鈴呂屋書庫の「奥の細道─道祖神の旅─」をプロローグとエピローグ以外の本文を大幅に書き改めたのと、現代語訳「奥の細道」をアップしたのでよろしく。現代語訳の方はルビの方を読むと原文が読めるようにしてある。
それではX奥の細道の続き。
七月二十六日
今日は旧暦7月に25日で、元禄2年は7月26日。小松。
夜中に降り出した雨は朝には止んだ。昨日は四十四句の世(よ)吉(よし)を満尾(まんび)させるまでやったので、疲れた。夜に今度は觀生の家で興行するので、それまではゆっくり休もう。
朝は止んでた雨は一転して豪雨になり、風も酷かった。いわゆる野分(のわき)というやつだ。おかげで今日はゆっくり休むことができた。
夕方には晴れて、觀生の家での興行は夜からになった。
芭蕉「いやあ、見事な萩だが、今日の雨で露を乗せたままなので、通るとみんなびしょ濡れだ。まあ、昔から萩に露は付き物で、これも一興だ。あとは月があればいうことないが、26日じゃな。」
ぬれて行(ゆく)や人もおかしき雨の萩 芭蕉
曾良「下駄を履いてるからぬかるみは平気だが、萩の葉から落ちる露は気をつけよう。」
心せよ下駄のひびきも萩の露 曾良
北枝「人だけでなく、茂みのカマキリもびしょ濡れだ。」
かまきりや引こぼしたる萩の露 北枝
觀生「では芭蕉さんの発句で興行を始めましょう。萩といえばススキということで、ススキが生えてるだけじゃなく、屋根もススキで葺いて雨露をしのぐ。」
ぬれて行や人もおかしき雨の萩
すすき隠(がくれ)に薄葺(すすきふく)家 觀生
曾良「ススキというと河原ですな。月の夜は猟師も猟を休んで、船遊びと洒落込む。」
すすき隠に薄葺家
月見とて猟(れふ)にも出(いで)ず船あげて 曾良
北枝「船あげては船を陸にあげてにも取りなせる。船が沈んでびしょ濡れになって、船をやっとのこと引き上げると、帷子(かたびら)を干す。」
月見とて猟にも出ず船あげて
干ぬかたびらを待(まち)かぬるなり 北枝
皷蟾「松風の寂しげな音に夢を破られて目を醒ますと、帷子もまだ乾いていない。まあ、人生というのはそんないっときの邯鄲(かんたん)の夢ですな。」
干ぬかたびらを待かぬるなり
松の風昼寝の夢のかいさめぬ 皷蟾
志格「松並木ということにして街道の風景にしようか。物流を支える馬子たちが集まって昼寝してるというのもよく見る。」
松の風昼寝の夢のかいさめぬ
轡(くつわ)ならべて馬のひと連(つれ) 志格
斧卜「馬が並んでるというと温泉かな。人が大勢来るし、療養で何日も滞在する。」
轡ならべて馬のひと連
日を経たる湯本の峯も幽(かすか)なる 斧卜
塵生「温泉で酒飲んだやつはみんな出来あがっちゃって、飲めないやつが酒樽を運ばされる。」
日を経たる湯本の峯も幽なる
下戸(げこ)にもたせておもき酒樽(さかだる) 塵生
李邑「いくさで敵が酒盛りやってるところを襲撃するって話、よくあるよね。やられた方は飲んでない奴に酒樽持たせて逃げて、そのまま落人(おちうど)になる。」
下戸にもたせておもき酒樽
むらさめの古き錣(しころ)もちぎれたり 李邑
視三「落武者は道の辻堂で一夜を明かしたりする。ここでは地蔵堂にしておこう。」
むらさめの古き錣もちぎれたり
道の地蔵に枕からばや 視三
夕市「地蔵堂で野宿しようとすれば日が暮れて、入相(いりあい)の鐘にカラスの声が混じる。」
道の地蔵に枕からばや
入相の鴉の声も啼(なき)まじり 夕市
芭蕉「懐風(かいふう)藻(そう)に金烏望西舎、鼓声催短命ってあったな。大津の皇子(みこ)の処刑の詩だったか。罪人は船で運ばれて来て、辞世の歌を促される。」
入相の鴉の声も啼まじり
歌をすすむる牢(らう)輿(ごし)の船 芭蕉
七月二十七日
今日は旧暦7月26日で、元禄2年は7月27日。小松。
今朝は晴れた。また暑くなるのかな。
ここのお諏訪(すわ)様が祭りだというから参拝して、それから山中温泉の方に行く。曾良の療養にもなるというので勧められた。
最悪の場合は曾良を先に返すことになるが、その時は曾良にも自分にも同行者が欲しい。
小松を出る時に、斧卜と志格がまた引き留めようとやって来たが、長居はできない。
多田八幡に寄って発句を奉納した。
あなむざんやな甲(かぶと)の下のきりぎりす 芭蕉
北枝も一緒に山中温泉に来てくれる。
まだ明るいうちに山中温泉に着いた。泉屋久米之助の宿に泊まる。主人の久米之助はまだ少年、それもとびきりの美少年でこれからの滞在が楽しみ、っとそれはともかく、久米之助の父は貞徳の門人で、俳諧の方も期待できそうだ。
山中温泉の湯に早速入った。白くて硫黄の匂いがして、不老長寿の薬効があるという。重陽(ちょうよう)の菊(きく)酒(ざけ)も用はないか。
加賀には加賀(かが)菊(きく)酒(ざけ)というのがあって、これは通常の菊の花の入った酒ではなく、諸白(もろはく)のような清酒だった。
精米歩合がやや低くて、江戸の酒ほど黒くないけど、ほんのり黄色い色がついて、それを重陽の菊酒になぞらえて、菊酒の名前があるという。
もちろん温泉に加えて菊酒もあれば言うことはない。
山中や菊はたおらぬ湯の匂(にほひ) 芭蕉
七月二十八日
今日は旧暦7月27日で、元禄2年は7月28日。山中温泉。
昨日も夕立があったが、今朝は晴れた。ここなら金沢の人たちも来ないし、ゆっくり休養しよう。
曾良も温泉に入れて取り敢えずは満足してるようだ。昨日の諏訪祭りは曾良が見に行きたがったし、神社のこととなると病気を忘れるようだ。
曾良は金沢にいる時にあちこちに手紙を書いてたから、そのうち迎えの者が来るのかもしれない。多分返事は小春(しょうしゅん)の方に届くのだろう。そこから使いが来るのか、それまではここで休養だ。
夕方曾良と一緒に街の辺りを散歩した。薬師堂があって、曾良は興味深そうにしてた。
夜になって雨が降り出した。
七月二十九日
今日は旧暦7月28日で、元禄2年は7月29日。山中温泉。
今日は一日ゆっくり休んで、夜になってから久米之助の道明が淵のカジカ漁を見に行かないかと誘われ、他の宿の人も一緒に見に行った。
町からちょっと川上に行った所で、そんなに遠くはなかった。
曾良はそれほど興味なさそうで、宿に残った。
道明が淵はというと、月のない夜で真っ暗な上、篝(かがり)火(び)の煙がひどくてよく見えなかった。これじゃカジカもさぞ煙たかろう。
漁り火に鰍(かじか)や浪の下むせび 芭蕉
七月三十日
今日は旧暦7月29日で、元禄2年は7月30日。山中温泉。
今日も晴れた。7月も今日で終わり。
昨日は真っ暗でよく見えなかった道明(どうみょう)が淵を、あらためて昼間見に行った。今日は曾良も同行で、そうそう北枝がいたのも忘れてはいけない。
北枝には暇な時に少しづつ俳諧の指導をしている。
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