香港も大変だがアメリカも大変なことになっているな。
西洋かぶれの人間からすればアメリカは最も人権の進んだ社会で、人種や性やマイノリティーのあらゆる差別が糾弾され、最も法整備の進んだ社会なのだと言う。当然ながらそういう人たちからすれば日本は世界で最も遅れた国だということになる。
アメリカは自由だからデモも起これば暴動も起こる。日本には自由がないからデモも暴動も起せない。果たしてそれは本当なのだろうか。
なんかこの議論はコロナ対策の議論にも似ている。西洋のコロナ対策は進んでいて、それに較べれば日本は検査もろくに出来ないし、科学的エビデンスもなしに自粛を要請して、同調圧力によって人権は奪われ、差別が蔓延し、世界で最も悲惨な状態にある。欧米ならとっくに革命が起きているレベルだと言う。
こういう考え方は、結局香港やアメリカの問題よりもまず安倍政権を倒すことが先決だという結論に至る。
彼等の主張は欧米社会でも受け入れられやすく、彼等の主張をそのまま信じて日本を蔑んでいる欧米人も多いことだろう。
でも現実はまったくその反対ではないか。
彼等が崇拝している西洋の人権思想というやつが、実は西洋社会の深刻な差別を根本から解決できずに放置し、コロナに対しても大きな弱点を作ってしまったのではなかったか。
西洋の人権思想には大きくいって二つの問題がある。
一つは精神による肉体の支配という霊肉二元論の発想。これに関してはマルクス・ガブリエルも免れてない。これが精神のある者はすべての肉体を隷属させてもかまわないという思想に繋がっている。
古い時代にはどこの国にも少なからず奴隷制は存在した。日本の中世にも「下人」という人たちがいて、人身売買がされていた。だが、西洋が作り出した近代の奴隷制はそれとはまったく別物で、はるかに過酷なものだった。
この霊肉二元論は精神の単一性と肉体の多様性を対比させるもので、いかにマイノリティーの人権を声高に叫んでも、それは肉体の多様性の開放にしかならない。精神や文化の多様性がそこからこぼれ落ちてしまうため、権利は認められても実質的な差別は何一つ変わらず継続されている。単一の価値観に服従しないものは結局権利が与えられてないのと同じだ。
もう一つは力の均衡という考え方だ。これは「万人の万人に対する闘争状態」に平和をもたらすのが力の均衡しかないという考え方だ。これによって、マイノリティーは永遠に解放のために戦い続けなくてはならない。
日本は多神教の風土によって、精神の多様性が認められ、異なる価値観の相手でもお互いに察して気遣いながら生活するすべを知っている。
異なる価値観を持ちながらそれが緩やかに世間という一つのまとまりを形成しているため、暴力的に世間の秩序を破壊するよりも、心情に訴えかけて共感を得て、同じ人間だということを認めさせるほうが効果的になる。
アメリカは見かけの上だけで平等な権利を与えたが、実質的には黒人は白人の文化を受け入れないがためにその「精神」を剥奪され、白人に隷属している。
その多くはサービス業や肉体労働に従事し、テレワークの対象外にある。相対的に貧しく、コロナが蔓延しても医療費も検査費も払えない。マスクをすれば犯罪者かと疑われ射殺されかねない。頼れるのは家族や仲間だけだから、それで感染を広めてしまう。
高度な医療技術を持っていても、それをすべての国民に分け与えることが出来なければ何の意味もない。それが日本とアメリカの差になったのではないかと思う。
明日は雪で何を作ろう
白菜と葱はあるけど肉はなく
それでは「応仁二年冬心敬等何人百韻」の続き。
二裏。
三十七句目。
うちぬる宿の夜なよなの秋
山ふかし稲もるひたの音はして 長敏
「ひた(引き板)」は鳴子のことで、コトバンクの「世界大百科事典 第2版の解説」に、
「大きな音を立てて鳥獣を驚かしこれを追い払う道具。おもに農作の害となる鳥獣を防除するために用いられるが,防犯用として用いられることもある。小さな板に竹管などを紐で添え,綱にこれを多数取り付けておく。農家ではおもに子どもや老人がこの綱の一端を引いてこれを鳴らす役目にあたる。金属器を用いた鳴子もある。竹筒などで水を引き入れたり,流水を利用して音を立てる〈ばったり〉〈ししおどし〉も鳴子の一種といえる。案山子(かかし)【大島 暁雄】」
とある。
「デジタル大辞泉の解説」の「引板」のところには、
「わが門のむろのはや早稲かり上げておくてにのこるひたの音かな」〈宇治百首〉
の用例が記されている。
『応安新式』の一座一句物のところにも、「隠家 そとも なるこ ひだ とぼそ 閨 如此類」とある。
前句の「うちぬる」に「ひた」の打つを掛けた掛けてにはのよる付け。
三十八句目。
山ふかし稲もるひたの音はして
つらきはさらにやむ時もなし 銭阿
『源氏物語』手習巻の本説であろう。
匂宮と薫との間で板ばさみになって入水した浮舟は、奇跡的に助けられて比叡山の麓の小野山荘で暮らすが、ここでも近衛中将から恋を持ちかけられる。辛いことはこんな山の中でさえ止むことがない。
三十九句目
つらきはさらにやむ時もなし
雲となる人の形見の袖の雨 心敬
前句の「やむ」に「袖の雨」を付ける掛けてには。
火葬の煙が雲となるのは哀傷歌の一つのパターンで、
なき人の形見の雲やしぐるらむ
夕べの雨に色は見えねど
太上天皇(後鳥羽院、新古今集)
の歌もある。
四十句目。
雲となる人の形見の袖の雨
夢より外に何をたのまん 宗悦
金子金次郎の注にもあるように、巫山の雲雨の本説による付け。
コトバンクの「デジタル大辞泉の解説」に、
「《宋玉の「高唐賦」の、楚の懐王が昼寝の夢の中で巫山の神女と契ったという故事から》男女が夢の中で結ばれること。また、男女が情を交わすこと。巫山の雲。巫山の雨。巫山の夢。朝雲暮雨。」
とある。
ここでは亡くなった人と巫山の雲雨のようにまた夢で逢えることを願う。
四十一句目。
夢より外に何をたのまん
散る花につれなき老を慰めて 宗祇
興の乗ってきたところで、二本目の花となる。
散る花は本来悲しいものだが、老人はそれに慰められるという。
奇をてらった展開だが、花だって散ってしまうのだから、自分がやがて死を迎えることも定めだ、この人生すべてが夢であってくれればいい、という一種の悟りとする。
心敬は二条良基の時代からの千句興行などの速いペースで付けてゆく連歌のゲーム性を重視して、ある意味で通俗的なわかりやすさを良しとするところがある。出典を取るにしても誰もが知っているようなものを用い、むしろ実景を比喩に取り成したり比喩を実景に取り成したり、あまり情をはさまない理詰めの展開の意外さ、面白さが持ち味でもある。
これに対し宗祇は心情を深く掘り下げようとしてゆく。連歌はこれによって一つの芸術的な頂点には達するが、心情が深ければ深いほど次の句が付けにくくなり、ゲームとしての面白さが失われて行くことにもなる。
宗祇は連歌において一つの頂点を築いたが、頂点を極めてしまうと、あとは衰退の道が待っている。それは芭蕉にしても同じだったかもしれない。
四十二句目。
散る花につれなき老を慰めて
春のこころは昔にも似ず 幾弘
多分一座としては付けづらい重くなる場面だったのだろう。
散る花を悲しむのではなく慰めにするという複雑な老境の情を、どう取り成せばいいものやら、展開がしにくい。
幾弘の答えは「若い頃はそんなこと思いもしなかった」というものだった。
2020年5月31日日曜日
2020年5月30日土曜日
今日の夕方は激しく渋滞した。
感染防止のために公共交通機関を避けたままみんな外出すれば、道路は自動車と自転車で溢れかえってしまう。この渋滞はしばらく続きそうだ。
スコップの立ててあるのをちら見して
明日は雪で何を作ろう
それでは「応仁二年冬心敬等何人百韻」の続き。
三十一句目。
ふるき桜のかげぞさびたる
あまたへし春のみつらき草の戸に 長敏
目出度いはずの春を辛いと感じるのは、杜甫の「春望」の「時に感じては花にも涙を濺ぎ、別れを恨んでは鳥にも心を驚かす」の心であろう。
昔からある桜が今年も花を咲かせているのすら辛く思えば、花も色を失ったように感じる。
三十二句目。
あまたへし春のみつらき草の戸に
かすむともなく寒き山風 修茂
前句の辛さを単に山風の寒い土地柄とする。修茂の城のある上州も空っ風が有名だ。
三十三句目。
かすむともなく寒き山風
雪はらふ遠方人の袖消えて 心敬
激しく降る雪が遠方人(おちかたびと:遠くに見える人)の姿をかき消してゆく。それは霞むなんて生易しいものではない。
三十四句目。
雪はらふ遠方人の袖消えて
かれ野にたかきあかつきの鐘 宗祇
前句の「遠方人の袖消えて」を雪のちらつく朝未明に旅立っていった人の姿がはるか彼方に見えなくなったとし、広大な枯れ野原に暁の鐘が鳴り響く。
宗祇もまた都を逃れ武蔵野を旅してきた。
三十五句目。
かれ野にたかきあかつきの鐘
在明の影やさやかに成りぬらむ 覚阿
この頃はまだ月の定座はなかったが、二の表にこれまで月の句がなかったので、ここで月が登場することとなった。
定座の起源はみんなが月や花の句を遠慮して付けないので、最後の長句で詠むことが多くなったからだという。
三十六句目。
在明の影やさやかに成りぬらむ
うちぬる宿の夜なよなの秋 満助
「うちぬる」は「寝る」に接頭語の「うち」が付いたもの。「うち」は元は不意に、という意味を持っていたが、「不意に寝る」というところから、「不本意にもここで寝る」というニュアンスに変わっていったか。
長く旅を続けていると、いつしか秋も深まり、以前見た有明よりも今朝の有明はさやかに見える。
感染防止のために公共交通機関を避けたままみんな外出すれば、道路は自動車と自転車で溢れかえってしまう。この渋滞はしばらく続きそうだ。
スコップの立ててあるのをちら見して
明日は雪で何を作ろう
それでは「応仁二年冬心敬等何人百韻」の続き。
三十一句目。
ふるき桜のかげぞさびたる
あまたへし春のみつらき草の戸に 長敏
目出度いはずの春を辛いと感じるのは、杜甫の「春望」の「時に感じては花にも涙を濺ぎ、別れを恨んでは鳥にも心を驚かす」の心であろう。
昔からある桜が今年も花を咲かせているのすら辛く思えば、花も色を失ったように感じる。
三十二句目。
あまたへし春のみつらき草の戸に
かすむともなく寒き山風 修茂
前句の辛さを単に山風の寒い土地柄とする。修茂の城のある上州も空っ風が有名だ。
三十三句目。
かすむともなく寒き山風
雪はらふ遠方人の袖消えて 心敬
激しく降る雪が遠方人(おちかたびと:遠くに見える人)の姿をかき消してゆく。それは霞むなんて生易しいものではない。
三十四句目。
雪はらふ遠方人の袖消えて
かれ野にたかきあかつきの鐘 宗祇
前句の「遠方人の袖消えて」を雪のちらつく朝未明に旅立っていった人の姿がはるか彼方に見えなくなったとし、広大な枯れ野原に暁の鐘が鳴り響く。
宗祇もまた都を逃れ武蔵野を旅してきた。
三十五句目。
かれ野にたかきあかつきの鐘
在明の影やさやかに成りぬらむ 覚阿
この頃はまだ月の定座はなかったが、二の表にこれまで月の句がなかったので、ここで月が登場することとなった。
定座の起源はみんなが月や花の句を遠慮して付けないので、最後の長句で詠むことが多くなったからだという。
三十六句目。
在明の影やさやかに成りぬらむ
うちぬる宿の夜なよなの秋 満助
「うちぬる」は「寝る」に接頭語の「うち」が付いたもの。「うち」は元は不意に、という意味を持っていたが、「不意に寝る」というところから、「不本意にもここで寝る」というニュアンスに変わっていったか。
長く旅を続けていると、いつしか秋も深まり、以前見た有明よりも今朝の有明はさやかに見える。
2020年5月29日金曜日
東京都と北九州市で感染者が増えている。まだ戦いは終っていない。まあ、残党狩りという感じもしないでもないが、油断するとそこから一気に巻き返されてしまう。
麻雀で喩えるならようやく東場東一局で親の連荘が終った所。これから東二局に入る。
ゾンビ四五人世間話を
スコップの立ててあるのをちら見して
それでは「応仁二年冬心敬等何人百韻」の続き。
二十三句目。
かはるやどりぞとふ人もなき
有増の程こそさそへ山のおく 修茂
「有増の程をさそえばこそ」の倒置。「あらまし」は「こうしたい」ということ。山の奥ですんで見たいという友人の夢を聞かされて、自分も山の奥に籠ってみたが、友人の方は気が変わってしまったか。
二十四句目。
有増の程こそさそへ山のおく
はつほととぎす過るむら雨 長敏
友人の誘いは「初時鳥を聞きたい」というものだった。
金子金次郎は、
いかにせむこぬ夜あまたの郭公
またじと思へば村雨の空
藤原家隆(新古今集)
の歌を引いている。
二十五句目。
はつほととぎす過るむら雨
うらめしくこぬ夜あまたに又成りて 心敬
金子金次郎の引用歌がネタバレになってしまったが、家隆の歌の「こぬ夜あまたの郭公」を分解して歌てにはとして使用し、ホトトギスではなく愛しい人の来ぬ夜あまたから、ホトトギスは鳴いたけどあの人は来ないとする。
二十六句目。
うらめしくこぬ夜あまたに又成りて
枕のしらむ独ねもうし 宗祇
眠れぬ夜を明かして夜も白むと枕も白む。その白むに「知らむ」を掛けている。
二十七句目。
枕のしらむ独ねもうし
心だに思ひまさればうき物を 宗悦
来ぬ人を待つ独り寝から片思いの独り寝に変える。
二十八句目。
心だに思ひまさればうき物を
なみだはしひて猶や落らん 心敬
この場合の「しひて」は止めようもなく、止め処もなく、という意味か。
二十九句目。
なみだはしひて猶や落らん
君が代を誰白河の瀧津浪 宗祇
金子金次郎は、
さきのおほきおほいまうちぎみを、
白川のあたりに送りける夜よめる
血の涙落ちてぞたぎつ白川は
君が世までの名にこそありけれ
素性法師(古今集)
の歌を引いている。本歌は白川が血の涙で赤くなったというものだが、その辺は取らずに、白河の滝のように涙は止め処もなく落ちるとする。
「浪(なみ)」に「なみだ」と繋げるあたりも芸が細かい。上句全体が「なみだ」を導き出すための序詞のように機能している。
「誰白川」も「誰知る、白川」と掛詞になっている。
三十句目。
君が代を誰白河の瀧津浪
ふるき桜のかげぞさびたる 幾弘
金子金次郎は、
なれなれて見しは名残の春ぞとも
など白川の花の下陰
飛鳥井雅経(新古今集)
を引いている。前句の辛い別れから「君が代」の昔を偲ぶ方に展開する。昔を偲べば華やかなはずの桜も悲しげに影がさびて見える。
麻雀で喩えるならようやく東場東一局で親の連荘が終った所。これから東二局に入る。
ゾンビ四五人世間話を
スコップの立ててあるのをちら見して
それでは「応仁二年冬心敬等何人百韻」の続き。
二十三句目。
かはるやどりぞとふ人もなき
有増の程こそさそへ山のおく 修茂
「有増の程をさそえばこそ」の倒置。「あらまし」は「こうしたい」ということ。山の奥ですんで見たいという友人の夢を聞かされて、自分も山の奥に籠ってみたが、友人の方は気が変わってしまったか。
二十四句目。
有増の程こそさそへ山のおく
はつほととぎす過るむら雨 長敏
友人の誘いは「初時鳥を聞きたい」というものだった。
金子金次郎は、
いかにせむこぬ夜あまたの郭公
またじと思へば村雨の空
藤原家隆(新古今集)
の歌を引いている。
二十五句目。
はつほととぎす過るむら雨
うらめしくこぬ夜あまたに又成りて 心敬
金子金次郎の引用歌がネタバレになってしまったが、家隆の歌の「こぬ夜あまたの郭公」を分解して歌てにはとして使用し、ホトトギスではなく愛しい人の来ぬ夜あまたから、ホトトギスは鳴いたけどあの人は来ないとする。
二十六句目。
うらめしくこぬ夜あまたに又成りて
枕のしらむ独ねもうし 宗祇
眠れぬ夜を明かして夜も白むと枕も白む。その白むに「知らむ」を掛けている。
二十七句目。
枕のしらむ独ねもうし
心だに思ひまさればうき物を 宗悦
来ぬ人を待つ独り寝から片思いの独り寝に変える。
二十八句目。
心だに思ひまさればうき物を
なみだはしひて猶や落らん 心敬
この場合の「しひて」は止めようもなく、止め処もなく、という意味か。
二十九句目。
なみだはしひて猶や落らん
君が代を誰白河の瀧津浪 宗祇
金子金次郎は、
さきのおほきおほいまうちぎみを、
白川のあたりに送りける夜よめる
血の涙落ちてぞたぎつ白川は
君が世までの名にこそありけれ
素性法師(古今集)
の歌を引いている。本歌は白川が血の涙で赤くなったというものだが、その辺は取らずに、白河の滝のように涙は止め処もなく落ちるとする。
「浪(なみ)」に「なみだ」と繋げるあたりも芸が細かい。上句全体が「なみだ」を導き出すための序詞のように機能している。
「誰白川」も「誰知る、白川」と掛詞になっている。
三十句目。
君が代を誰白河の瀧津浪
ふるき桜のかげぞさびたる 幾弘
金子金次郎は、
なれなれて見しは名残の春ぞとも
など白川の花の下陰
飛鳥井雅経(新古今集)
を引いている。前句の辛い別れから「君が代」の昔を偲ぶ方に展開する。昔を偲べば華やかなはずの桜も悲しげに影がさびて見える。
2020年5月28日木曜日
今日も暑かった。夕方に少し雨が降った。
制限をゆるめると感染者が増えるのは、当たり前といえば当たり前のことだ。他の国でも起きているようだし。
たとえ一国でコロナウイルスを消滅させたとしても、またどこかの国から入ってくる。全世界でコロナウイルスを撲滅できればそれが理想だが、それが出来ないとなると、できる限り緩やかに時間をかけて感染を広め、死者を最低限に食い止めながら集団免疫をめざすということになる。
どちらの選択をするにしてもすべきことは同じだ。とにかく爆発的に感染者が増加して医療崩壊する事だけは防がなくてはならない。
このどさくさに香港の一国二制度はほぼ消滅した。あとは独立(二国二制度)か併合(一国一制度)かの選択肢しかない。一国二制度を守るための戦いなら中国の内政上の問題だが、独立闘争なら独立を支持するという形で国際社会も関与できる。香港の人たちが覚悟を決めて独立政府を作るなら国際社会も動くことができる。
ところで安倍はやはり動かない。いまだに習近平の国賓来日に未練があるのか。そんなに日本を中国人のレジャーランドにしたいのか。いろいろ利権があるから引くに引けないのだろうけど。
ぱよちんも静かなもので、こういう時こそ500万ツイットをやってほしいんだが、やらねーだろうな。
監督の怒声も遠く秋の風
ゾンビ四五人世間話を
それでは「応仁二年冬心敬等何人百韻」の続き。
十七句目。
雲にも跡は見えぬ山みち
せはしなき柴の庵に年を経て 長敏
柴の庵というとあこがれのスローライフかと思いきや、何でもかんでも自分でやらなくてはいけないから、慣れぬうちは結構せわしない。いつになったら道が見えてくるのか。
十八句目。
せはしなき柴の庵に年を経て
時雨かなしき冬の暮がた 幾弘
幾弘は初めて登場するが、『心敬の生活と作品』には、「幾弘、栗原入道、千葉被官」で「暴走の千葉氏に仕えた武人作者」とある。
前句の「年を経て」を一年が終ろうとしてるという意味にして時雨を付ける。
十九句目。
時雨かなしき冬の暮がた
袖ぬれぬ月の旅ねもいかがせん 宗祇
袖を濡らさないような貴族や武家の仕事での移動などの旅であっても、時雨くる冬の暮れ方の悲しさには袖を濡らす。
二十句目。
袖ぬれぬ月の旅ねもいかがせん
かへる都ぞ秋をわするる 銭阿
前句の袖を濡らさない旅を、晴れて都へ帰れる旅だからだとする。心も浮かれて秋だということすら忘れる。
二十一句目。
かへる都ぞ秋をわするる
野を遠み手おりし草の花散て 心敬
前句の浮かれた雰囲気から一転して、都へのはるか長い道のりに、手折りし草の花も散ってしまい、旅立ったときが秋だったのもわすれる。
「野を遠み」は武蔵野のイメージが反映されていると思われる。
後世なら花の定座の位置だが、五句目に「桜花」が出ているし、ここでは「草の花」なので単なる偶然。
二十二句目。
野を遠み手おりし草の花散て
かはるやどりぞとふ人もなき 宗悦
前句の「手おりし草の花散て」を時間の経過とし、毎回違う宿に泊るので尋ねてくる人もいない、とする。
制限をゆるめると感染者が増えるのは、当たり前といえば当たり前のことだ。他の国でも起きているようだし。
たとえ一国でコロナウイルスを消滅させたとしても、またどこかの国から入ってくる。全世界でコロナウイルスを撲滅できればそれが理想だが、それが出来ないとなると、できる限り緩やかに時間をかけて感染を広め、死者を最低限に食い止めながら集団免疫をめざすということになる。
どちらの選択をするにしてもすべきことは同じだ。とにかく爆発的に感染者が増加して医療崩壊する事だけは防がなくてはならない。
このどさくさに香港の一国二制度はほぼ消滅した。あとは独立(二国二制度)か併合(一国一制度)かの選択肢しかない。一国二制度を守るための戦いなら中国の内政上の問題だが、独立闘争なら独立を支持するという形で国際社会も関与できる。香港の人たちが覚悟を決めて独立政府を作るなら国際社会も動くことができる。
ところで安倍はやはり動かない。いまだに習近平の国賓来日に未練があるのか。そんなに日本を中国人のレジャーランドにしたいのか。いろいろ利権があるから引くに引けないのだろうけど。
ぱよちんも静かなもので、こういう時こそ500万ツイットをやってほしいんだが、やらねーだろうな。
監督の怒声も遠く秋の風
ゾンビ四五人世間話を
それでは「応仁二年冬心敬等何人百韻」の続き。
十七句目。
雲にも跡は見えぬ山みち
せはしなき柴の庵に年を経て 長敏
柴の庵というとあこがれのスローライフかと思いきや、何でもかんでも自分でやらなくてはいけないから、慣れぬうちは結構せわしない。いつになったら道が見えてくるのか。
十八句目。
せはしなき柴の庵に年を経て
時雨かなしき冬の暮がた 幾弘
幾弘は初めて登場するが、『心敬の生活と作品』には、「幾弘、栗原入道、千葉被官」で「暴走の千葉氏に仕えた武人作者」とある。
前句の「年を経て」を一年が終ろうとしてるという意味にして時雨を付ける。
十九句目。
時雨かなしき冬の暮がた
袖ぬれぬ月の旅ねもいかがせん 宗祇
袖を濡らさないような貴族や武家の仕事での移動などの旅であっても、時雨くる冬の暮れ方の悲しさには袖を濡らす。
二十句目。
袖ぬれぬ月の旅ねもいかがせん
かへる都ぞ秋をわするる 銭阿
前句の袖を濡らさない旅を、晴れて都へ帰れる旅だからだとする。心も浮かれて秋だということすら忘れる。
二十一句目。
かへる都ぞ秋をわするる
野を遠み手おりし草の花散て 心敬
前句の浮かれた雰囲気から一転して、都へのはるか長い道のりに、手折りし草の花も散ってしまい、旅立ったときが秋だったのもわすれる。
「野を遠み」は武蔵野のイメージが反映されていると思われる。
後世なら花の定座の位置だが、五句目に「桜花」が出ているし、ここでは「草の花」なので単なる偶然。
二十二句目。
野を遠み手おりし草の花散て
かはるやどりぞとふ人もなき 宗悦
前句の「手おりし草の花散て」を時間の経過とし、毎回違う宿に泊るので尋ねてくる人もいない、とする。
2020年5月27日水曜日
今日は晴れて暑かった。
東京ではまた少し感染者が増え始めているような気がする。神奈川もなかなか減らない。連休明けの緩みが出てきているのか。
彼岸花咲く土手はひんやり
監督の怒声も遠く秋の風
それでは「応仁二年冬心敬等何人百韻」の続き。
初裏。
九句目。
かへるか雲ののこる一むら
晴れくもる雨定めなき秋の空 銭阿
阿と付くから時宗の僧なのだろう。詳しいことはわからない。
秋の空は定めないとはいうが、晴れ、曇り、雨と並べ立てるのはいかにもくどい。
雲はなをさだめある世の時雨哉 心敬
の句は、この興行の少し前の吟か。
十句目。
晴れくもる雨定めなき秋の空
よわき日影ぞ露にやどれる 初阿
これも時宗の僧のようだが定かではない。
定めなき天候だから、雨が上がり薄日が射せば露もきらめくとする。
十一句目。
よわき日影ぞ露にやどれる
篠の葉に虫の音憑む野は枯れて 心敬
一巡して心敬に戻る。「篠」は「ささ」、「憑む」は「たのむ」と読む。
前句の「よわき日影」を野が枯れて晩秋の日が射したからだとする。こうした理詰めのとりなしは心敬の得意とする所で、「応仁元年夏心敬独吟山何百韻」では多用されている。
心敬はよく「冷え寂びた境地」と言われることが多いが、理屈っぽさも心敬の特徴だ。
先の、
雲はなをさだめある世の時雨哉 心敬
の句も、「世は定めなき」ということを「雲は定めある」と逆説的に言っている。
草が枯れて日が差し込み隠れるところのなくなった虫たちは、常緑の笹の葉を頼りにする。倒置を解消して「野は枯れて篠の葉に虫の音憑む」とすればわかりやすい。
後の『水無瀬三吟』の七句目、
霜置く野原秋は暮れけり
鳴く虫の心ともなく草枯れて 宗祇
の句などと較べても、理屈っぽさが目立つ。死に瀕した虫たちの哀れさと共感は心敬の句には欠けている。
十二句目。
篠の葉に虫の音憑む野は枯れて
まくらおもはぬ夜半の松風 宗祇
虫の音は笹の葉を頼むが、愛しい人を待つこの枕には頼むものもなく松風が寂しげな音を立てる。
理に走る心敬に対し、宗祇は容赦なく心情に切り込んでゆく。
十三句目。
まくらおもはぬ夜半の松風
夢よなど人こそあらめいとふらん 修茂
言いたいことはわかるが、てにはが整理し切れてない感じの句だ。
意味は「夢よなどいとふらん、人こそあらめ」、つまりあの人が夢に出てきて欲しいのに何で夢はそれを拒むの、ということ。
前句の松風の心情を具体的に膨らませるのは、定石とも言えよう。
十四句目。
夢よなど人こそあらめいとふらん
かくても心猶やまたまし 満助
ここで出勝ちになったか、順番関係なく満助が登場する。
夢にすら出てこないあの人を恨んではみても、やはり心はあの人を待っている。
八代亜紀の「雨の慕情」の「憎い恋しい憎い恋しい/めぐりめぐって今は恋しい」(作詞:阿久悠)のような心情か。
十五句目。
かくても心猶やまたまし
このままに哀れといひて出し世に 宗悦
出家しても猶未練があるというふうに展開する。
十六句目。
このままに哀れといひて出し世に
雲にも跡は見えぬ山みち 覚阿
出家はしたものの、山籠りへの道は楽ではない。雲は煩悩を象徴し、山籠りを妨げる。
東京ではまた少し感染者が増え始めているような気がする。神奈川もなかなか減らない。連休明けの緩みが出てきているのか。
彼岸花咲く土手はひんやり
監督の怒声も遠く秋の風
それでは「応仁二年冬心敬等何人百韻」の続き。
初裏。
九句目。
かへるか雲ののこる一むら
晴れくもる雨定めなき秋の空 銭阿
阿と付くから時宗の僧なのだろう。詳しいことはわからない。
秋の空は定めないとはいうが、晴れ、曇り、雨と並べ立てるのはいかにもくどい。
雲はなをさだめある世の時雨哉 心敬
の句は、この興行の少し前の吟か。
十句目。
晴れくもる雨定めなき秋の空
よわき日影ぞ露にやどれる 初阿
これも時宗の僧のようだが定かではない。
定めなき天候だから、雨が上がり薄日が射せば露もきらめくとする。
十一句目。
よわき日影ぞ露にやどれる
篠の葉に虫の音憑む野は枯れて 心敬
一巡して心敬に戻る。「篠」は「ささ」、「憑む」は「たのむ」と読む。
前句の「よわき日影」を野が枯れて晩秋の日が射したからだとする。こうした理詰めのとりなしは心敬の得意とする所で、「応仁元年夏心敬独吟山何百韻」では多用されている。
心敬はよく「冷え寂びた境地」と言われることが多いが、理屈っぽさも心敬の特徴だ。
先の、
雲はなをさだめある世の時雨哉 心敬
の句も、「世は定めなき」ということを「雲は定めある」と逆説的に言っている。
草が枯れて日が差し込み隠れるところのなくなった虫たちは、常緑の笹の葉を頼りにする。倒置を解消して「野は枯れて篠の葉に虫の音憑む」とすればわかりやすい。
後の『水無瀬三吟』の七句目、
霜置く野原秋は暮れけり
鳴く虫の心ともなく草枯れて 宗祇
の句などと較べても、理屈っぽさが目立つ。死に瀕した虫たちの哀れさと共感は心敬の句には欠けている。
十二句目。
篠の葉に虫の音憑む野は枯れて
まくらおもはぬ夜半の松風 宗祇
虫の音は笹の葉を頼むが、愛しい人を待つこの枕には頼むものもなく松風が寂しげな音を立てる。
理に走る心敬に対し、宗祇は容赦なく心情に切り込んでゆく。
十三句目。
まくらおもはぬ夜半の松風
夢よなど人こそあらめいとふらん 修茂
言いたいことはわかるが、てにはが整理し切れてない感じの句だ。
意味は「夢よなどいとふらん、人こそあらめ」、つまりあの人が夢に出てきて欲しいのに何で夢はそれを拒むの、ということ。
前句の松風の心情を具体的に膨らませるのは、定石とも言えよう。
十四句目。
夢よなど人こそあらめいとふらん
かくても心猶やまたまし 満助
ここで出勝ちになったか、順番関係なく満助が登場する。
夢にすら出てこないあの人を恨んではみても、やはり心はあの人を待っている。
八代亜紀の「雨の慕情」の「憎い恋しい憎い恋しい/めぐりめぐって今は恋しい」(作詞:阿久悠)のような心情か。
十五句目。
かくても心猶やまたまし
このままに哀れといひて出し世に 宗悦
出家しても猶未練があるというふうに展開する。
十六句目。
このままに哀れといひて出し世に
雲にも跡は見えぬ山みち 覚阿
出家はしたものの、山籠りへの道は楽ではない。雲は煩悩を象徴し、山籠りを妨げる。
2020年5月26日火曜日
今日は曇、少し雨が降った。
夜も更けて曇りもはてぬ薄月に
彼岸花咲く土手はひんやり
それでは「応仁二年冬心敬等何人百韻」の続き。
第三。
ゆふ暮さむみ行く袖もみず
千鳥なく河原の月に船留て 修茂
暮れが出たから月に行くのは順当な所だろう。「千鳥」「河原」「船」とこれでもかと水辺で攻める。
前句の「行く袖もみず」で人けのない寂しげな所としての展開。
四句目。
千鳥なく河原の月に船留て
きけば枕にすぐるさ夜風 覚阿
「千鳥なく」を「きけば」で受ける。夜分なので船中泊とし、枕に夜風とする。
五句目。
きけば枕にすぐるさ夜風
桜花咲くらむ方や匂ふらむ 長敏
ようやく亭主の登場となる。
当時は定座はなかったし、ここは亭主の特権というところか。
前句の「夜風」に桜の匂いを付ける。「咲くらむ方や」という言葉の続きがややぎこちない。そこはプロの連歌師ではないから仕方ないか。
六句目。
桜花咲くらむ方や匂ふらむ
春に遅るる山かげの里 宗悦
宗悦は『心敬の生活と作品』(金子金次郎、一九八二、桜楓社)に、
「『新撰菟玖波集』の読人不知衆として三句入集の宗悦であろうか。同集作者部類に、「宗悦法師 越中国住人 三句」とあり、故人衆の注記はない。文明五年(応仁元年か)十二月五日心敬発句何路百韻に加わるが、川越千句には参加しない。その点は同じ越中の時宗覚阿と同様である。」
とある。
宗が付く所を見ると、宗祇と同様宗砌の系統か。
前句の「らむ」を遠い山陰の里に思いを馳せてのこととし、あのあたりも匂っているのだろうか、とする。
七句目。
春に遅るる山かげの里
鐘かすむ嶺の樵夫の友喚びて 満助
満助は鎌田氏で武士と思われる。川越千句に参加していると『心敬の生活と作品』にある。
山かげの里なので樵夫を登場させる。
八句目。
鐘かすむ嶺の樵夫の友喚びて
かへるか雲ののこる一むら 宝泉
『心敬の生活と作品』にも未詳とある。僧か。
「友よびて」に「かへるか」と繋ぐ。樵夫は帰り、雲だけが残っている。
夜も更けて曇りもはてぬ薄月に
彼岸花咲く土手はひんやり
それでは「応仁二年冬心敬等何人百韻」の続き。
第三。
ゆふ暮さむみ行く袖もみず
千鳥なく河原の月に船留て 修茂
暮れが出たから月に行くのは順当な所だろう。「千鳥」「河原」「船」とこれでもかと水辺で攻める。
前句の「行く袖もみず」で人けのない寂しげな所としての展開。
四句目。
千鳥なく河原の月に船留て
きけば枕にすぐるさ夜風 覚阿
「千鳥なく」を「きけば」で受ける。夜分なので船中泊とし、枕に夜風とする。
五句目。
きけば枕にすぐるさ夜風
桜花咲くらむ方や匂ふらむ 長敏
ようやく亭主の登場となる。
当時は定座はなかったし、ここは亭主の特権というところか。
前句の「夜風」に桜の匂いを付ける。「咲くらむ方や」という言葉の続きがややぎこちない。そこはプロの連歌師ではないから仕方ないか。
六句目。
桜花咲くらむ方や匂ふらむ
春に遅るる山かげの里 宗悦
宗悦は『心敬の生活と作品』(金子金次郎、一九八二、桜楓社)に、
「『新撰菟玖波集』の読人不知衆として三句入集の宗悦であろうか。同集作者部類に、「宗悦法師 越中国住人 三句」とあり、故人衆の注記はない。文明五年(応仁元年か)十二月五日心敬発句何路百韻に加わるが、川越千句には参加しない。その点は同じ越中の時宗覚阿と同様である。」
とある。
宗が付く所を見ると、宗祇と同様宗砌の系統か。
前句の「らむ」を遠い山陰の里に思いを馳せてのこととし、あのあたりも匂っているのだろうか、とする。
七句目。
春に遅るる山かげの里
鐘かすむ嶺の樵夫の友喚びて 満助
満助は鎌田氏で武士と思われる。川越千句に参加していると『心敬の生活と作品』にある。
山かげの里なので樵夫を登場させる。
八句目。
鐘かすむ嶺の樵夫の友喚びて
かへるか雲ののこる一むら 宝泉
『心敬の生活と作品』にも未詳とある。僧か。
「友よびて」に「かへるか」と繋ぐ。樵夫は帰り、雲だけが残っている。
2020年5月25日月曜日
清水建設の現場に納品に行ったら体温を測定された。六度二分、よし。
緊急事態宣言解除とはいっても、徐々に部分的に解除してゆくだけですぐに元に戻るわけではなく、しばらくはまだ自粛は続く。
ライブハウスも感染防止策がとれれば六月中下旬から休業要請を解除すると言っている。ここはおとなしく従って欲しいな。
思うに密集を防ぐには升席にするというのはどうだろうか。ロープを腰くらいの高さに縦横に引くだけで簡単に区切って、一升一人にする。あとはバンドのロゴ入りマスクを配布する。
前にも書いたがフェイスシールドや防護服もバンドグッズとして販売する。とにかく何とか工夫して早くライブを再開して欲しい。
嘘をつくのも慣れたこの頃
夜も更けて曇りもはてぬ薄月に
さて、今年は卯月が二ヶ月もあるということで、ここで季節を無視して、同じ『心敬の生活と作品』(金子金次郎、一九八二、桜楓社)所収の「応仁二年冬心敬等何人百韻」を読んでみようかと思う。
場所は品川で「白河紀行」の旅を終えたばかりの宗祇を迎え、総勢十一人の連衆による賑やかな興行となった。
金子金次郎は鈴木長敏邸での興行ではないかと推測している。鈴木長敏は品川湊を仕切る豪商で、城のような屋敷に住んでいたと思われる。
心敬が発句を詠み、宗祇が脇を付け、第三が上野国大胡城主の大胡修茂(おおごのりしげ)、四句目に時宗の僧覚阿と続き、五句目に鈴木長敏が登場する所を見ると、心敬から覚阿までが来賓待遇だったのだろう。序列としては当代きっての連歌師心敬に最近になって頭角を現してきた宗祇が続き、大胡修茂は連歌以外でも大物なのでそれに続き、覚阿も当時のそれなりの連歌師として待遇されたようだ。
発句。
雪のをる萱が末葉は道もなし 心敬
萱(かや)の葉の先は雪が乗っかって折れて倒れて、それが道を塞いでしまっている。
興行開始の挨拶としては目出度さもない。
皆さんこうして都を遠く離れた都に集まって、この国がどうなってしまうのかさぞかし心配なことでしょう、ということで応安元年の独吟の七十八句目に、
神の為道ある時やなびくらん
風のまへなる草の末々 心敬
と詠んだように、神風に一斉に靡くはずの草の末葉も、今や雪の重みで潰されてしまっている。一体道はどこにあるのだろうか、と連衆に訴えかける。
神の道は無為自然にして自ずと人はひれ伏すが、今や雪の重みという暴力によって民は抑え付けられてしまっている。
これに対し宗祇はこう和す。
雪のをる萱が末葉は道もなし
ゆふ暮さむみ行く袖もみず 宗祇
雪に夕暮れの寒さ、道に行く人もないと四手にしっかりと付けている。
基本に忠実ではあるが、心敬の天下国家を憂う含みを取らずに、旅の風景としてさらっと流した感じがする。
心敬は心で受けずに小細工しやがってと思ったかもしれない。宗祇の方としてもそんなアジテーションには乗らないぞという感じで、ひそかに火花を散らしている、そんな感じがする発句と脇だ。
緊急事態宣言解除とはいっても、徐々に部分的に解除してゆくだけですぐに元に戻るわけではなく、しばらくはまだ自粛は続く。
ライブハウスも感染防止策がとれれば六月中下旬から休業要請を解除すると言っている。ここはおとなしく従って欲しいな。
思うに密集を防ぐには升席にするというのはどうだろうか。ロープを腰くらいの高さに縦横に引くだけで簡単に区切って、一升一人にする。あとはバンドのロゴ入りマスクを配布する。
前にも書いたがフェイスシールドや防護服もバンドグッズとして販売する。とにかく何とか工夫して早くライブを再開して欲しい。
嘘をつくのも慣れたこの頃
夜も更けて曇りもはてぬ薄月に
さて、今年は卯月が二ヶ月もあるということで、ここで季節を無視して、同じ『心敬の生活と作品』(金子金次郎、一九八二、桜楓社)所収の「応仁二年冬心敬等何人百韻」を読んでみようかと思う。
場所は品川で「白河紀行」の旅を終えたばかりの宗祇を迎え、総勢十一人の連衆による賑やかな興行となった。
金子金次郎は鈴木長敏邸での興行ではないかと推測している。鈴木長敏は品川湊を仕切る豪商で、城のような屋敷に住んでいたと思われる。
心敬が発句を詠み、宗祇が脇を付け、第三が上野国大胡城主の大胡修茂(おおごのりしげ)、四句目に時宗の僧覚阿と続き、五句目に鈴木長敏が登場する所を見ると、心敬から覚阿までが来賓待遇だったのだろう。序列としては当代きっての連歌師心敬に最近になって頭角を現してきた宗祇が続き、大胡修茂は連歌以外でも大物なのでそれに続き、覚阿も当時のそれなりの連歌師として待遇されたようだ。
発句。
雪のをる萱が末葉は道もなし 心敬
萱(かや)の葉の先は雪が乗っかって折れて倒れて、それが道を塞いでしまっている。
興行開始の挨拶としては目出度さもない。
皆さんこうして都を遠く離れた都に集まって、この国がどうなってしまうのかさぞかし心配なことでしょう、ということで応安元年の独吟の七十八句目に、
神の為道ある時やなびくらん
風のまへなる草の末々 心敬
と詠んだように、神風に一斉に靡くはずの草の末葉も、今や雪の重みで潰されてしまっている。一体道はどこにあるのだろうか、と連衆に訴えかける。
神の道は無為自然にして自ずと人はひれ伏すが、今や雪の重みという暴力によって民は抑え付けられてしまっている。
これに対し宗祇はこう和す。
雪のをる萱が末葉は道もなし
ゆふ暮さむみ行く袖もみず 宗祇
雪に夕暮れの寒さ、道に行く人もないと四手にしっかりと付けている。
基本に忠実ではあるが、心敬の天下国家を憂う含みを取らずに、旅の風景としてさらっと流した感じがする。
心敬は心で受けずに小細工しやがってと思ったかもしれない。宗祇の方としてもそんなアジテーションには乗らないぞという感じで、ひそかに火花を散らしている、そんな感じがする発句と脇だ。
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