2024年12月25日水曜日

  信仰の自由というのは、お互いに他の宗教を信じるものを尊重し合う所に成り立つもので、他の宗教を一切認めないばかりか暴力的な行動すらとるような宗教に「信仰の自由」を認めることはできない。
 ムスリムもその大半を占める世俗主義者に関しては信仰の自由は認められるべきだが、イスラム原理主義に信仰の自由を認めるわけにはいかない。これはキリスト原理主義でも同じだ。排他的な原理主義はそれ自体信仰の自由と矛盾する。

 それで、今年一年を振り返るということで昨日の続き。
 4月2日の午前中は蓑毛の淡墨桜を見に行った。

 雨雲の淡墨散らす桜かな

 午後から寄(やどりき)の方を散歩して萱沼の枝垂桜を見た。
 6日の午前中は寄(やどりき)の土佐原の枝垂桜を見たがまだ早かった。午後は秦野白泉寺の枝垂桜を見た。

 桜枝垂れて墓は沈黙するのみぞ
 
 7日は震生湖と弘法山の桜を見て、8日も弘法山に行った。9日、土佐原の枝垂桜は今度こそ満開だった。
 14日は千村の八重桜を見てから頭高山に登った。17日は南足柄の金剛寺の牡丹を見に行った。25日には小田原城の御感の藤を見に行った。そのあとまた金剛寺の牡丹を見に行った。

 牡丹の雨に儚き重さかな

 29日は茅ケ崎大岡越前祭俳句大会に行った。

 葛若葉その勢いの火の如く
 しがらみも古郷の香よ春の風

 5月10日は小田原フラワーガーデンの薔薇を見に行った。

 憂鬱の文字忘れけり薔薇の園

 11日は秦野カルチャーパークの薔薇を見に行った。
 20日は鎌倉吟行俳句大会に行った。

 若葉雨光は古き代の仏
 平家池四を世にかえて蓮若葉

 24日、山梨の芦川のすずらんを見に行った。
 25日は厚木市新緑俳句大会に行った。

 ソーラーの黒も埋めて若葉哉
 画眉鳥の声の隙間や時鳥

 29日は小田原城の花菖蒲を見に行き、そのあとまた小田原フラワーガーデンへ行った。薔薇だけでなく、睡蓮も咲いていて、ここでも花菖蒲が咲いていた。
 6月4日は二宮の花菖蒲を見に行き、12日は下田の紫陽花を見に行った。

 紫陽花は青ければ地球のようだ
 紫陽花の最後は土の色になる

 14日は開成の紫陽花を見に行った。
 この頃は千村の蛍を何度も見に行った。

 目には蛍山ほととぎす真竹の子
 網膜にゆっくり回る蛍哉
 蛍舞う後ろの森は鳥の声

2024年12月24日火曜日

 はぴほりー。
 近頃AIを使ったお絵かきにはまっていて、XAI俳画なるものをアップしている。今日はクリスマスなのでこれ。

 はぴほりや耶蘇の首相のいる国に

 あと、野ざらし紀行のAI俳画も鈴呂屋書庫の方にアップしてるのでよろしく。

  今年は秦野市俳句協会の事務局長になった上に神奈川県俳句連盟の役員になったこともあって、なかなかじっくりと俳諧の研究をする暇もなくなって、鈴呂屋俳話の方も2月で止まってしまって、そこから先はたまにあまり俳句に関係のないことを書いてきたりする程度になってしまった。
 忙しさという意味では、働いてた頃の方がはるかに忙しかったんだけど、一度毎日がホリデーになってしまうと、現役時代の生活リズムに戻すほどの忙しさでもなく、つい怠惰な日常のとっぷり浸かることになってしまった。来年は少しは元のリズムに戻したい。
 2月以降、いろいろなことがあった。
 39日には「おおいゆめの里俳句大会」に行った。こ年一年いろんな神奈川県西南部の俳句大会を回るその始まりだった。これから一年、おおむね一点取れるかどうかというゲームをしてきたわけだが、この日の俳句は、

 太陽のたわわな枝やミモザの日

 ちょうどミモザの季節だった。「月曜日のたわわ」が話題になってのはその1カ月後の44日の新聞広告で、いわゆるツイフェミが噛み付いてきたが、それとは関係なかった。ただミモザの日は女性の日ということで「たわわ」からの連想は狙ったものだった。
 315日には南足柄の春めき桜を見に行った。16日は戸川公園の白木蓮を見に行った。18日は蓑毛のミツマタを見に行った。

 金鉱か杉こもれ日のミツマタは

 ミツマタは鹿が食わないという。
 21日にも春めき桜を見に行った。
 
 桜咲く廃工場の追憶に
 
 31日は千村のチューリップを見に行った。今年は生育が悪くて背が低かった。

2024年12月18日水曜日

 今年ももう残り少なくなってきた。
 ロシアのウクライナ侵略から世界はどうなってしまうのかと不安だったけど、ようやく希望が見えてきた気もする。
 マスコミの衰退、ネットの台頭は人権思想と国境なき世界の安易な理想を退けて、現実的な解決に向かわせる。二十世紀の社会主義の壮大な実験が飢餓と粛清の嵐で終っていったように、二十一世紀の人権思想も治安の崩壊と侵略行為への無力から、終わって行こうとしている。
 国境なき世界は結局犯罪者とテロ組織と軍隊に移動の自由を与えるだけだった。
 以前、詩人会議という共産党系の組織にいた頃、社会主義国家は失敗に終わった。社会主義はどう変わらなければいけないのかという話を聞いて、NGO社会主義と答えたことがあった。
 つまり資本主義の自由競争の原理の範囲内で、社会主義は国家を指向するのではなく、むしろ独立採算の企業体として一般企業と競争しながら、様々な問題を解決する可能性を思い描いたわけだが、実際の共産主義者の生き残りはNGO社会主義ではなくNPO社会主義に留まった。
 経済的に独立した組織として自由競争の真っただ中に飛び込む勇気もなく、ただ国家や自治体の公的資金をチューチューして、行政の委託を受けることで行政を乗っ取って行くという方法を取るようになった。
 その一方で新しい資本主義は、企業が社会の諸問題を解決することで、持続可能な資本主義を目指すように変わっていった。その際、マスコミの世論操作によって、企業は大きく左翼寄りに引っ張られてゆくことになった。
 NPO社会主義は国家のような集中的な組織ではなく、分散的なネットワーク型の組織であるため、その中心はわかりにくい。ただ、多くの社会主義的組織とマスコミと官僚と司法が緩やかに結びつきながら、社会を誤った誤った方向に導いていった。
 トランプさんが言うディープステートとの戦いは、Qアノンのような一部の極端な陰謀説の主張と意図的に混同されるようにマスコミは導いてきたが、現実のディープステートはそのような影の支配者がいるわけでなく、ただ市民運動と称する似せ市民、プロ市民のネットワークが存在するだけだった。
 これらのネットワークは中国やロシアやイスラム原理主義との親和性も高く、国連でも力を持っている。そのネットワークが今ようやく綻びはじめてきた。
 実際の選挙による民意とは違ったところで暴力的に圧力をかけて来るこれらのネットワークが、国家や自治体の予算を吸い取り、直接選挙の及ばない司法権に巣くっていることに、ようやくネット民たちが気付き始めた。
 まだ、ネット民の力は弱々しい。しかし、ゆっくりと確実にNPO社会主義の時代を終わらせてゆくことだろう。
 国境は無くならないし無くすべきではない。多文化の共存は棲み分けが不可欠であり、一つの地域に複数の矛盾するルールはあってはならない。それはただ無秩序と治安の悪化、そして他国の侵略への脆弱性にしかならないことはもう十分わかったはずだ。国境は守らなければ守れない。

 また、経済にもようやく明るい兆しが見えてきた。かつてのモータリゼーションやエレクトリゼーションが生活を一変させ、それから半世紀遅れてIT革命が生活を一変させたように、次の変化がようやく見えてきた。間違いなく次に来るのはAI革命だろう。
 モータリゼーションやエレクトリゼーションは大量生産大量消費の時代を生んだ。その幻影に縛られて高度成長の夢よもう一度と願ってきたいわゆる戦後ベビーブーマーも、さすがに年には勝てない。
 地球レベルで進行している少子化の前には労働者の限界生産性を高めるバンドワゴンなんてのは時代錯誤の妄想にすぎない。生産性の向上によって少ない人口で十分な生産力を確保する、雇用を増やさないイノベーションが不可欠だ。それをやらなければ移民の争奪戦になる。
 少子化の時代には移民の確保も困難になるし、優良な移民はもはや望めない。どこの国でもいる食いつめ者、アウトロー、過激派など、その国にいられない人間が国境をまたいでやって来るだけだ。優良な移民が欲しかったら、ロシアのように他国を侵略して拉致してこなくてはなるまい。それが少子化時代の戦争だ。
 そんななかでAIは救世主になる。今のAIはせいぜい絵を描くことに役に立ってるくらいだが、AIは使えば使うほど学習して進化を続ける。今は無知で嘘つきなAIもこれからどんな進化を遂げるのか、想像もつかないほどの大きな可能性を持っている。
 当然、こうした新技術に対して、社会主義者はお約束のようにラッダイト運動を起こしている。ただ、人間が生産物によって生活している以上、生産性の向上は必ず人を豊かにする。
 技術の恩恵はそれをまっ先に採用した者が多くの恩恵を受けるのは当然のことであり、それを頑なに拒む者は貧しいまま取り残されるのも当然のことだ。だからと言って新技術を破壊しても、彼らは豊かにはなれない。全体が今まで通りの貧しさに留まるだけだ。
 社会主義者のイノベーションへの抵抗は今後も続くだろうし、マスコミ、官僚、司法などと連携して無理ゲーのように国民の前に立ちはだかるかもしれないが、ネットはそれを乗り越える武器となる。それが今の唯一の希望だ。

2024年10月30日水曜日

  人口論を考える際、まず人口論というのは、経済を考える際に人口の視点を導入するということであって、マルサスが何を言ったかなんてことは重要ではない。
 これに対して、人口論を拒否する論者はマルサスの発言を大きく取り上げて、支配者階級のイデオロギーだという理由で経済に人口の視点を持ち込むことを全否定する。
 アセモグル他の「技術革新と不平等の1000年史」も結局その手の本だ。はっきり言ってこれがノーベル賞だなんて呆れてものも言えない。

 人口が増加するのは農民が無知蒙昧で無計画に子供を作った結果ではない。まずこれが大事。
 そもそも一般的に前近代の社会では子供は点からの授かり物であり、どんなに毎日せっせと励んだ所で子供ができない場合もあるし、たった一回の過ちで出来ることもある。
 今日でもこのコントロールは難しいというのに、有効な避妊の知識のなかった時代に生まれてくる子の数をコントロールすることはほとんど不可能に近かった。
 それとともに前近代の社会では乳幼児の死亡率が高く、生まれてきた子供が確実に成人まで生きられるという保証はなかった。
 家督を維持するには確実に一人は子孫を残さなくてはならないが、だからと言って一人産めば足りるというものではない。死亡率の低い現代であれば一人っ子でも十分となるが、前近代ではいつ死ぬかわからない子供を一人しか作らないというわけにはいかなかった。死んだ時のためのスペアを常に必要としていた。
 もちろん子供が一人生き残っても、結婚相手がいないのではしょうがない。女児がどこかで生れてなくては、跡取り息子は子孫を残すことができない。女児は家同士で交換し合わなくてはならないから、家督を確実に子孫を残すためには、死亡率ゼロとして二人、死亡率が50%なら四人産まなくてはならない。実際はもっと確実に子孫を残そうとしたならそれ以上生まなくてはならなかっただろう。出生率は4以上必要ということだ。出生率が2で良いのは死亡率が限りなくゼロに近いことを前提にしての話だ。
 こうした世界では、運不運があっても確実に子孫を残せるように、死ぬ数よりも常に多めに子孫を残そうとする。これは階級に関係なく、多かれ少なかれ残すべき財産を持つ者すべてに当てはまる。
 古事記に黄泉の国の神の伊弉冉尊が一日千人を殺すと言った時、伊弉諾尊はなら千五百人の子供を作ればいいと返したように、常に死ぬ数よりもはるかに多い数の子を作ろうとする。これは保険を掛けるという意味では自然なことだ。
 だから、人口の増加は農民や下層階級に限ったことではなかった。上流階級でも常に人口は増加してたはずだが、ただ上流階級には定員があった。領土の拡大や新たな農地の開墾がなければ領主の数を増やすわけにはいかないのは当然のことだ。そんなことしたら支配者階級全体が貧困化することになる。
 だから、支配者階級には常に熾烈な権力闘争があり、敗者は殺されるか没落するしかなかった。支配者階級だって人口は増える。だから必死になって荘園開発もするし、その一方で他人の年を奪う侵略行為も常態化していた。特に侵略ということになると、当然ながら殺し合いになり、結局適正な人口に維持されることとなった。
 内部での権力闘争に敗れて没落するか、外部との戦争で命を落とすか、そのどちらかがあって支配者階級の人口も調整されてた。そうでなかったなら国中王様だらけになってしまっていただろう。

 少子化というのは近代の豊かさと医療水準の高さから、生まれてきた子供のほとんどが成人まで生きられるようになって、跡取り息子の死んだ時の保険を掛ける必要がなくなったことに加え、賃金労働者の家庭が非常に多くの割合を占めるようになって、家督という概念がなくなったことも影響している。
 現代人の多くは子孫を残すためでなく、ただ自分の人生が幸せで豊かなものであればそれでいいと思って生きている。子供はいつの間にか自分の幸福を脅かす邪魔っけな存在になってしまったわけだ。
 少子化はある程度の近代化を成し遂げた社会ではほぼ例外なく起きている。少子化の原因はその国の政策の失敗ではなく、近代化そのものの内にある。少子化を克服したなんて話を聞いてみても、出生率を2まで回復させれば万々歳の状態だ。間違っても4以上になることはない。

 アセモグル他の「技術革新と不平等の1000年史」上の43%の所にこうある。

 「1100年から1300年のあいだに一人当たりの農業生産性は15%上昇したと見積もられる」
 「1100年に220万前後だったイングランドの人口は、1300年には500万にまで増えていたのである」
 「都市人口は1100年から1300年までのあいだに20万人から約100万人へと増加していた」

 1100年にには200万人の農民で都市人口を入れた220万を養っていたとして、生産性が15%向上したとしても253万人しか養えない。
 仮に耕地面積と農業人口が倍に増えたとすれば400万の農民で養えるのは506万人になる。400万の農民が106万人の都市人口を養うことになる。
 これでも農民の生活はこれまでと同じで豊かにはならない。まして耕地面積が倍まで増やすことができなかったとしたら、悲惨なことになる。
 新たな農地開発に、さぞかし貴族や聖職者たちは忙しく働き回ったことだろう。
 しかしこの本はそういう見方をしない。
 人口増加の圧力にさらされる。→支配者階級はそのため絶えず農地の開墾のために余剰人口を搔き集めて働かせなくてはならなかったし、その一方では領土拡大のために戦争に明け暮れることにもなった。→その結果農民は生産性の向上と引き換えに農地開墾の労働に駆り出され、その結果ある数のあぶれ者は新しい農地を手にできただろう。→それでもあぶれてしまう者は都市に流れ込み、商工業を発展させ、それが技術革新につながり生産性の向上をもたらすことになった。
 アセモグル他の「技術革新と不平等の1000年史」はこの物語をひっくり返して逆から読もうとする。
 つまりまず悪い権力者がいた。というより権力者というのは悪者に決まっているということが前提されている。→権力者は私利私欲のために生産性の向上を掲げ、農民を騙して開墾作業を行わせた。→それでもあぶれた者は都市に追いやり、そこで死ぬまでこき使った。→結果生産性の向上の有用なアイデアも権力者と富ませただけで、貧しいものはますます貧しくなった。こういう物語に作り替える。これはマルクス以来延々と繰り返されてることだ。
 農民にも定員があるが、自分たちにも定員がある。だから支配者階級も必死だった。別にのうのうと富を貪って優雅な暮らしをしていたわけではない。豪華な城や衣装やご馳走は権力闘争のライバルに自分の実力を見せつけるためのものであって、そのために裏では権謀術数の限りを尽くしていたに違いない。のんびりとする余裕なんてものはなかったはずだ。

 土地が無限にあって人口が増えても労せずに農地を広げることができたなら、15%の生産性の向上は農民を豊かにできたかもしれない。あるいはアメリカの開拓時代ならこうしたカウボーイの経済学が可能だったかもしれない。
 だがイングランドのような狭い島国で人口が2.5倍に増えたら、そりゃ地獄を見る他ない。
 生産性が向上しても、その分人口が増えて帳消しになるため、一人当たりの労働者の生産物の価値は結局変わらない。その労働者がかろうじて生きて行ける量に固定される。
 これを定数とするところに労働価値説が誕生したのではないかと思う。
 アセモグル他の「技術革新と不平等の1000年史」上の47%にこうある。

「18世紀末にマルサスがその持論を練っていたころ、すでにイングランドの人口ばかりでなく実質所得も数世紀前からの上昇傾向にあり、飢饉や疫病が必然的に生じる兆候はまるでなかった」

 資本主義の拡大再生産が機能し始めた頃にはトリクルダウンが生じて、労働者の生活は改善され始めていた。

「中世のあいだに新しいテクノロジーによって生じた余剰を食いつぶしていたのが子供を生みすぎる貧民層だけでなく、各種の贅沢品や立派すぎる大聖堂にうつつを抜かす貴族階級とキリスト教会でもあったと知られている」

これも当然で、子供を生みすぎるのは貴族も一緒だし、貴族にも定員があるから没落するものもいる。それに彼らもまた人口増加に対応すべく無茶な農地開墾に奔走して疲弊していたはずだ。 支配者階級も人口増加に悩まされていたし、教会も同じだということをこの本は認めている。
 日本の寺から推測するに、教会もまた支配者階級の余剰人口の受け皿になっていたと考えられる。家督を継ぐ長男は家に残しても、余剰となる次男三男はこうした宗教施設に押し込むというのは、洋の東西問わずあったと思われる。このことが無用な家督争いを避けることでもあった。
 しかしそうなるとまた膨大な数の貴族・武家の子孫を引き受けなくてはならなくなるから、宗教施設とは言え、とても寄付だけでは賄いきれず、所領を持ち、その余剰な人員を使って産業を興す努力が行われることになる。

   薬手づから人にほどこす
 田を買ふて侘しうもなき桑門   芭蕉

の句のように、西洋の教会もまた一方では病気の人に薬を施したりしてただろうけど、その一方では所領を経営し、薬の生産も行ってたに違いない。そこでは当然多くの人が働いてたことだろう。
 生産性の向上は人口増加に抵抗するためにやむをえずそうせざろうえなかったはずだった。もしそれとは他の道があるとしたら、必然的に生じて来る余剰人口を別の方法で減らすことになっていただろう。

 猿を聞く人捨子に秋の風いかに  芭蕉

ということになる。江戸時代は捨て子が常態化していた。これによって江戸時代を通じて大きな人口変動が抑えられていた。もちろんその一方では新田開発も行われたし、農業の技術革新も行われていた。ただ、中世のイングランドでも日本の江戸時代でも、その効果は限定的で、焼け石に水と言っても良かったかもしれない。

 アセモグル他の「技術革新と不平等の1000年史」は基本的に人口論の視点が決定的に欠落している。
 出生率が低下して人口減少が予想されるのに、何で労働者の限界生産性を高める必要があるのか。そんなことしたら人手不足になる。それで不法移民を入国させることに躍起になっているのだろうか?
 技術が進歩すると格差が広がり人々が貧しくなるというのは真実ではあり俺もそれを否定するつもりはない。
 注意しなくてはならないのは、その貧しさは相対的なものだということだ。
 それはマラソンのようなもので、走れば走るほどトップとビリの差は広がってゆく。でもビリを走ってる人も確実に前へ進んでいるのを忘れてはならない。
 もちろん「技術革新と不平等の1000年史」は技術革新が全体の生活の底上げをしたことを否定しているわけではない。ただ何ら富の配分に配慮されなければの仮定の話をしている。例えるならコロナ対策が全くなされなかったらどれだけ死んでたかのような。対策の必要を説く所に重点を置く。
 例えて言えば、ルールのないマラソンなら、先行するランナーは勝つために後続へのあらゆる妨害を行い、走れなくしてただろう、だから競走を公正に行うために競技のルールを定める必要があったと、そういう話だ。ただ、そこでは必要以上に勝者を悪者に仕立て上げている。まるでスポーツマンシップに則った競技者が一人もいないかのような言い草だ。
 問題なのは、こうしたルールの制定するにしても、そこには権力が存在するということだ。このような民衆全体のための権力はミシェル・フーコーが「監獄の誕生」で語ったような集中監視型のシステムであってはならないことはこの本にも書いてあることだ。つまり二十世紀に誕生した社会主義国家のようなシステムであってはならない。
 日本がよく最も成功した社会主義国家だと言われるのは、日本の社会には最高指導者が存在しないばかりか、目立った有力な指導者も存在しない完璧な相互監視型社会主義だからで、失敗した社会主義はどれも最高指導者のいるパノプティコン型社会主義だったからではないのか。
 パノプティコンのような集中型管理システムに対抗できるのは相互監視システムではないかと思う。日本が西洋のようにならないのは、相互監視システムがうまく機能して集中型管理を抑えてるからではないか。
 人口の減少に加えて資源の節約やゴミを減らすなどの環境圧力が強まった現代にあって、かつての大量生産大量消費をもたらすようなバンドワゴンは無理だし、労働者の限界生産性にこだわる理由もわからない。その無理をやれば移民の増加と地球環境の悪化が同時に起きるが、それがリベラルの認識なのか。
 今はまだ貧しく紛争に明け暮れてるフロンティアの国々がたくさんあるから、しばらくは移民には困らないかもしれない。しかし、かれらも政情が落ち着いて近代化が軌道に乗ったなら、当然ながら少子化するし、その少子化の中で自分の国の労働力を確保しなくてはならなくなる。そのため、移民を外に出す余力はなくなる。
 少子化が世界に広まった時、あくまで労働者の限界生産性にこだわり、労働者の数を増やそうとするなら、戦争になるだろう。多産多死時代の戦争は溢れる人口を養うための領土を奪い合う戦いだったが、少子化時代の戦争は労働力を得るために人間をさらって奴隷化する戦いになる。ウクライナではすでに多くの人々がロシアに連れ去られている。人口を考慮しない経済学では、いつか世界的に限られた人口の奪い合いが生じるであろう。
 技術革新は少ない人口でも十分な生産能力を維持するために必要なものだし、成長のためには地球環境やマイノリティの多様な消費などへ向けた新たな産業を起こせば良い。日本はその方向に向かってるし、甘利・安倍・麻生三氏によって開かれ、岸田前首相に引き継がれた「新しい資本主義」の方向性は基本的に正しかったと思う。
 その安倍さんは殺害され、甘利さんも今回の選挙で落選した今、果たしてこの方向性が維持できるのかどうか不安ではある。これまでの自民党政権ではまだ抑制されながら行われていた外国人労働者の受け入れが、この先管理されない見境の無い不法入国者を許すことになり、欧米並みの治安の悪化が起きるのではないかと心配してるのは俺だけではない。ネット上にたくさんの声が存在する。西洋の間違った経済学は阻止しなくてはならない。

2024年10月2日水曜日

 今日は山中湖を通って、山中湖花の都公園に行った。
 ピンク色の蕎麦の花が咲いてた。別の所には白い蕎麦の花もあり、他にもコスモス、百日草、向日葵が咲いていて、黄花コスモスは終わりかけてた。

 市川沙央さんのいう、敗戦によって生じたGHQになりたい願望は、実際はすぐに日本に異世界転生の流行を生み出すことはなかった。

 なぜなら洋行できるだけの余裕ある人は西洋という異世界に行って、いくらでも劣等民族日本を啓蒙するという形で復讐欲が満たされてたからだ。
 異世界転生が流行するには、逆に日本人が日本人としての誇りを取り戻して、昔のヨーロッパを現実の西洋史とは違う日本的な道に開花するという意味での逆GHQを思いついたからだ。
異世界転生で知識チートを用いても、そこに西洋思想、特に革命思想が持ち込まれることはなかった。
 異世界転生でチート能力や知識チートで無双する世界は、君主制を否定するというよりは、君主制の中で理想の世界を実現するものの方が圧倒的に多い。
日本人がGHQになって西洋を啓蒙しようとした時、基本的に一君万民にに近い考え方になった。魔王の下で全ての種族が平等になるような転スラ的な世界に。
 異世界転生もののルーツというか、タイトルは忘れたが70年代の少年漫画で、いつもいじめられている子が全てが脆くできている世界でヒーローになるというのがあったと思う。
こういう一発逆転的な発想は昔からあったのだろう。

 結局異世界転生ものが叩かれるのは、かつて西洋文化を学んで知識チートで「君、今西洋ではね」と今でいう出羽守で無双できた時代があったのが、日本が豊かになったら逆に日本の常識を異世界に持ち込んで無双するヒーローがもてはやされるようになって、自分たちが叩かれる立場になって、悔しいんだろ。
 「角川文庫発刊に際して」という1949年の角川源義さんの、

「第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であった以上に、私たちの若い文化力の敗退であった。」

の言葉は、戦後思想の出発点だったといってもいい。
 だが、一部の人は日本の敗北を日本文化そのものの敗退と捉えて反日になっていった。
 角川さんのこの文章は、

 「あくまで祖国の文化に秩序と再建への道を示し」

というここが大事で、俳句もラノベも江戸時代の日本の庶民によって作られた大衆文化の再建であって、闇雲な西洋崇拝や劣等民族論とは真逆なものだった。
 まあ、これが角川文庫が左翼知識人に軽く見られた原因でもあった。

 戦後のアカデミズム全体を覆ってた日本を否定しようという雰囲気と、騎馬民族説の流行もあって、日本にあるものが朝鮮半島でも見つかると、悉く朝鮮半島起源だと声高に主張された時期があった。今の韓国人の何でも自国起源の主張は、多分その影響が大きいのだろう。
 その後日中国交回復があり、中国南部の少数民族文化の研究が進んでくると、そちらにも似たものがあるのがわかってきて、広く長江文明に起源があると考えられるようになった。
 俳句は和歌から派生したものだったが、和歌の起源は長江文明の影響下にあった様々な地域に見られる、歌垣という男女が歌のやり取りで結婚相手を見つける習慣から来ているのだろう。
 平安時代に和歌の上句に下句で答えるやり取りから連歌が生まれ、上句が独立して発句となり、近代に俳句となった。
 今でもそうだが、文化の伝達速度は極めて速くて広範囲に及ぶもので、笙は中国南部から東南アジアにかけて広く見られるのでその辺りが起源と思われるが、これが西へ伝わるとバグパイプになり、それが大型化したのがパイプオルガンになった。
 琵琶も西へ渡るとリュートになり、ギターになった。

2024年9月1日日曜日

 伊勢湾台風に匹敵すると言われながらも、大きな被害もなく台風は熱低に変わり、天気も回復するのだろう。
 これも日本の治水技術の勝利なのだろう。

 上流のダム有り難き野分哉
 脱ダムも声なかりけり大野分

 久しぶりにコロナの時のような家にお籠もりする生活で、三年前みたいにパラリンピックのゴールボールでも見ながら、まあたまには息抜きだ。
 米が店に並ばないんで、パン、素麺、饂飩、パスタ、お好み焼き、それに駅前のネパール人の店で買ったパキスタン米をカレーにしたりリゾットにしたりで、何とか普通に生活している。
 別に昔みたいな米蔵が襲撃されるようなこともなく、日本は平和だ。米がなくても食うものは他にたくさんあるからね。ケーキだってあるし。

 俺がもし日本を弱体化させるのにはどうすればいいかと聞かれたら、たいして力のない左翼を利用するよりも、保守を分裂させることだと答えると思う。
 実こうした工作は去年のLGBT法の頃から行われてるし、それは十分な成果を挙げている。次の一手は外国人への憎悪を煽ることで、これも既に成果を挙げてる。右翼は中国の手の上で踊ってるようなものだ。

 中国が日本本土を侵略する可能性は極めて低いし、本命が台湾なのは明白だ。そのために既に沖縄は人質に取られている。
 沖縄に米軍や自衛隊の基地があることを根拠に、沖縄が戦場になるという恐怖を与え続けている。中国側に付けば沖縄が戦場にならずに平和なままでいられるとなれば、それを選択する人も当然いる。デニーさんはまさにそれだ。
 実際に中国が沖縄を攻撃してしまうと、もはやこの脅しは通用しないから、中国としては周辺の海域を封鎖することで沖縄の基地を無力化できないか探ってるのではないかと思う。
 太平洋側からの沖縄への補給路を断つのは難しいが、佐世保やあるいは韓国の基地からの沖縄への補給なら何とかなるのではないかと、今は九州の南西海上で制海権・制空権を取れるかどうかを探っているのだと思う。
 沖縄が無傷のまま台湾併合が成功すれば、次は沖縄の割譲を迫って来る可能性はある。かつての琉球は中国に朝貢してたから、沖縄が中国固有の領土だという主張は今でも見られるからだ。
 この段階で初めて本土侵略の脅しをかけてくるだろう。つまり、沖縄を切り捨てれば本土は平和のままだという餌で釣れば、日本の世論を二分できるからだ。
 台湾との戦局が悪化した時に中国が沖縄基地攻撃を行う可能性ももちろんある。ただ、この場合沖縄の人達も中国の脅威を現実的なものとして認識することになるから、中国に吸収されても良いことはないというのはわかることになる。
 最悪なのは、そこで日本が本土に戦火が及ぶことを恐れて沖縄を切り捨てる選択することだ。こうした裏切りは千年の禍根を残すことになる。逆に言えば、中国側は沖縄を差し出せば日本が安全であるかのような情報工作を日本のメディアを通じて行って来る可能性が高い。

 沖縄は本来独立国であった。
 中国に朝貢してた頃は平和だった。
 琉球処分は日本の侵略だった。
 琉球人は日本人によって長年差別を受け続けてきて、今でもそれを恨んでいる。
 太平洋戦争の時に沖縄だけが戦場になったのも、日本政府の悪意によるものだったし、日本軍が積極的に虐殺に加担していた。
 琉球人と日本人は本来相容れるものではない。

 こうしたプロパガンダの積み重ねは、左翼の間にはとっくに浸透しているが、保守の間にはほとんど効いてない。さて、保守を分断させるにはどういうプロパガンダが効果的か。多分もうすぐわかると思う。

2024年8月27日火曜日

  ジョン・レノンが「イマジン」という曲をリリースしたのは1971年のことで、既に半世紀以上前のこととなる。

 あの頃は国境のない世界というのはイマジネーションの中の世界のもので、そこに戦争も争いごともない平和な世界を夢見ていた。

 だが半世紀たった今、実際には国境は無くなってないものの、世界中の人権団体が様々な形でその世界を実現しようとしてきた結果、様々な困難な現実も見えてきた。

 そもそも国境がないということは、軍隊が自由にどこの国にでも行けるということになる。実際ロシアはウクライナを侵略したし、返り討ちに合ってひどい目にあってるもののハマスもイスラエルに侵攻した。

 そして、国際世論は決して一致団結して侵略にノーということはなく、それぞれの立場から意見はバラバラに分かれていった。

 国境を自由に越えられるのは軍隊ばかりではない。犯罪者もまた同じだ。移民や難民を装った不法入国者が世界の治安に恐怖を与えている。

 国境がないということは法律もまた国境を越えてくる。イスラム原理主義者は居住する国の法律に従うこともなく、イスラム法に従う。

 明文化された法律だけでなく、様々な国の慣習法も国境を越えて、一つの地域に複数の法律が併存する状態になった。これでは何が犯罪なのか人によって解釈が異なり、事実上の無法状態に陥ってる。

 喩えて言えば、車が右を走ったっていいじゃないか、俺の国ではそうなんだ、ってことで道路が無秩序になるようなもので、別にそのせいというわけではないけど、最近は逆走する車が多い。

 ひとたび無法状態に陥ると、暴力が社会を支配する。

 昔は任侠と呼ばれるような人たちがいて、非力なものはそれに頼って生活していたが、いまは人権団体が任侠の代りになっている。彼らも国の法律を尊重せずに、独自の価値観で暴力的な実力行使を繰り返して、社会に恐怖を与えているが、同時に弱者はそれに頼って生活している。

 パリオリンピックでもジョン・レノンの「イマジン」が流れていたが、国境のない世界の現実はもうかなり具体的にイメージできるようになっている。そこは結局秩序の破壊され、暴力が支配する世界なのは明らかだ。国が暴力を抑えてくれないなら、誰がその暴力を抑えるというのか。


 Imagine there's no countries

 殺人は野放しで取り締まる理由もないし

 死んでも宗教的な救済もない

 Imagine all the people

 混沌の中に生きてることを


 ハリスがアメリカの大統領になることで、この世界は完成に近づいてゆくことだろう。