の下風
              藤原家隆(壬二集)
 かたしきの小夜の枕にかよふなり
     あやめに薫る軒の下風
              藤原実房(新続古今集)

などの例がある。

2022年5月17日火曜日

 マクドナルドがロシアから撤退ということで、これで「マクドナルドのある国同士は戦争をしない」という状態に戻ったということか。
 マクドナルドのある国同士が戦争をすれば、マクドナルドの方が出て行く。それはグローバル経済から除外されるということだ。ロシアはフロンティアへ転落し、北朝鮮のような道を歩むつもりなのか。
 飢餓と隣り合わせの世界は、喉元にナイフを突きつけられた上、家族を人質に取られた状態だ。国民の逆らう気力が失せれば、独裁国家は逆に安定する。あとは国民に被害者意識を植え付けて、自分たちの貧しさは全部アメリカが悪いということで納得させてゆく。そのヘイトが独裁国家を存続させる理由になって行く。
 ロシアがそれで安定を得れば、次は中国、そして韓国か。そして日本もそういう国にしようとしている人たちがいる。どこかでこの連鎖を止めなくてはならない。
 ロシアは叩かなくてはならない。でもロシアを救わなければ次は我々だ。
 ロシアがウクライナに負けたにしても、戦後処理を誤ればもっと恐ろしいことになる。ロシアが巨大な北朝鮮にならないように、知恵を絞らなくてはならない。

 それでは「郭公(来)」の巻の続き。

 初裏、九句目。

   酒酔をくるあとのしら波
 蜑人の喉やかはきてぬれ衣    卜尺

 濡れ衣で透け透けというのは狙った感じがする。そうでなくても体の線が出る。
 酒飲んで海に飛び込んだのだろう。酒を飲むと喉が渇く。
 十句目。

   蜑人の喉やかはきてぬれ衣
 かの海底の玉のあせかく     執筆

 海底の玉というのは謡曲『海人(あま)』に出てくる、高宗皇帝から興福寺へ贈られた三つの玉の一つの「明珠」というもので、途中瀬戸内海で竜神に取られて、それを里の海女が取り返したという話だ。
 海底深く潜って玉を取り返すのは大変だっただろう。まさに玉の汗をかく。
 十一句目。

   かの海底の玉のあせかく
 さらさらともみにもふでぞ一いのり 松意

 「もみにもふで」は「揉みに揉んで」のウ音便化したもので、『新日本古典文学大系69 初期俳諧集』の注にある通り、謡曲『船弁慶』に、

 「その時義経少しも騒がず打物抜き持ち現の人に、向ふが如く、言葉を交はし戦ひ給へば、弁慶おし隔て打物業にて叶ふまじと、数珠さらさらと押しもんで、東方降三世南方軍荼利夜叉、西方大威徳、北方金剛夜叉明王、中央大聖不動明王の索にかけて、祈り祈られ悪霊次第に遠ざかれば、弁慶舟子に力を合はせ、」(野上豊一郎. 解註謡曲全集 全六巻合冊(補訂版) (Kindle の位置No.7489-74909). Yamatouta e books. Kindle 版. )

を踏まえている。この祈りで平知盛の亡霊は海底へと消えて行く。
 十二句目。

   さらさらともみにもふでぞ一いのり
 くだけて思ふ散銭なげさい    在色

 「なげさい」はここでは賽銭のことか。
 「くだけて思ふ」は、

 風をいたみ岩うつ波のおのれのみ
     砕けてものを思ふころかな
              源重之(詞花集)
 見せばやなくだけて思ふ涙とも
     よもしら玉のかかるたもとを
              伏見院(新後撰集)

などの歌がある。波の砕けると心を砕く(心を痛める)とを掛けて用いることが多い。
 十三句目。

   くだけて思ふ散銭なげさい
 まつ宵の更行かるた大明神    松臼

 前句の「なげさい」をサイコロを投げるとして博徒の神頼みとし、夜通し博奕を続ける中で、当時流行していたうんすんカルタのウン(福の神)に祈る。
 この時代は天正カルタからうんすんカルタへの過渡期でもあり、これより後の延宝六年秋の「のまれけり」の巻二十九句目に、

   古川のべにぶたを見ましや
 先爰にパウの二けんの杉高し   似春

の句は天正カルタのパウ(棍棒)が斜めに交差させた形で描かれ、数字が多くなると杉の木のような形ことを詠んでいるが、天正カルタの絵札は西洋のトランプのように女王・騎馬・国王だったのに対し、うんすんカルタはそれにウン(福の神)スン(唐人)、ロバイ(龍)のカードが加わる。
 棍棒(今日のトランプのクラブ)の書き方は似ているので、「のまれけり」の巻の方もうんすんカルタだった可能性はある。
 十四句目。

   まつ宵の更行かるた大明神
 泪畳の塵にまじはる       正友

 「塵にまじはる」は「和光同塵」のことで、神様は本地である仏さまの光りを和らげ、塵に同じうする姿でもある。
 とはいえ、神も仏もいなかったのか、博奕に負けて涙が畳の塵に交わる。
 十五句目。

   泪畳の塵にまじはる
 腹切はあしたの露と消にけり   雪柴

 「あしたの露」は朝露のこと。露の命とも言うが、切腹は畳の上に血を流し、畳の露と消える。
 十六句目。

   腹切はあしたの露と消にけり
 軍散じて野辺のうら枯      志計

 「軍(いくさ)散じて」はいくさに散ってということで、負けた大将は切腹し、戦場の野辺のうら枯れの露と消える。
 うら枯れは葉先の方から枯れることで、

 露さむみうら枯れもてく秋の野に
     さびしくもある風のおとかな
              藤原時昌(千載集)
 人目見し野べのけしきはうら枯れて
     露のよすがに宿る月かな
              寂蓮法師(新古今集)

などの歌に露とともに詠まれている。
 十七句目。

   軍散じて野辺のうら枯
 虫の髭人もかくこそ有べけれ   一朝

 『新日本古典文学大系69 初期俳諧集』の注にある通り、謡曲『実盛』の、

 「気霽れては風新柳の髪を梳り、氷消えては、波旧苔の、髭を洗ひて見れば、墨は流れ落ちてもとの、白髪となりにけり。げに名を惜しむ弓取は、誰もかくこそあるべけれや。」(野上豊一郎. 解註謡曲全集 全六巻合冊(補訂版) (Kindle の位置No.18174-18179). Yamatouta e books. Kindle 版. )

の場面で、老人であるはずの実盛だが、打ち取った首の髪は黒く、池で首を洗えばその染めた色が落ちて白髪の姿になるという場面だ。
 軍に破れ、野辺のうら枯れのなかで、老いた武者の髭の色も落ちるように、鳴く虫の髭もやがて力尽きる。
 野に朽ちて行った実盛を虫に喩えるというのは、後の、

 無残やな兜の下のきりぎりす   芭蕉

の句を先取りしている。
 十八句目。

   虫の髭人もかくこそ有べけれ
 目がねにうつる夕月の影     一鉄

 まずこのメガネだが、ウィキペディアによればザビエルが日本に伝えたもので、周防国の守護大名・大内義隆に献上したという。また、徳川家康が使用したという眼鏡も久能山東照宮にあるという。
 このの時代に眼鏡がなかったわけではないが、眼鏡の値段は曲亭馬琴の時代でも一両一分だったという。
 遠眼鏡も西洋から入ってきたもので、元禄九年の桃隣が金華山を旅した時の句に、

 水晶や凉しき海を遠目鑑     桃隣

の句がある。金華山の大きな水晶は今ではほとんど輝きもないが、かつては透き通った姿でこれでレンズを作って遠眼鏡にという発想が湧いたのかもしれない。
 延宝六年冬の「青葉より」の巻七句目、

   天下一竹田稲色になる
 淀鳥羽も鏡のかげに見えたりや  似春

の句の「鏡」は天下一の銘をもつ柄鏡の意味だが、その句が八句目で、

   淀鳥羽も鏡のかげに見えたりや
 やよ時鳥天帝(ダイウス)のさた 春澄

隣る時には南蛮の遠眼鏡の意味に取り成されている。
 この場合は虫を見るのだったら虫眼鏡ということになる。虫眼鏡も江戸時代初めに三浦按針が徳川家康に献上したという。
 コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「虫眼鏡」の解説」にも、

 「① 小さな物体を拡大して見るための焦点距離の短い凸レンズ。像は正立の虚像。拡大鏡。
  ※俳諧・境海草(1660)夏「みて蚤や人にかたらん虫目金〈長成〉」

とあり、この時代に知られていたのは間違いない。
 前句を虫眼鏡で虫の髭を観察して、人もかくこそ有べけれ、とし、この句は「眼鏡にうつる」で切って、「夕月の影」を添えたという所で良いのではないかと思う。
 十九句目。

   目がねにうつる夕月の影
 唐船は遠の嶋山乗すてて     在色

 ここで遠眼鏡に取り成される。
 唐船は遠くの島で乗り捨てたのか見えなくなり、夕月の影だけが見える。
 二十句目。

   唐船は遠の嶋山乗すてて
 何万斤のいとによる波      卜尺

 斤(きん)は主さの単位だが、中国と日本では異なる。江戸時代に一般に用いられていた斤は百六十匁(もんめ)で約六百グラムだという。十斤が約六キロだから一万斤は約六トンになる。
 近代でこそ日本は生糸の輸出国になったが、江戸時代は中国から輸入していた。当時の中国船は何十トンもの絹糸を積んでいたのか。
 難破して島に打ち捨てられていたのだろう。貴重な絹糸も波を被って使い物にならなくなる。
 この場合糸の撚ると波の寄るを掛けているが、和歌では撚ると夜を掛けて用いられることが多い。

 白河の滝のいとなみ乱れつつ
     よるをぞ人は待つといふなる
              藤原忠平(後撰集)
 あふまでの人の心のかた糸に
     なみだをかけてよるぞ悲しき
              平重時(続後撰集)

などの歌がある。
 二十一句目。

   何万斤のいとによる波
 見あぐればああ千片たり花の滝  志計

 前句を滝の糸波として、千片の花びらの落ちる花の滝の糸波とする。
 落花を滝に喩える例として、

 吉野山雲の岩根に散る花は
     風より落つる滝の白糸
              慈円(夫木抄)

の歌がある。
 二十二句目。

   見あぐればああ千片たり花の滝
 孤雲の外に鳥はさえづる     松意

 孤雲はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「孤雲」の解説」に、

 「[1] 〘名〙 一つだけはなれて、ぽっかりと浮かぶ雲。ひとひらの雲。はなれ雲。片雲(へんうん)。
  ※文華秀麗集(818)上・敬和左神策大将軍春日閑院餞美州藤大守甲州藤判官之作〈巨勢識人〉「郷心遠樹孤雲跡。客路辺山片月寒」 〔陶潜‐詠貧士詩・其一〕」

とある。
 『新日本古典文学大系69 初期俳諧集』の注は、謡曲『羽衣』の、

 「簫笛琴箜篌孤雲の外に充ち満ちて、落日の紅は蘇命路の山をうつして、緑は波に浮島が、払ふ嵐に花降りて、げに雪を廻らす白雲の袖ぞ妙なる。」(野上豊一郎. 解註謡曲全集 全六巻合冊(補訂版) (Kindle の位置No.30855-30863). Yamatouta e books. Kindle 版. )

を引いている。
 ここでは天人の楽の音ではなく、鳥の囀りを添える。

2022年5月16日月曜日

 まあ、出る杭は打たれるというのは世の常だからね。目立たないに越したことはない。日本文明の復興も水面下からじわじわとというのが理想的だ。
 左翼連中の攻撃をかわすには、象徴にならないということが大事だ。一つ象徴を作り上げると、そこを集中的に攻めてくる。だから、偽の象徴を作って叩かせるのが一番いい。「ネトウヨ」という言葉もその意味では役に立っている。
 反日的なメッセージというのは、基本的に日本以外の国ならどこでも受けがいい。だから奴らはそれを積極的に利用して、如何に日本を貶めるかに日々切磋琢磨している。ただ、奴らが叩いてるのは藁人形だ。偽物の日本だ。
 他の国でもこのことは言えると思う。アメリカが失敗したのはトランプさんという象徴を作ってしまったからだ。だが、それは藁人形だから、それを逆手に取って、トランプさんにヘイトを集めさせるというのも一つの手だ。日本でも安倍さんがヘイトを一気に引き受けてくれてるから、かえって保守派の人はやりやすくなっている。
 友橋かめつさんの『その門番、最強につき~追放された防御力9999の戦士』ではないが、敵のヘイトを一人に集中させれば、敵の防御はがら空きだ。
 逆に言えば、ウクライナを助けるのであれば、プーちん一人にヘイトを集中させるやり方は賢いとは言えない。ロシア人のある程度はこの戦争を支持しているし、独裁国家は他にもあるし、今は沈黙してても独裁を支持する連中はどこの国にでもいる。油断のないように。
 今日は旧暦四月十六日で満月だが、朝から雨だった。
 ラジオでは今日が芭蕉が『奥の細道』に旅立った日だと言っている。
 そういうわけで「こよみのページ」で調べてみると、元禄二年三月二十七日は新暦五月十六日になっている。この年は一月潤があったので、三月がやけに遅い。

 さて、夏の俳諧の方は、もう一つの「郭公」の巻、「郭公(来)」の巻を読んでみようと思う。
 松意編延宝三年刊の『談林十百韻(とっぴゃくいん)』は春に第一、第二、第三百韻を読んだので、その続きということで、第四百韻を読んでいこうと思う。
 『新日本古典文学大系69 初期俳諧集』(森川昭、加藤定彦、乾裕幸校注、一九九一、岩波書店)を参考に。
 発句は、

 郭公来べき宵也頭痛持      在色

 郭公は和歌では明け方に詠むことが多く、宵というと、

 宵の間はまどろみなましほととぎす
     明けて来鳴くとかねて知りせば
              橘資成(後拾遺集)
 ほととぎす来鳴かぬ宵のしるからば
     寝る夜もひとよあらましものを
              能因法師(後拾遺集)

など、宵には鳴かないということが詠まれている。
 ただ、『千載集』の頃になると、

 心をぞつくしはてつる郭公
     ほのめく宵の村雨の空
              藤原長方(千載集)
 声はして雲路にむせぶ時鳥
     涙やそそぐ宵の村雨
              式子内親王(新古今集)

など、宵の村雨のホトトギスを詠む歌が登場する。
 頭痛はロート製薬のサイトによると、

 「気象病の症状の中でも最も多いのが頭痛です。どのように傷みが起こるかをお話しましょう。
 漢方医学では、気象病の多くは【水毒(すいどく)】だと考えられています。水毒とは、汗やリンパ液など、体液の循環が悪くなった状態のこと。
 頭痛は、血液に水分が溜まって血管が拡張し、神経を圧迫することで起こります。湿度が高く汗をかきにくくなる梅雨は、特に頭痛が起こりやすくなります。
 気象の影響で起こる頭痛としては、まず片頭痛が挙げられます。ズキズキと脈打つように痛むのが特徴で、“片”頭痛という名前の通り、多くの場合が頭の片側だけに起こります(両側に起こることもあります)。
 中には、緊張型頭痛が現れる人もいます。頭がぎゅーっと締めつけられるような痛みが特徴。ただ、この頭痛は血管が拡張して起こるものではなく、後頭部や首の後ろ側の筋肉が収縮することが原因。同じ頭痛でも、気圧の変化によって血管に影響を受ける人、筋肉に影響を受ける人がいるということ。それぞれの自律神経の“バランスの乱れ方”が違うのです。」

ということで、五月雨の頃は頭痛の季節で、雨が降る前に頭痛がする人もいるという。
 そういう人からすると、頭痛がすればホトトギスの季節だ、ということになる。
 脇。

   郭公来べき宵也頭痛持
 高まくらにて夏山の月      松意

 緊張型頭痛の場合は、枕が合ってないことも原因の一つになる。前句の頭痛の原因を高枕のせいとして、夏山で高枕をして宵に眠りにつき、頭痛ながらに明け方のホトトギスの声を聞く。
 郭公に夏山の月は、

 時鳥鳴きているさの山の端は
     月ゆゑよりも恨めしきかな
              藤原頼実(新古今集)
 有明の月は待たぬに出でぬれど
     なほ山深き時鳥かな
              平親宗(新古今集)

などの歌がある。
 第三。

   高まくらにて夏山の月
 凉風や一句のよせい吟ずらん   正友

 高枕で夏山の月に涼んで、その涼しい風の余情を吟じているのだろうか。吟じると言っても高枕だから、鼾のことではないか。
 夏の月に涼風は、
 
 夏の夜の有明の月を見るほどに
     秋をもまたで風ぞすずしき
              藤原師通(後拾遺集)

の歌がある。
 四句目。

   凉風や一句のよせい吟ずらん
 旅乗物のゆくすゑの空      松臼

 旅乗物はこの時代なら馬か駕籠であろう。涼しいのは馬の方か。
 朝早く馬で旅立ち、明け方の涼しい風を受けながら、一句の余情を吟ずる。旅体に転じる。

 月影のいりぬるあとにおもふかな
     まよはむやみのゆくすゑの空
              慈円(千載集)

を余情とするか。
 五句目。

   旅乗物のゆくすゑの空
 うき雲や烟をかづくたばこ盆   志計

 浮雲の煙は、

 恋わびてながむる空の浮雲や
     わが下もえの煙なるらん
              周防内侍(金葉集)

の歌がある。ここでは旅の空の浮雲が実は煙草の烟だったという落ちになる。
 旅の雲といえば杜甫の「野老」という詩に、「長路關心悲劍閣 片雲何意傍琴台」とあり、後に芭蕉が『奥の細道』の冒頭で「予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて」という一節に用いている。
 六句目。

   うき雲や烟をかづくたばこ盆
 時雨をまぜて亭に手たたく    雪柴

 亭を「ちん」と読む場合はお茶室であろう。煙草盆は茶道のお茶室に入る前の待合に用いられる。
 手を叩くのは時雨で煙草の火が消えて、「煙草盆、はよ」ってことか。
 浮雲の時雨は、

 折こそあれながめにかかる浮雲の
     袖もひとつにうちしぐれつつ
              二條院讃岐(新古今集)

の歌がある。
 七句目。

   時雨をまぜて亭に手たたく
 欄干もあらしにうごく大笑    一鉄

 前句の「手をたたく」を誰か何か面白いことを言って、思わず手を叩くこととする。お茶会の前の談笑ではそんなこともあるか。
 時雨の嵐は、

 しぐれつつかつ散る山のもみぢ葉を
     いかに吹く夜の嵐なるらん
              藤原顕季(金葉集)

の歌がある。
 八句目。

   欄干もあらしにうごく大笑
 酒酔をくるあとのしら波     一朝

 酒を酌み交わした後、船で旅立つ人を橋の欄干から見送る。
 酒が入っているから、何がおかしいか大笑いして、言ってしまったあとは「知らない」に「白波」を掛ける。見知らぬ人同士で酒を飲んで盛り上がるのはよくあることだ。
 嵐に白波は、

 見わたせば汐風荒らし姫島や
     小松がうれにかかる白波
              宗尊親王(続古今集)

の歌がある。

2022年5月15日日曜日

 今日は生田緑地ばら苑に行った。薔薇も良く咲いていて、人も多かった。去年一昨年とコロナに重なっていたが、今年はコロナ明けで人も一気に増えた感じだった。
 Kindle Direct Publishingから出した本のタイトルは「超訳『源氏物語』─とある女房のうわさ話─」なのでよろしく。『源氏物語』の大きな特徴でもある女房語りの一人称というところを強調してみた。三人称の小説として訳してない所が味噌。
 こやん源氏の桐壺・帚木・空蝉・夕顔と若干手直ししたものなのでよろしく。表紙は急ごしらえで御簾をイメージしてみた。物語は御簾の向こうにある。

 では「ほととぎす(待)」の巻の続き。挙句まで。

 二十九句目。

   太皷たたきに階子のぼるか
 ころころと寐たる木賃の草枕   荷兮

 木賃はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「木賃」の解説」に、

 「〘名〙 (薪(たきぎ)の代金の意から)
  ① 木賃宿で、泊まり客が自分で持ってきた米などの食糧を煮炊きするために支払う薪の代金。すなわち、木賃宿の宿泊代金。木銭(きせん)。
  ※俳諧・望一千句(1649)三「かやもつらざるかりふしの宿 木ちんさへもたねば月をあかしにて」
  ② 「きちんどまり(木賃泊)」「きちんやど(木賃宿)」の略。
  ※俳諧・曠野(1689)員外「太鼓たたきに階子のぼるか〈野水〉 ころころと寐たる木賃の草枕〈荷兮〉」

とある。木賃宿で太皷を叩くことに何か意味があったのか、よくわからない。
 いつまでも寝てると、太皷を叩いて誰かが起こしに来るのか。
 三十句目。

   ころころと寐たる木賃の草枕
 気だてのよきと聟にほしがる   野水

 木賃宿に長居しているうちに、宿の仕事のことなんかもいつの間にか覚えてしまったか、なかなかできると宿の主人が娘の婿養子にしたがる。
 三十一句目。

   気だてのよきと聟にほしがる
 忍ぶともしらぬ顔にて一二年   野水

 娘の所に忍んで通ってくる男がいたが、気付かないふりをしていてその男を値踏みしていた。二年ずっと通い続けている辺り、なかなか真面目で悪くない。
 三十二句目。

   忍ぶともしらぬ顔にて一二年
 庇をつけて住居かはりぬ     荷兮

 庇は古代の寝殿造りだと、母屋の外側の部屋を意味する。前句の「しらぬ顔」を断り続けてという意味にして、あまりしつこく通って来るので寝る所を庇に移した、とする。
 三十三句目。

   庇をつけて住居かはりぬ
 三方の数むつかしと火にくぶる  荷兮

 これもよくわからない。
 三方はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「三方」の解説」に、

 「① (現在は「さんぽう」とも) 三つの方向。三つの方面。
  ※平家(13C前)一一「能遠(よしとを)が城におしよせて見れば、三方は沼、一方は堀なり」
  ② 角形の折敷(おしき)に、前と左右との三方に「刳形(くりかた)」もしくは「眼象」と呼ばれる透かし穴のあいた台のついたもの。多く檜の白木で作られ、古くは食事をする台に用いたが、後には神仏や貴人へ物を供したり、儀式の時に物をのせるのに用いる。衝重(ついがさね)の一種。三宝。
  ※三内口決(1579頃)「盤。〈四方三方事〉。大臣以上は四方。大納言以下は三方也」
  ※俳諧・犬子集(1633)一「三方につみしをいかに西ざかな」
  ③ 和算で、正三角形のこと。
  ※竪亥録(1639)六「置二歩数一、用二三方之方鈎相因之歩法一、五帰而得二歩数一、於レ是用二〈鈎方〉之尺数一帰除、則得二尺数一、是〈方鈎〉也」
  ④ 近世、大坂の蔵屋敷米を出米する際の仲立人で新地四組・古三組・上組の総称。〔稲の穂(1842‐幕末頃)〕」

とある。
 昔は四方に透かし穴のあいた四方も用いられていたが、ここは三方でなくては駄目だということで、用意し直すのも面倒(むつかし)だからって、透かし穴の一面を剥がして火にくべて、そこに庇をつけて三方にするということか。ただ、これだと「住居かはりぬ」の意味が分からない。
 三十四句目。

   三方の数むつかしと火にくぶる
 供奉の草鞋を谷へはきこみ    野水

 供奉(ぐふ)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「供奉」の解説」に、

 「① (「くぶ」とも) (━する) 物を供給すること。供えること。供え奉ること。
  ※続日本紀‐和銅元年(708)一一月己卯「大甞。遠江但馬二国供二奉其事一」
  ② (━する) 従事する、仕えるの意を、その動作の相手を敬っていう語。お仕え申し上げること。
  ※令義解(718)職員「侍医四人。〈掌レ供二奉診候。医薬一〉」
  ③ (━する) 天皇の行幸などの行列に供として加わること。また、供の人々。
  ※太平記(14C後)一一「此寺に一日逗留有て、供奉(グフ)の行列還幸の儀式を被レ調ける処に」
  ④ (「くぶ」とも) 仏語。宮中の内道場に奉仕する僧。内供奉(ないぐぶ)のこと。日本では十禅師が兼ねた。内供(ないぐ)。供奉僧。
  ※性霊集‐二(835頃)大唐青龍寺故三朝国師碑「若復、印可紹構者、義明供奉其人也」
  ⑤ =ぐぶそう(供奉僧)①」

とある。
 三方の数を数えるのを面倒くさがるような人だから、供奉の草鞋も谷底へと履いて捨てる。草鞋は消耗品ではあるが。
 三十五句目。

   供奉の草鞋を谷へはきこみ
 段々や小塩大原嵯峨の花     野水

 小塩大原は小塩山大原院勝持寺のことか。嵯峨野の南西にあり、花の寺とも呼ばれている。前句をそこへ出入りする供奉僧が草鞋を履き古しているとする。
 挙句。

   段々や小塩大原嵯峨の花
 人おひに行はるの川岸      執筆

 花を追いかけて人々は小塩大原から嵐山の大堰川(桂川)の川岸へと移動する。

2022年5月14日土曜日

 昨日言った「でんでんコンバーター」を使って、Kindle Direct Publishingに挑戦しようと思った。とりあえず「こやん源氏」で作ってみた。
 ただ、手続きの方となると、こういうの苦手だから、口座登録でどうすれば半角カタカナになるのか知らなくて、F8を押せばよかったのね。あとTINがわからなくて、マイナンバーのことだったんだね。
 そんなことでバタバタしているうちにあっという間に時間が過ぎて行った。
 でも、昔『野ざらし紀行─異界への旅─』という本を自費出版して、金も時間もかかって売れたのは百冊なんて頃にくらべると、時代は変わったもんだ。
 何のかんの言って一日で本ができたんだから、これなら何度でもチャレンジできる。前は大赤字だったが、今度は小遣い銭くらい稼げるといいな。

 それでは「ほととぎす(待)」の巻の続き。

 二表、十九句目。

   かけがねかけよ看経の中
 ただ人となりて着物うちはをり  野水

 「ただひと」は多義で、コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「徒人・只人・直人・常人」の解説」に、

 「① 神仏、また、その化身などに対して、ふつうの人間。また、特別の能力や才能を持っている人に対して、あたりまえの人間。つねの人。ただのひと。多く、打消の表現を伴って、すぐれていること、ただの人間でないことなどを評価していう。
  ※書紀(720)神代下(兼方本訓)「顔(かほ)色、甚だ美(よ)く、容貌(かたち)且閑(みやび)たり。殆に常之人(タタヒト)に非(あら)す」
  ※平家(13C前)六「凡はさい後の所労のありさまこそうたてけれ共、まことにはただ人ともおぼえぬ事共おほかりけり」
  ② 天皇・皇族などに対して、臣下の人。
  ※伊勢物語(10C前)三「二条の后のまだ帝にも仕うまつり給はで、ただ人にておはしましける時」
  ③ 身分ある人に対して、身分・地位の低い人。なみの身分の人。摂政・関白に対して、それ以下の人、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじょうびと)などに対して、それ以下の人など、場合により異なる。
  ※西大寺本金光明最勝王経平安初期点(830頃)一〇「土庶(タダヒト)の百千万なるい 亦王に随ひて城を出でぬ」
  ※徒然草(1331頃)一「一の人の御有様はさらなり、ただ人も、舎人など給はるきははゆゆしと見ゆ」
  ④ 僧侶に対して、俗人をいう。
  ※書紀(720)推古三二年四月(岩崎本平安中期訓)「夫れ道(おこなひする)人も尚法を犯す。何を以て俗(タタ)人を誨(をし)へむ」

とある。
 前句の看経からすると、④で還俗したということであろう。財産に執着するようになって、鍵をかける習慣を付ける。
 二十句目。

   ただ人となりて着物うちはをり
 夕せはしき酒ついでやる     荷兮

 還俗したということで、酒を断つ必要もなく、まあ一杯。
 二十一句目。

   夕せはしき酒ついでやる
 駒のやど昨日は信濃けふは甲斐  野水

 馬で旅する人で宿に着いてもいろいろやることはあるが、それでもまあ一杯。
 二十二句目。

   駒のやど昨日は信濃けふは甲斐
 秋のあらしに昔浄瑠璃      荷兮

 古浄瑠璃を語る琵琶法師とする。この時代にはかなり珍しくなっていたか。陸奥にはまだいて、芭蕉が『奥の細道』の旅で遭遇している。
 二十三句目。

   秋のあらしに昔浄瑠璃
 めでたくもよばれにけらし生身魄 野水

 生身魄は「いきみたま」。コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「生御霊・生身魂」の解説」に、

 「〘名〙 両親のそろった者が、盆に親をもてなす作法。また、そのときの食物や贈り物。他出した息子や嫁した娘も集まり、親に食物をすすめる。精進料理でなく、贈り物にも刺鯖(さしさば)を使うことが多い。近代、東京でも、老いた親のある者が、盆中に魚を捕り、調理して親にすすめる風習があった。これは生きたみたまも盆に拝む風習があったためといわれる。生盆(いきぼん)。《季・秋》
  ※建内記‐嘉吉元年(1441)七月一〇日「五辻来、面々張行、聊表二祝著一之儀、毎年之儀也。世俗号二生見玉一」
  ※俳諧・花摘(1690)下「生霊(イキミタマ)酒のさがらぬ祖父かな〈其角〉」
  [語誌](1)「生きている尊親の霊」の意で、死者の霊ばかりでなく、生きている尊者の霊を拝むという気持から始まった。
  (2)「盂蘭盆経」に「願使三現在父母、寿命百年、無レ病無二一切苦悩之患一」とあるのに基づくものか。」

とある。
 お盆の時にまだ健在な両親への孝行として、琵琶法師を呼ぶ。
 二十四句目。

   めでたくもよばれにけらし生身魄
 八日の月のすきといるまで    荷兮

 「すきと」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「すきと」の解説」に、

 「① 少しも残るところがないさま、また、ある状態に完全になるさまを表わす語。すっかり。
  ※史記抄(1477)四「秦使相国呂不韋誅之、此ですきと滅たぞ」
  ※評判記・色道大鏡(1678)一五「帰国の事をすきとわすれつつ、二ケ月ばかり京にとどまりてかよひ」
  ② (下に打消を伴って) その事すべてにわたって否定するさまを表わす語。全然。まるで。すっかり。
  ※箚録(1706)「其れほど又海殊外(ことのほか)遠くして海魚の分すきと無レ之」
  ※談義本・水灌論(1753)三「われらすきと合点まいらず」

とある。今の「すっきり」と「すっかり」に相当する。
 八日の月は上弦の月で、夜中に沈む。お盆には少し早いが七夕の後という微妙な日付だ。十五日の死者を迎えるお盆と区別して、少し早く生身魄を行っていたか。
 二十五句目。

   八日の月のすきといるまで
 山の端に松と樅とのかすかなる  野水

 暗い半月だから、山の端の松と樅もはっきりとは見えない。
 二十六句目。

   山の端に松と樅とのかすかなる
 きつきたばこにくらくらとする  荷兮

 景色がはっきり見えないのを、きつい煙草のせいとする。
 二十七句目。

   きつきたばこにくらくらとする
 暑き日や腹かけばかり引結び   荷兮

 ただでさえ暑さでくらくらしそうな時に、腹掛け一つのほとんど裸でタバコを吸う。
 二十八句目。

   暑き日や腹かけばかり引結び
 太皷たたきに階子のぼるか    野水

 夏祭りの情景か。

2022年5月13日金曜日

 フィンランド人にもスウェーデン人にもウクライナ人と同様、バイキングの血が流れている。まあ、それを言ったらロシア人も同じだけどね。
 メタルに目覚めたのは、フィンランドのLORDIをたまたま配達中にヒルトンホテルで目撃して、その異様な姿に何だこれはと思ってからか。
 その後北欧のメタル文化に興味を持っていくうちに、なぜがずるずるはまっていったのがバイキングメタルで、そこからフォークメタルへという流れだった。
 九十年代にはワールドミュージックの洗礼を受けていたから、フォークメタルはそれのメタル版みたいで面白い。メタルという一つのプラットフォームをいろんな民族がそこに独自の音楽を乗っけていて、フォークメタルはワールドメタルと言ってもいい。
 メタルは白人の音楽みたいなところもあるが、黒人でも白人でもない日本人はその両方から等しく影響を受ける。メタルも好きだが、九十年代の終わりからゼロ年代にかけてはヒップホップも随分と聞いた。その時の影響か、ついつい韻を踏んでみたくなる。
 話は変わるが、ネット上に「でんでんコンバーター」というのがあった。これを使うとEPUB3の電子書籍が作れるようだ。以前PDFで作ったことがあったが、さすがにファイルが重すぎた。

 それでは「ほととぎす(待)」の巻の続き。「ほととぎす」の巻は貞享二年熱田での八吟歌仙にもあったので、(待)を付け加えることにする。

 初裏、七句目。

   一荷になひし露のきくらげ
 初あらしはつせの寮の坊主共   野水

 木耳はお坊さんの好物だったのか、長谷寺の寮に寝泊まりすっる坊主たちも木耳を背負って寺に戻る。
 寮はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「寮」の解説」に、

 「① 役所。官司。特に、令制で、多く省に属し、職(しき)より下位、司(し)より上位に位置する官司。四等官として、頭(かみ)・助(すけ)・允(じょう)・属(さかん)を置く。允に大・少のあるものとないものによって、さらに二種に分けられる。この名称は明治以後の官制にも使用されたが、明治一八年(一八八五)の内閣制度実施以後は、宮内省の部局名としてのみ用いられ、昭和二四年(一九四九)に廃止された。
  ※続日本紀‐大宝元年(701)七月戊戌「太政官処分、造レ宮官准レ職、造二大安薬師二寺一官准レ寮、造二塔丈六一二官准レ司焉」 〔爾雅‐釈詁〕
  ② おもに禅宗で、僧の住む寺内の建物。また、その部屋。修行する堂とは区別された。寮舎。
  ※正法眼蔵随聞記(1235‐38)四「寺の寮々に各々塗籠をし」 〔陸游‐貧居詩〕
  ③ 僧が寄宿して自宗の学業を修学する道場。室町時代末から江戸時代にかけて、多く一宗一派の宗徒を集めて入寮させたもの。談所(だんしょ)。談林。学林。学寮。
  ※俳諧・曠野(1689)員外「ややはつ秋のやみあがりなる〈野水〉 つばくらもおほかた帰る寮の窓〈舟泉〉」
  ④ 部屋。居室。〔日葡辞書(1603‐04)〕
  ⑤ 江戸時代、幕府の学問所、藩の学校、私塾などで、学生が寄宿して学問する所。寄宿寮。居寮(きょりょう)。学問寮。学寮。
  ※肥後物語(1781)「居寮の事〈略〉其内一廉才学成就すれば、直に役儀を申付らるることもあり、〈略〉もし案外に進まぬ人は、一年にても寮を出さる」

とある。この場合は③の意味になる。
 長谷寺のはる初瀬は、

 うかりける人を初瀬の山おろしよ
     はげしかれとは祈らぬものを
              源俊頼(千載集)

の歌が百人一首でも有名なように、嵐に縁がある。
 初瀬の嵐を詠んだ歌には、

 初瀬山嵐の道の遠ければ
     至り至らぬ鐘の音かな
              道助入道親王(新勅撰集)
 初瀬山尾上の雪げ雲晴れて
     嵐にちかき暁の鐘
              藤原景綱(玉葉集)

などの歌がある。
 八句目。

   初あらしはつせの寮の坊主共
 菜畑ふむなとよばりかけたり   荷兮

 この時代の初瀬の辺りは菜の花畑が多かったのだろう。春の嵐に転じる。
 春の初瀬の嵐を詠んだ歌に、

 山とかは桜乱れて流れきぬ
     初瀬の方に嵐ふくらし
              衣笠家良(夫木抄)

の歌がある。
 九句目。

   菜畑ふむなとよばりかけたり
 土肥を夕々にかきよせて     荷兮

 踏むなというのは糞を踏むからだった。
 十句目。

   土肥を夕々にかきよせて
 印判おとす袖ぞ物うき      野水

 印判を肥溜めに落とす。とほほ。
 十一句目。

   印判おとす袖ぞ物うき
 通路のついはりこけて逃かへり  野水

 「ついはり」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「突張」の解説」に、

 「〘名〙 (「つい」は「つき(突)」の変化した語) ものをつっぱるために立てる柱や棒。つっぱり。つっかい。
  ※虎明本狂言・腰祈(室町末‐近世初)「よひとおもふ時分に、うしろからつひはりをめされひ」

とある。突っ張り棒のことで、これに足を引っかけると自分も転ぶし、立てかけてあったものも倒れてくる。慌てて逃げかえると判子を落としている。その判子から犯人がバレてしまう。
 十二句目。

   通路のついはりこけて逃かへり
 六位にありし恋のうはきさ    荷兮

 昇殿は五位以上だが、蔵人なら六位でもぎりぎり昇殿が許される。下っ端ではあるが殿上人で、下っ端の気楽さから恋の浮名を振りまく。
 十三句目。

   六位にありし恋のうはきさ
 代まいりただやすやすと請おひて 荷兮

 身分が低い分フットワークも軽く、代わりにお参りに行ってくれと言われれば、安請け合いする。
 まあ、体よくパシリにされているというか。でもそういう所でこそ出会いがあったりもする。
 十四句目。

   代まいりただやすやすと請おひて
 銭一巻に鰹一節         野水

 代参りの駄賃が銭一巻と鰹節一本。名古屋からだとこれで何とか伊勢までたどり着けるか。
 十五句目。

   銭一巻に鰹一節
 月の朝鶯つけにいそぐらむ    野水

 江戸時代になっても鶯の鳴き声を競わせる鶯合せは盛んで、ここは鶯の買い付けのことか。
 十六句目。

   月の朝鶯つけにいそぐらむ
 花咲けりと心まめなり      荷兮

 前句を鶯告げにとして、鶯が鳴いたらその報告に来て、花が咲いたらその報告にと、豆ではある。
 十七句目。

   花咲けりと心まめなり
 天仙蓼に冷飯あさし春の暮    荷兮

 天仙蓼は「またたび」とルビがある。マタタビはキウイの近縁種で実がなるが、辛いので塩漬けや味噌漬けにしたり、マタタビ酒にしたりするが、酒好きにはその辛さも心地良いのかもしれない。
 食べると「又旅ができる」と言われ、元気になる。暮春の頃から冷飯をマタタビで食べる。
 十八句目。

   天仙蓼に冷飯あさし春の暮
 かけがねかけよ看経の中     野水

 看経(かんきん)はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「看経」の解説」に、

 「〘名〙 (「きん」は唐宋音)
  ① 経文を黙読すること。もと、禅家で行なわれた。
  ※参天台五台山記(1072‐73)二「候二看経一百日一、設二羅漢斎僧一方畢」
  ② 声を出して経文を読むこと。読経。誦経。
  ※栂尾明恵上人伝記(1232‐50頃)上「僧俗群集して、或は看経し或は礼拝す」

とある。
 「かけがね」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「掛金」の解説」に、

 「① 戸や障子などに付けて置き鎖した時、もう一方の金物の穴に掛けて、締りとする鐶(かん)または鉤(かぎ)。かきがね。
  ※枕(10C終)八「北の障子に、かけがねもなかりけるを」
  ② 顎(あご)の骨の顳顬(こめかみ)につながる部分。
  ※日葡辞書(1603‐04)「Caqegane(カケガネ)〈訳〉顎の継ぎ目。関節」

とある。この場合は両方に掛けて、看経の間につまみ食いしないように口に鍵をかけておけということか。

2022年5月12日木曜日

 アップルミュージックの二〇二〇年に作ったプレイリストを久しぶりに聞いていたら、いきなり「マスクどこにも売ってない」とか、そうだったな。あの年の春頃って、マスクの入手にみんな苦労してたな。
 日本で流通していた不織布マスクの多くは中国で作られていて、それが止まってしまって、あわててシャープなどの日本企業が国産マスクの生産を始めたりしていた。 本来ならマスク着用を義務化しなくてはならない時に起きたマスク不足に、国からのマスク配布は必然的な流れだった。使う使わないは別としても、買い占めを防ぐためには有効な手段だったと思う。
 筆者はそのころ会社から不織布マスクの配布を受けてはいたが、毎日取り換える程の量もなく、アベノマスクを長いこと愛用させてもらった。不織布マスクに比べてガーゼマスクは呼吸が楽なので、肉体労働には向いていた。
 その安部さんのロシア政策は、特に北方領土での二島で妥協するような姿勢は、最初からかなり批判を受けていた。多分エリツィン以降の民主化の流れが定着するという読みで動いていて、プーちんの本質を見誤っていたのは間違いない。ただ、外交は外務省のお膳立てが必要なものだけに、当然外務省にも責任がある。
 コロナの方は五月十日の時点で全国の重症者数が163人、東京は9人。これくらいが常態化していくのかもしれない。ちなみに重症者数のピークは去年の九月三日の2,223人。デルタ株が猛威を振るったときのピークで、オミ株のピークは二月二十五日の1,507人になっている。重症化率が低くなったのがよくわかる。
 あと、「郭公」の巻を鈴呂屋書庫にアップしたのでよろしく。

 それではふたたび夏の俳諧ということで、上五はおなじ「ほととぎす」。阿羅野の荷兮・野水の両吟歌仙を読んでいこうと思う。区別する意味でこっちを「ほととぎす」の巻、とする。

 ほととぎす待ぬ心の折もあり   荷兮

 郭公はその人声を夜通し待って、明け方の一声を聞くことを本意とするが、実際古歌を見ると必ずしもそうではなく、ホトトギスを待つというのは元はホトトギスを待つというよりも、来ぬ人を待って夜が明けてホトトギスを聞くか、物思いで眠れずにいるとホトトギスの声がするだとかいうものも多かった。

 夏山に鳴くほととぎす心あらば
     物思ふ我に声な聞かせそ
              よみ人しらず(古今集)
 足引きの山ほととぎす我がごとや
     君に恋ひつつ寝ねかてにする
              よみ人しらず(古今集)

などの歌は別にホトトギスを待っているわけでもない。
 ただ、古今集の時代にも、ホトトギスを待つ歌はあった。

   さぶらひにて、男どもの酒たうべけるに、召して、
   「ほととぎすまつ歌よめ」とありければよめる
 ほととぎす声もきこえず山彦は
     ほかに鳴く音をこたへやはせぬ
              凡河内躬恒(古今集)

は待つ郭公が題詠になっていたことがわかる。
 ホトトギスを朝まで待つというのは、どこか「罪なくして配所の月を見る」に似ている気がする。眠れぬような悩み無くして夜明けのホトトギスを聞くといったところか。

 待たぬ夜も待つ夜も聞きつほととぎす
     花橘の匂ふあたりは
              大弐三位(後拾遺集)

の歌もある。
 待って聞くホトトギスも一興だが、待たずして聞くホトトギスも、深い心があってのことなのだろう。
 まあ、風流というのは基本そういうものなのかもしれない。平和で豊かで何不自由ない生活をしていても、苦しい思いをしている人の気持ちを理解するというのは、人間として心を豊かにしてくれる。それを可能にするのが文学の力だ。
 「罪なくして配所の月を見る」というのは、罪がなくても罪人の気持ちを理解するということだ。 
 脇。

   ほととぎす待ぬ心の折もあり
 雨のわか葉にたてる戸の口    野水

 ホトトギスというとあやめ草や花橘や卯の花を読むことは和歌にもあるが、若葉を付けるのは近世的な発想なのだろう。とはいえ、室町時代には、

 時鳥鳴くや涙のはつ染に
     木木の若葉や色に出つらん
              正徹(草根集)

の例がある。『阿羅野』というと、

 目には青葉山ほととぎす初鰹   素堂

の句は有名だ。
 この場合は戸口を閉ざして、前句の「待ぬ」の心を、誰を待つでもなくホトトギスを待つでもなく、一人引き籠るということで、夏安居の心としたか。
 夏は虫が多く、歩くだけで殺生をすることになるので、外出を控える。夏籠りとも夏行ともいう。
 第三。

   雨のわか葉にたてる戸の口
 引捨し車は琵琶のかたぎにて   野水

 「かたぎ」は「堅木」か。枇杷の木は堅くて木刀などに用いられる。
 ここでは戸口の枇杷の木の辺りに車を引き捨てて、戸口を閉ざすとする。雨なので仕事はお休みということだろう。
 四句目。

   引捨し車は琵琶のかたぎにて
 あらさがなくも人のからかひ   荷兮

 からかひはコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「からかう」の解説」に、

 「[1] 〘自ハ四〙
  ① 押したり返したりどちらとも決しない状態で争う。葛藤(かっとう)する。〔色葉字類抄(1177‐81)〕
  ※古今著聞集(1254)一六「心のはたらく事しづめがたけれども、猶とかく心にからかひて、其の年も暮れぬ」
  ② 言い争いをする。また、争う。闘う。
  ※九冊本宝物集(1179頃)八「とりくみ引くみて、夜もすがらからかひて」
  ※葉隠(1716頃)一「渡し舟にて、小姓酒狂にて船頭とからかひ」
  ③ 関心をよせる。かかわる。
  ※大恵書抄(14C後‐16C後)「あるないにはからかうまい」
  [2] 〘他ワ五(ハ四)〙 冗談を言ったり困らせたりしながら相手をなぶりものにする。じらして苦しめる。
  ※滑稽本・浮世床(1813‐23)初「小ぢょくは供をしながらふりかへりて熊にからかふ」
  ※多情多恨(1896)〈尾崎紅葉〉後「那様(あんな)事を言って僕を娗(カラカ)ったに違無い」

とある。ここでは口論か軽い小突き合い程度の争いということだろう。
 前句の枇杷の堅木を木刀として、物が木刀だけに真剣ではない喧嘩というところか。
 [2] は今でも用いる「からかう」だが、最近は「いじる」の方をよく用いる。
 五句目。

   あらさがなくも人のからかひ
 月の秋旅のしたさに出る也    荷兮

 まあ、日々の喧騒というか、いじったりいじられたりするのも面倒くさくなると、人は旅に出たくなるものだ。
 六句目。

   月の秋旅のしたさに出る也
 一荷になひし露のきくらげ    野水

 木耳(きくらげ)は中華料理などにも用いられるが、江戸時代の人も好んで食べていた。旅のお供に木耳を背負ってゆく。