2024年12月25日水曜日

  信仰の自由というのは、お互いに他の宗教を信じるものを尊重し合う所に成り立つもので、他の宗教を一切認めないばかりか暴力的な行動すらとるような宗教に「信仰の自由」を認めることはできない。
 ムスリムもその大半を占める世俗主義者に関しては信仰の自由は認められるべきだが、イスラム原理主義に信仰の自由を認めるわけにはいかない。これはキリスト原理主義でも同じだ。排他的な原理主義はそれ自体信仰の自由と矛盾する。

 それで、今年一年を振り返るということで昨日の続き。
 4月2日の午前中は蓑毛の淡墨桜を見に行った。

 雨雲の淡墨散らす桜かな

 午後から寄(やどりき)の方を散歩して萱沼の枝垂桜を見た。
 6日の午前中は寄(やどりき)の土佐原の枝垂桜を見たがまだ早かった。午後は秦野白泉寺の枝垂桜を見た。

 桜枝垂れて墓は沈黙するのみぞ
 
 7日は震生湖と弘法山の桜を見て、8日も弘法山に行った。9日、土佐原の枝垂桜は今度こそ満開だった。
 14日は千村の八重桜を見てから頭高山に登った。17日は南足柄の金剛寺の牡丹を見に行った。25日には小田原城の御感の藤を見に行った。そのあとまた金剛寺の牡丹を見に行った。

 牡丹の雨に儚き重さかな

 29日は茅ケ崎大岡越前祭俳句大会に行った。

 葛若葉その勢いの火の如く
 しがらみも古郷の香よ春の風

 5月10日は小田原フラワーガーデンの薔薇を見に行った。

 憂鬱の文字忘れけり薔薇の園

 11日は秦野カルチャーパークの薔薇を見に行った。
 20日は鎌倉吟行俳句大会に行った。

 若葉雨光は古き代の仏
 平家池四を世にかえて蓮若葉

 24日、山梨の芦川のすずらんを見に行った。
 25日は厚木市新緑俳句大会に行った。

 ソーラーの黒も埋めて若葉哉
 画眉鳥の声の隙間や時鳥

 29日は小田原城の花菖蒲を見に行き、そのあとまた小田原フラワーガーデンへ行った。薔薇だけでなく、睡蓮も咲いていて、ここでも花菖蒲が咲いていた。
 6月4日は二宮の花菖蒲を見に行き、12日は下田の紫陽花を見に行った。

 紫陽花は青ければ地球のようだ
 紫陽花の最後は土の色になる

 14日は開成の紫陽花を見に行った。
 この頃は千村の蛍を何度も見に行った。

 目には蛍山ほととぎす真竹の子
 網膜にゆっくり回る蛍哉
 蛍舞う後ろの森は鳥の声

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