昨日は伊豆の下田爪木崎の水仙を見に行った。これが三回目だが、これまでの二回は土肥桜を見た後、夕方近くになって時間もあまりなかったが、今回は真っすぐ御殿場から函南を経て天城越えのルートで下田へ行ったので、昼頃には着いた。
今年は水仙が咲くのが早い。既に見頃になっていた。水仙に混じってツワブキも咲いてたし、灯台の方の道には椿も咲いていた。
柱状節理のある海岸の方にも降りてゆき、爪木崎花園もゆっくりと回ったし、ブルー爪木の磯うどんも食べた。
世界の方もいろいろ動いていて、ベネズエラの喜ぶ人たちの画像がネットを埋め尽くしたと思ったら、今度はイランの画像が流れてきて、中国もいろいろ断片的な情報が入ってくると、激動の時代に入ったかのようだ。令和の時代はコロナに始まり、そのあとウクライナやガザが火を噴いて、その頃からもう激動の時代は始まっていたが。
昭和はよく「激動の昭和」という枕詞を付けて語られたが、昭和程ではないせよやはり激動の令和なのかもしれない。平成はそれに比べると戦後体制の安定期だった。
今の世界というのは一口に戦後体制とは言うけど、イラン革命の時にイランとアメリカが対立した時、日本が石油欲しさにイランを助け、中国で天安門事件が起きた時にも西洋が制裁に動いてた時に日本が助けてその後の開放政策の恩恵を受けた。
言ってみれば、イランと中国は今まで日本政府が守ってきたようなもので、それが高市政権になって急に梯子を外されたように孤立してしまった。
二つの独裁国家を日本が育ててきたということはやはり恥ずべきことだろう。第二の冷戦の時代に中道を装って平和を取り持つ振りをしながら、結局この二つの独裁国家を甘やかしのさばらせてきた罪を日本は背負わなくてはならないし、これからの日本の西側復帰を以て償わなくてはならない。
日本国内でも「中道」は公明党・創価学会の提唱するもので、そのさほど大きくない勢力が日本を動かしてたように、日本もまた世界なかでアメリカに寄生しながら公明党の様に振る舞っていたようなものだった。
中国とロシアは第一の冷戦の時の切っても切れない縁があるし、イランもまたイスラム原理主義の総本山のようなものだ。この二つが崩壊するなら世界は大きく変わるに違いない。日本が育ててきて世界を混乱させたのだから、日本がこの二つを終わらせなくてはならない。そんな大事な一年になりそうだ。