2022年6月1日水曜日

 さて、旧暦の五月に入ったという所で、『阿羅野』の発句の「仲夏」を読んでいこうと思う。

 宵の間は笹にみだるる蛍かな   元輔

 元輔は室町時代の連歌師桜井基佐(さくらいもとすけ)だという。
 宗祇の時代の人で、『新撰菟玖波集』に一句も入集しなかったことから、

 足のうて登りかねたる筑波山
     和歌の道には達者なれども

の狂歌を詠んだことで知られている。
 連歌会(れんがえ)は会場の確保から料理や賞品の準備、そして遠くから連歌師を呼ぶその旅費や宿泊費など、かなり金のかかるイベントだったのは確かだろう。
 また、島津忠夫さんのネット上の「あしなうてのぼりかねたる筑波山─基佐・宗祇確執をめぐって─」によると、この狂歌の初出が『新撰菟玖波集』から百年後の文禄(一五九二年~一五九六年)の頃の『遠近草』だというから、本当に元輔の歌だったかどうかは疑わしい。
 長享元年(一四八七年)の『人鏡論』に、近江守の

 あしなくて登りかねたる位山
     弓矢の道は達者なれども

の歌があるという。
 句の方は特に俳諧的な要素はなく、連歌発句と見ていいだろう。笹に乱れる蛍は、

 小笹原篠に乱れて飛ぶ蛍
     今幾夜とか秋を待つらむ
              土御門院(続拾遺集)

の歌がある。
 「宵の間」も、

 宵の間もはかなく見ゆる夏虫に
     迷ひまされる恋もするかな
              紀友則(古今集)

の用例がある。この二つを合わせて宵の間に乱れ飛ぶ蛍に恋の情を添えている。

 刈草の馬屋に光るほたるかな   一髪

 刈草の蛍は、

 刈りて干す浅香の沼の草の上に
     かつみたるるは蛍なりけり
              二条為氏(続千載集)
 秋風をみつのみまきの真菰草
     刈りにもつけて行く蛍かな
              藤原知家(建保名所百首)

などの歌がある。名所の歌ではなく、どこにでもある馬屋の刈草の蛍とするところに俳諧がある。

 窓くらき障子をのぼる蛍哉    不交

 「蛍の光窓の雪」という近代の唱歌もあるが、いわゆる蛍雪の功ということで、蛍に窓は縁がある。和歌にも、

 草深き窓の蛍はかけきえて
     明くる色ある野辺のしらつゆ
              飛鳥井雅有(玉葉集)
 心あらば窓の蛍も身を照らせ
     あつむる人の数ならずとも
              惟宗光吉(風雅集)

などの歌がある。
 窓に集まる蛍は学問にいそしむ者の窓を連想させるものだが、ここでは暗い障子の一点の蛍の光とする。

 闇きよりくらき人呼蛍かな    風笛

 「闇きよりくらき」は、

   性空上人のもとに、よみてつかはしける
 暗きより暗き道にぞ入りぬべき
     遥に照せ山のはの月
              和泉式部(拾遺集)
 暗きより暗きになほや迷はまし
     衣のうらの玉なかりせば
              権大僧都源信(続後撰集)

などの歌があり、無明の闇の心として釈教歌に詠まれる。
 ここでは蛍船など、蛍見物の船に人が集まるのを見て、無明の闇に彷徨う人がこんなにいるのか、といったところか。
 まあ、実際悟った人なんて滅多にいるもんではない。普通の人は少なからず無明の闇に彷徨うものだ。

 道細く追はれぬ沢の蛍かな    青江

 蛍は和歌には道に光を灯すものとしても詠まれている。

 道の辺の蛍ばかりをしるべにて
     一人ぞいづる夕闇の空
              寂然(新古今集)
 灯し欠つ光を見るはあはれなり
     荒れにし道の蛍なれども
              藤原俊成(夫木抄)

などの歌がある。
 蛍が導いてくれるというのに、沢の蛍の灯す道は細すぎて辿ることができない。

 あめの夜は下ばかり行蛍かな   含呫

 雨の夜の蛍は高く飛ぶこともなく、草の陰にじっとしてたりする。
 雨の蛍は、

 降る雨の篠に露散る草叢に
     いかに燃ゆれば消えぬ蛍火
              貞成親王(沙玉集)

などの歌がある。

 くさかりの袖より出るほたる哉  卜枝

 蛍は草に棲むものなので、草を刈ると袖に蛍が入る。

 水汲て濡たる袖のほたるかな   鷗歩

 蛍は恋の燃える思いで、悲恋に袖を濡らすものだが、別に悲しいのではなく水を汲んだ時に袖が濡れただけ、という落ちになる。

2022年5月31日火曜日

 そういえば昨日から旧暦では五月だった。五月雨の季節。
 かつてはある程度経済成長を遂げた国は民主化の方向に向かうとされていたが、今は至る所で民主化を達成した国がその後の経済の伸び悩みから、独裁帰りする事例が増えている。ロシアもその典型だし、トルコもその後に続こうとしている。大統領権限の強化という形で、徐々に議会を停止してゆくパターンもあれば、ミャンマーのようなクーデターで逆行するケースもある。
 経済が緩やかだが順調に成長していても、先進国のイノベーションの速度について行けなくて、相対的に経済が後退しているかのような錯覚を起こすのだろう。ただその「相対的貧困」に騙されてしまうと、そのうち絶対的貧困にまで後退してゆく危険がある。
 独裁帰りを防ぐには、先進技術を囲い込まずに解放する必要がある。これは企業の側の問題になる。
 一方では知的所有権の壁が技術転移を妨げ、もう一方では国家ぐるみで技術を盗み出そうとしている独裁国家がある。
 あと、フェアトレードを国家ではなく市場の方でルール化する必要があるのではないかと思う。新しい資本主義は国家の目標ではなく、市場主導で世界共通ルールにしてゆく必要がある。
 国ごとにルールが異なると、その国家の政策によって有利不利ができてしまい、政策を誤った国が独裁帰りする危険もある。
 知的所有権の問題は難しいが、根本的なルールの再編が必要なように思える。コロナワクチンでも知的所有権が壁になって、先進国でワクチンが余り、フロンティア諸国で不足する事態になった。
 経済成長は長距離走と一緒で、距離が長くなればなるほどトップとビリとの差が開いて行く。そこで前を走ってる奴を力づくで転ばしてやろうと、その発想が独裁を生み出す。そうなるまえに後ろを走っている選手にローラースケートを履かせることも考えなくてはならない。
 国家ではなく市場がそれを援助してゆく必要がある。将来のお得意さんや良きビジネスパートナーを育てることは、必ず利益になる。

 それでは「月に柄を」の巻の続き、挙句まで。

 二十五句目。

   また献立のみなちがひけり
 灯台の油こぼして押かくし    傘下

 灯台は背の高い足のついた油を入れて火を灯す皿で、そこに燈芯を置いて火をつける。「灯台下暗し」というのは、この灯台の真下が皿の陰になって暗いという意味で、海の灯台のことではないというのは、トリビアとしてよく話題になる。
 まあ、うっかりこの灯台にぶつかったりすれば、当然油がこぼれる。それを掃除してたりしたら時間を取ってしまって、献立を変更することになった、ということか。
 二十六句目。

   灯台の油こぼして押かくし
 臼をおこせばきりぎりす飛    越人

 こぼした灯台の油の後始末に臼を動かせば、コオロギが飛び出してくる。
 二十七句目。

   臼をおこせばきりぎりす飛
 ふく風にゑのころぐさのふらふらと 越人

 エノコログサは猫じゃらしとも言う。猫ではなく、飛び出してきたのはコオロギだった。
 あるいは猫がじゃれついたのでコオロギがびっくりして飛び出したという、「猫」の「抜け」か。
 二十八句目。

   ふく風にゑのころぐさのふらふらと
 半はこはす築やまの秋      傘下

 庭の改修で築山を半分突き崩すと、そこに生えていたエノコログサが転がってふらふら揺れる。
 二十九句目。

   半はこはす築やまの秋
 むつむつと月みる顔の親に似て  傘下

 「むつむつ」はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「むつむつ」の解説」に、

 「① =むっつり(一)①
  ※俳諧・更科紀行(1688‐89)「六十許の道心の僧、おもしろげもおかしげもあらず、ただむつむつとしたるが」
  ② =むっちり(一)①
  ※俳諧・類船集(1676)恵「少人のむつむつとこえたるにゑくほのあるはあいらし」

とある。①の方の意味になる。
 俳諧の祖の宗鑑の句に、

   切りたくもあり切りたくもなし
 さやかなる月をかくせる花の枝

というのがあったが、これもそのパターンで、築山が邪魔で月がよく見えないからというので半分壊してみたが、今度は庭が面白くない。
 まあ、それだけのネタに終わらせずに、二代揃ってこういう人だったという落ちを付ける。
 三十句目。

   むつむつと月みる顔の親に似て
 人の請にはたつこともなし    傘下

 請は「うけ」とルビがあり、かなり多義な言葉で、コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「受・請・承」の解説」に、

 「① 相手の動作や働きかけに反応を示すこと。
  (イ) 相手の要求、命令、申し出などを承諾すること。引き受けること。
  ※承応版狭衣物語(1069‐77頃か)一「え否むまじうて、忽ちのうけはせねど〈略〉など契りけるに」
  ※今昔(1120頃か)一六「云はむ事、請(うけ)有て聞け」
  (ロ) 競技、ゲーム、闘技などで、相手の攻撃を防御すること。また、する人。「攻めと受け」「受けにまわる」
  (ハ) 歌舞伎十八番の「暫(しばらく)」で、花道からのせりふを舞台の二重(にじゅう)にいて受けとる公家悪(くげあく)の敵役の通称。
  ※雑俳・柳多留‐二五(1794)「美しいうけで国からしばらくウ」
  (ニ) 能楽、または長唄の囃子(はやし)で、大鼓(おおつづみ)、小鼓、太鼓の打ち方の名称。受頭(うけがしら)、受三地(うけみつじ)、受走(うけばしり)など。
  (ホ) 旅芝居などで、町触れの太鼓が帰ってきたとき、小屋で待ち受けてたたく大太鼓の称。
  (ヘ) 注文をうけること。〔模範新語通語大辞典(1919)〕
  ② 世間の評判。おもわく。受け取られ方。
  (イ) 世間の評判。人望。特に演劇で観客の反響をいうことがある。
  ※浮世草子・当世芝居気質(1777)一「太夫は声にはよらぬ。見物のうけばっかりをあぢいれ」
  (ロ) 相手に与える感じと相手の反応。もてなし。待遇。あしらい。態度。
  ※浄瑠璃・躾方武士鑑(1772)八「浪人じゃと云と、強(きつ)い茶屋の受けが違ふて」
  (ハ) 相手の意向などの理解のしかた。さとりかた。
  ※人情本・春色梅児誉美(1832‐33)初「土瓶をとって『これか』『アレサどふも請(ウケ)のわりい』『ヲットしゃうちだ』ト、そばにある燗徳利をとり」
  ③ 物を受け取ること。他人から、なにかを手に入れること。受け取り。
  ※碓井小三郎氏所蔵文書‐永仁三年(1295)五月三〇日・松王法師供米請取状「請 一切経御供米事。合玖斗者。右、去年八月分、法印信顕所レ請之状如レ件」
  ④ 物を受けたり支えたりするもの。
  (イ) 物を受け入れる設備。「新聞受け」「郵便受け」
  (ロ) 支えるもの。つっぱり。「棚の受け」
  (ハ) 立花(りっか)で、心(しん)、副などの枝に対して、低く横に出て全体の釣り合いをとる枝。うけえだ。
  ※立花秘伝抄(1688)四「往昔花を指初るに法式有、いはゆる心、正心、副、請、見越、流枝、前置、〈略〉是を七ツ枝と名付」
  ⑤ 相対すること。ある方向に面すること。また、面している部分。多く造語要素のように用いられる。
  (イ) 能の演技の型で、正面、または、ある方向に体を向けている者が、他の方向に向きを変えること。左受(ひだりうけ)、隅受(すみうけ)、脇正受(わきしょううけ)、脇座受(わきざうけ)など。
  (ロ) 建造物などで、ある方向に向いている部分。
  ※浄瑠璃・冥途の飛脚(1711頃)下「にしうけのたけれんじ、ほうぐしゃうじをほそめにあけて」
  ⑥ 代価を償って、一定の拘束をうけていた人や品物を引き取ること。
  ※歌舞伎・時桔梗出世請状(1808)二幕「殊の外質屋は忙がしうござりまする。〈略〉二朱一本の兜を持って来ましたが、これは受けになりますかえ」
  ⑦ 保証すること。特に、貸借関係や身もとの保証をすること。また、保証する人。保証人。うけにん。〔日葡辞書(1603‐04)〕
  ⑧ 請け負うこと。
  (イ) 中世、地頭、名主などが領主への年貢納入を請け負うこと。地頭請、守護請、地下請、百姓請などがある。
  (ロ) 江戸時代、新田の開墾をするときに、請け負ってその土地を借り受けること。村が借り受けるときは「何々村受」と称し、個人の場合は「何々受」とした。
  (ハ) =うけあい(請合)(一)②
  ※試みの岸(1969‐72)〈小川国夫〉「日当は元通りでいい、〈略〉一円五十銭でもいいな。請(ウ)けで行くんなら、四十三円と」

とある。
 多義の言葉は次の句での取り成しもあるので、一応全部掲げておく。ここでは『芭蕉七部集』の中村注にある通り、⑦の意味であろう。
 まあ、安易に人の保証人なんかになってはいけない。
 請人はコトバンクの「ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説」に、

 「鎌倉,室町時代の荘園において,地頭,荘官らが一定額の年貢納入を荘園領主に対して請負う場合 (→請所 ) ,請負う側のものを請人といった。また,中世,近世における保証人を請人と称した。中世における請人は,債務者の逃亡,死亡の場合に弁償の義務を負い,債務者の債務不履行の場合にも,請人に弁償させるためには保証文書にその旨を記載する必要があった。近世における請人は,人請,地請,店請,金請などの場合が主であったが,金請の場合中世とは異なり,債務者の債務不履行の場合当然に弁償の義務を負い,債務者の死失 (死亡) の際に請人に弁償させるためには債務証書にその旨を記載する必要があった。しかし,宝永1 (1704) 年以降,死失文言の有無にかかわらず,債務者死失のときも請人が弁償すべきものとされた。」

とある。この時代の請人は死失 (死亡) の際のことについての記載がなければ補償義務はなかった。ってことは、いざとなったら殺せばいいということか。
 また、延宝五年の「あら何共なや」の巻九十二句目に、

   走り込追手㒵なる波の月
 すは請人か芦の穂の声      信章

の句があるように、近代みたいな自力救済の禁止がなかったので、債務者を追っかけて締め上げるくらいのことはできた。
 二裏、三十一句目。

   人の請にはたつこともなし
 にぎはしく瓜や苴やを荷ひ込   傘下

 苴は「あさ」とルビがある。この場合は②の意味で「荷受け」であろう。自分の所の荷物だけをさっさと受け取って運び込む。
 三十二句目。

   にぎはしく瓜や苴やを荷ひ込
 干せる畳のころぶ町中      越人

 荷物を背負った人足が沢山通ると、一人くらいは干した畳にぶつかって倒して行くやつもいる。
 三十三句目。

   干せる畳のころぶ町中
 おろおろと小諸の宿の昼時分   傘下

 小諸宿は中山道の軽井沢の先の追分宿から北国街道に入った先にある。長野へと向かう途中になる。
 小諸と畳の縁はよくわからない。
 三十四句目。

   おろおろと小諸の宿の昼時分
 皆同音に申念仏         越人

 北国街道と言えば善光寺参りの人が多かったのだろう。善光寺には宗派がないので、どの宗派の人も集まってくる。念仏は共通の言葉か。
 三十五句目。

   皆同音に申念仏
 百万もくるひ所よ花の春     傘下

 謡曲『百万』は狂乱物で嵯峨の大念仏が舞台になる。

 「さん候この嵯峨の大念仏は、人の集まりにて候間、面白き事の数多御座候。中にもここに百万と申す女物狂の候が、われ等念仏を申せばもどかしいとあつて出でられ、おもしろう音頭を取り申され候。」(野上豊一郎. 解註謡曲全集 全六巻合冊(補訂版) (Kindle の位置No.42084-42093). Yamatouta e books. Kindle 版. )

とある。
 旧暦三月に行われるもので、謡曲でも、

 「雲に流るる大堰河、まことに浮世の嵯峨なれや。盛り過ぎ行く山桜・嵐の風松の尾・小倉の里の夕霞、立ちこそ続け小忌の袖、かざしぞ多き花衣、貴賤群集する・この寺の法ぞ尊き。」(野上豊一郎. 解註謡曲全集 全六巻合冊(補訂版) (Kindle の位置No.42276-42282). Yamatouta e books. Kindle 版. )

と季節の描写が入っている。「盛り過ぎ行く山桜」で花の春となる。
 挙句。

   百万もくるひ所よ花の春
 田楽きれてさくら淋しき     越人

 嵯峨大念仏のような大きな法会には、田楽の店なども並ぶものなのだろう。それも人があまりに多くてどこも売り切れだと、花見もやや寂しい。

2022年5月30日月曜日

 今日は朝の散歩でホトトギスの声を聞いた。去年は生田緑地だったが、今年は何でこんな所にというような普通の住宅地の道だった。
 今日の人権派の行き過ぎは、主に白紙説に基づく過剰な表現の規制、サピア=ウォーフ仮説による言葉狩りという非科学的なものによるもので、LGBTについてもきちんと科学的に扱うなら、今の日本は人口の増加圧がほとんどないと言ってもいいので人権思想は十分機能する。ただし、移民を無制限に受け入れるようなことをして人口増加圧が生じれば、その限りでない。
 あと、肉親、恋人、親友など特別な人を優先するのは差別ではない。これも間違ってはいけない。差別は個別的な優遇ではなく、人種、性別、宗教などのカテゴリーによる優遇をいう。
 日本人は創造説に拘泥されないし、また創造説の権威と戦わなくても良いというメリットがある。欧米よりも科学的な人権思想を作ることが可能だ。

 それでは「月に柄を」の巻の続き。

 十三句目。

   月の夕に釣瓶縄うつ
 喰ふ柿も又くふかきも皆渋し   傘下

 貧乏くじを引く人は、柿もはずれてばかり。ただ、当時は甘柿は少なかったのかもしれない。干柿にして渋を抜いて食う方が多かったのだろう。
 明治の頃に正岡子規は、

 柿の実の渋きもありぬ柿の実の
     甘きもありぬ渋きぞうまき
              正岡子規

の歌を詠んでいる。
 十四句目。

   喰ふ柿も又くふかきも皆渋し
 秋のけしきの畑みる客      越人

 人里離れた所の草庵を尋ねてきた人か。畑をみながら、こんなところで渋柿を食って暮らしているのかと感慨にふける。

   源清雅、九月はかりにさまかへて
   山てらに侍りけるを、人のとひて侍りける
   返ことせよと申し侍りけれは、よみてつかはしける
 おもひやれならはぬ山にすみ染の
     袖につゆおく秋のけしきを
              源通清(千載集)

の心か。
 十五句目。

   秋のけしきの畑みる客
 わがままにいつか此世を背くべき 越人

 いつかは遁世しようと、その予定の場所を内見に行く。
 十六句目。

   わがままにいつか此世を背くべき
 寝ながら書か文字のゆがむ戸   傘下

 前句の「背く」を文字通り背を向けるとして、うつ伏せに寝そべって戸の下の方に文字を書く様とする。
 壁の下の方の「腰張」は、落書きなどよく物を書き付けたりしたのだろう。元禄二年の山中三吟九句目に、

    遊女四五人田舎わたらひ
 落書に恋しき君が名もありて   芭蕉

の句の初案は「こしはりに恋しき君が名もありて」だったという。
 腰張だけでは足りず、戸の下の方にも書き付けたか。  
 十七句目。

   寝ながら書か文字のゆがむ戸
 花の賀にこらへかねたる涙落つ  傘下

 花の賀というと『伊勢物語』第二十九段に、

 「むかし、春宮の女御の御方の花の賀に召しあづけられたりけるに、

 花にあかぬ嘆きはいつもせしかども
     今日の今宵に似る時はなし」

とある。在原業平との恋を引き裂かれた高子の嘆きとされている。
 泣き伏せてこの歌を書いたということか。
 十八句目。

   花の賀にこらへかねたる涙落つ
 着ものの糊のこはき春かぜ    越人

 花の賀に出席するために、糊の利きすぎた着心地の悪い着物を着せられる。涙。
 二裏、十九句目。

   着ものの糊のこはき春かぜ
 うち群て浦の苫屋の塩干見よ   越人

 浦の苫屋というと、すっかりよれよれになった着物の流人や海女の袖を濡らすのが連想される。いつもパリッと糊を利かせた着物を着ているお偉いさんも、時にはそういう気分になってくれ、ということか。
 二十句目。

   うち群て浦の苫屋の塩干見よ
 内へはいりてなをほゆる犬    傘下

 野犬の群れに吠えたてられて、浦の苫屋に避難するが、そとでずっと吠え続けてなかなか立ち去らない。
 生類憐みの令で、当時野犬の増加が問題になっていたか。
 二十一句目。

   内へはいりてなをほゆる犬
 酔ざめの水の飲たき比なれや   傘下

 酔っ払って喉が渇いて、ちょっと水を飲もうと外に出ようとすると犬に吠えられる。
 二十二句目。

   酔ざめの水の飲たき比なれや
 ただしづかなる雨の降出し    越人

 水を飲みに行こうとしたら雨が降り出す。
 二十三句目。

   ただしづかなる雨の降出し
 歌あはせ独鈷鎌首まいらるる   越人

 独鈷鎌首はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「独鈷鎌首」の解説」に、

 「〘名〙 (六百番歌合のとき、僧顕昭が独鈷を手に持ち、僧寂蓮が首を鎌首のようにもたげて論争したのを、左大将藤原良経家の女房たちが「例の独鈷鎌首」とあだ名したというところから) 議論ずきの歌人をいう。
  ※井蛙抄(1362‐64頃)六「殿中の女房、例の独古かまくびと名付られけりと云々」

とある。
 後に蕪村は、

 独鈷鎌首水かけ論の蛙かな    蕪村

の句を詠んでいる。蛙を歌詠みとする発想は、一見貞門の発句かという感じがする。
 越人の句も、静かな雨夜に歌というと何となく蛙を連想させる。あと一歩で蕪村の発句を先取りできたかも。
 二十四句目。

   歌あはせ独鈷鎌首まいらるる
 また献立のみなちがひけり    傘下

 歌で議論しているのかと思ったら、歌会の席の献立の議論だった。
 今でも目玉焼きは醤油かソースかだとか、唐揚げにレモンを絞るかどうかだとか、酢豚にパイナップルは必要かどうかだとか、料理の事となると熱い議論が交わされる。

2022年5月29日日曜日

 世界の平和を維持するシステムを考える場合、まず国連がなぜ失敗したかから考えてゆく必要があるだろう。
 国連というシステムをどう手直しするかではなく、もっと根底からの問いが必要なように思える。
 基本的には国家と国家の争いを鎮めるには、すべての国家を包括する上位組織を作ればいいというのは、いかにも誰でも思いつきそうな発想だが、そこにまず落とし穴がないかを考える必要がある。
 先ず、近代社会の根底にある「万人の万人に対する戦い」という発想があり、これを調停するのは、それを制御する上位の組織、つまり国家を必要する、というのがあった。国連はその延長線上で、国家と国家もまた「すべての国家のすべての国家に対するリバイアサンの戦い」があるという前提に立ち、そこで上位組織として国連を作ったら?となったわけだ。
 まず、自然状態において、「万人の万人に対する戦い」は起きない。これ自体が近代哲学の最大の妄想だった。あるのはシンプルな生存競争だけだった。生存競争は子孫を残す戦いであり、その目的さえ達成できるなら必要以上に争うことはない。
 人間以外の多くの動物は順位制社会でそれを解消している。生存競争は有限な大地に無限の生命は不可能という単純な理由で、一定の定員を維持するための戦いだ。多くの生物は単純に「強い者に優先権がある」という所で生きている。
 互いの強弱を量るのに、相手を殺すまで戦う必要はない。戦ってみてどっちが優勢かが判明すれば、そこで戦いは終わる。これはしばしば「儀礼的闘争」と言われるくらい簡略化される。
 そして、一度優先順位がはっきりしたら、負けたものは生活に必要ななわばりを持つことができず、放浪の果てに野垂れ死にするだけだった。その多くは肉食獣の餌食となって行く。
 多くの動物はフィジカルな強さで大まかな順位が決まる。ただ、知能が発達するにつれ、強い相手でも二人がかりなら倒せることが分かり、仲間を作ることが生存競争の役に立つことが分かって来る。
 そして人類に至っては大勢でかかればどんな強い相手でも倒せることと、石器で寝込みを襲えば単独でも強い奴を倒せることを知ってしまう。そこから人類はフィジカルな強さを誇示する争いをやめ、より多くの仲間を作り、数で圧倒する戦略を取るようになった。人類の生存競争は多数派工作の戦いで、仲間外れになったものが淘汰されることとなった。
 人間はこの中で仲間への優しさを獲得すると同時に、仲間でない者に対しての残虐さも同時に獲得した。人類にとって普遍的に存在するのは、万人の万人に対する戦いではなく、仲間の中で誰を排除するかを廻る排除のための戦いだった。
 この排除が闇雲に行われないようにするには、ルールが必要だった。そこで生存権に序列を付ける厳格なルールが作られ、排除もまたルールに沿って厳格に行われることで、無用な争いを避けるようになった。このルールは神話に於いて、神や天の名に於いて絶対化されていった。
 ただ、それは合理的な根拠に基づくものではなく、あくまで任意に作りうるものであるため、様々な民族独自のルールが作られ、様々な宗教が作られることとなった。
 個人と個人の争いは同一ルール内での誰が真に排除されるべきかをめぐる掟の解釈の争いの範囲に留まる。だが、異なる民族同士の争いは共通の規範を欠いている。そのため、民族と民族の争いは殲滅戦になることも珍しいことではなかった。
 西洋近代が生み出した近代国家観は、こうした過去の掟の神秘的な支配を終わらせ、万人平等の名のもとに新たなルールを再編する中から生まれた。しかし、社会はこれまで通り多産多死の状態が続き、常に人口の増加圧にさらされている状態で人権の優先順位を撤廃したらどういうことになるか。そこで起きたのは飢餓か侵略かの究極の選択だった。
 事実西洋人は瞬く間に全世界を植民地化し、新大陸の先住民族を瞬く間に駆逐していった。
 「万人の万人に対する戦い」は平等な個人を前提とした一つの仮説であり、現実には生存権に優先順位を付けることで争いを回避してきた。この優先順位が乱れて無視され、秩序を逸した時に初めて「万人の万人に対する戦い」の状態が生じる。
 ただ、ヨーロッパ社会でもそんなに急に古い秩序が壊れたわけではなかった。特に同性愛者の排除などはかなり後まで残った。それに加えて侵略と植民地化の歴史は、人種差別を生み出していった。
 人類は皆平等なのに、なぜある種の人間は排除され殺されたり奴隷にされたりするのか。レイシズムはそこから生まれた。人類ではないから平等の範疇に入らない。それが答えだった。
 さて、西洋の近代社会は、一つの仮説としての「万人の万人に対する戦い」を回避するために、社会契約による国家という概念を作り出した。
 国連の理想もまた、諸国家を一種の法人格とみなし、放置すると「万国の万国に対する戦い」になるということで、社会契約において国家の上位組織を作るという発想だったと思う。仮説の上に仮説を重ねた形だ。カントの『恒久平和のために』も基本的にこの延長線上にあったと思う。
 ただ、民主主義国家ですら、平等な個人というのは一つの理想であり、相変わらず古い掟が残存し、差別や迫害が続く現実との間に大きなギャップがあった。
 国連もまたその誕生時点で、第二次世界大戦の戦勝国によって作り上げられた「連合国=国連」であり、常任理事国は戦勝国によって独占されている。いわば、第二次大戦終了時の序列がそのまま反映されている。
 あの時点ではまだ東西の勢力は伯仲し、均衡が保たれていた。それがやがて西側の資本主義諸国が高度成長を遂げ、東側の社会主義陣営が経済的に取り残されて行くこととなった。
 建前としての平等に対し、現実は大きな格差を持つ者が同じ国連に同居している。
 それに加えて、戦後かつての植民地の多くが独立してゆき、数の点では非西洋圏の国家が圧倒的に優位に立った。その多くは多産多死の状態から抜けられないまま、民主化がなかなか進まず、自ずと独裁国家群を形成することになった。
 国連内部はその理想に反して独裁国家群が大きな力を持っていながら、何とか本来の理想を維持できたのは、多国籍軍による軍事制裁という暴力装置が存在したからだ。これには先進諸国でもいろいろ批判はあったが、世界中にある独裁国家の侵略戦争を防ぐには必要なことだった。
 ロシアのウクライナ侵略は、多国籍軍の弱体化の隙をついて行われたといっていい。事実米軍もNATOも動かなかった。
 たとえこの戦争でロシアが勝利したとしても、むしろなまじっか勝利したならと言った方が良いが、ロシアはグローバル市場経済から取り残されたまま、経済格差は決定的なものになって行く。
 同じようにロシアに追随して侵略戦争を行う国が出てきたとしても、領土は広がったが生活は貧しくなるという状態になる。グローバル市場の恩恵を放棄して戦争を起こしたのだから、この帰結は当然のことだ。独裁国家が勝てば勝つほど、世界は貧しくなり、前近代の多産多死社会に逆戻りしてゆく。
 このシナリオには基本的に希望はない。人類の衰退以外の何ももたらさない。行き着く果ては猿の惑星だ。
 かつての人権思想が見切り発車して、地球レベルでの植民地争奪戦を引き起こしたように、国連もまた明らかに見切り発車だったことに気付くべきだろう。
 今できることはというと、まずグローバル市場経済をとにかく死守することだ。そのためには自由主義諸国だけで、市場経済を壊す恐れのある独裁国家を排除した状態で、集団防衛体制を作らなくてはならない。NATOは残念ながらトルコを何とかしないと、最後まで足を引っ張られる可能性がある。
 国連の再建は独裁国家群が十分に弱体化してから始めなくてはならない。そうでないと、国連再建案は結局悉く独裁国家群によって潰されることになる。
 旧社会主義者と独裁国家が手を組んでいる限り、豊かで平和な未来は見えない。ロシアはまさにその象徴だ。
 基本的に人権思想が少産少死の民主社会が達成された時には十分機能するように(昨今は過剰が問題だが)、国連も世界中がそうなったときには十分機能する。その時はおそらく核兵器禁止条約も機能すると思う。要するにみんな早すぎただけだ。条件が整わないうちに見切り発車しただけなので、今は再建よりも保留の方が良い。

 それでは「月に柄を」の巻の続き。

 第三。

   蚊のおるばかり夏の夜の疵
 とつくりを誰が置かへてころぶらん 傘下

 前句の疵を転んで怪我した疵とする。
 四句目。

   とつくりを誰が置かへてころぶらん
 おもひがけなきかぜふきのそら  傘下

 転んで仰向けに倒れれば思いがけず空が見える。
 五句目。

   おもひがけなきかぜふきのそら
 真木柱つかへおさへてよりかかり 越人

 「つかへ」は胸の詰まりで、風に吹かれて冷えて心臓発作を起こし、真木柱に寄りかかる。
 六句目。

   真木柱つかへおさへてよりかかり
 使の者に返事またする      越人

 これは『源氏物語』の蓬生巻であろう。大弐の奥方が蓬の生い茂る末摘花の家にやって来た時、門を開けようとすると、左右の戸が倒れて来る。前句を真木柱をつっかえ棒にして寄りかかって、倒れるのを防ぐ様とする。
 ここで末摘花を連れ出そうとするが、末摘花はそれを拒み、長年いっしょだった侍従だけを連れて行くが、その間誰かが門を抑えて待っていたのかもしれない。
 初裏、七句目。

   使の者に返事またする
 あれこれと猫の子を選るさまざまに 執筆

 使いの者は猫を引き取りに来たが、どの猫をしようか迷う。
 黄庭堅の「乞猫」という詩に、

 秋來鼠輩欺猫死 窺翁翻盆攪夜眠
 聞道狸奴將數子 買魚穿柳聘銜蟬

 秋が来て鼠たちが猫が死んでこれ幸いと、
 甕を窺いお盆をひっくり返し夜の眠りを攪乱す。
 聞く所によると狸の奴に子どもが数匹いるというので、
 魚を買い柳の枝に差して銜蟬を召喚す。

とある。
 「銜蟬」は伝説の猫で鼠捕りの名人だったという。それを選び出すのに手こずっているのか。
 八句目。

   あれこれと猫の子を選るさまざまに
 としたくるまであほう也けり   傘下

 「としたくる」は年齢を重ねるという意味で、年をとってもアホやねん、ということ。この年になって猫を真剣に選んでいて、何やってるんだというところか。
 九句目。

   としたくるまであほう也けり
 どこでやら手の筋見せて物思ひ  傘下

 手の筋はコトバンクの「精選版 日本国語大辞典「手の筋」の解説」に、

 「① 手の皮膚を通して見える血脈。あおすじ。
  ② てのひらについているすじ。てのひらにあらわれた紋理。手相。てすじ。てのあや。
  ※俳諧・西鶴大矢数(1681)第九「千貫目親のつたはり穐の月〈西道〉 よい事計手の筋の蔦〈西伝〉」
  ③ ②を見て、運勢吉凶を判断する人。手相見。また転じて、相手の身の上についてうまく言いあてること。
  ※歌舞伎・勧善懲悪覗機関(村井長庵)(1862)序幕「とてもの事に手の筋と言ひたい程に当てられたが」
  ④ 文字の書きざま。また、文字を書く巧拙の性分(しょうぶん)。
  ※蜻蛉(974頃)下「陸奥紙にてひき結びたる文の〈略〉みれば、心つきなき人のてのすぢにいとようにたり」

とある。①の意味で、自分の手を見ながら年取ったなと物思いに耽る。相変わらず恋に苦労してアホやな、というところか。
 十句目。

   どこでやら手の筋見せて物思ひ
 まみおもたげに泣はらすかほ   越人

 泣きはらして目の周りが腫れたから、瞼(まみ)が重たく感じる。前句の「物思ひ」を受けて、その様を付ける。
 十一句目。

   まみおもたげに泣はらすかほ
 大勢の人に法華をこなされて   越人

 「こなす」はいろいろな意味があるが、コトバンクの「精選版 日本国語大辞典「熟」の解説」の、

 「[二] 上位に立って他を思いのままに扱う。
  ① 思いのままに自由に扱う。与えられた仕事、問題をうまく処理する。
  ※説経節・さんせう太夫(与七郎正本)(1640頃)上「きをば一ぽんきりたるが、こなすほうをしらずして、もとをもっておひきあれば」
  ※人情本・春色辰巳園(1833‐35)初「色の世界のならひとて、〈略〉男をこなす取まはし」
  ② 思うままに処分する。片づける。征服する。
  ※両足院本山谷抄(1500頃)一「艸枯時分に夷をこないてくれうと思ぞ」
  ③ 見くだす。軽蔑する。軽く扱う。
  ※土井本周易抄(1477)一「上なる物は負くるもやすいぞ。下なる者は一度あやまりしたれば、取てかへされぬぞ。こなさるる程にぞ」
  ※人情本・春色梅児誉美(1832‐33)三「元主人の娘のおめへを、あんまりこなした仕打だから」
  ④ いじめる。ひどい目にあわせる。苦しめる。〔観智院本名義抄(1241)〕
  ※虎明本狂言・右近左近(室町末‐近世初)「おのれはなぜにさんざんに身共をこなすぞ」

の意味であろう。「けなされて」に近いか。
 どういう状況なのかよくわからないが法難のことか。
 十二句目。

   大勢の人に法華をこなされて
 月の夕に釣瓶縄うつ       傘下

 人が月見で浮かれている時に、井戸の釣瓶の縄を打たされている。これもいじめか。

2022年5月28日土曜日

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 ウイグルのことが今の状況だとどうしてもウクライナの陰に隠れてしまうけど、虐殺が続いていることには変わりない。
 ウクライナと違うのは、対戦車ミサイルを持って抵抗することすらできずに、やられっぱなしになっているということだ。
 中国に対抗できる軍隊もない。武器の支援を受けているわけでもない。でも、これが国際社会でまかり通るんだという前例を作ってしまえば、こうしたことはやがて世界中で起こるかもしれない。
 今のところ中国の動きは香港・台湾・それと小さな島以外で国境を越える動きはなく、逆に国境を越えて来ないから他所の国も手出しがしにくい状態にある。「内政干渉」という概念に守られてしまっている。
 北朝鮮のロケットマンも相変わらずだし、こうした国々に囲まれた日本の平和もすっかり黒い雲に覆われてしまっている。
 こうした中で今の平和な暮らしや子供たちの命を守っていかなくてはいけないと思ってはみても、ただひたすら平和を祈るだけという選択肢はもうないと言って良い。 少なくとも抵抗できるだけの力を持つべきなのか、無抵抗で外からの愛する人や子供たちが殺されていくのを黙って見ているべきなのか、我々は選ばなくてはいけない。
 世界平和の夢を再構築するには、独裁国家の暴走を止める実効性のある手段を持たなくてはならないが、今の状態では経済制裁も市民運動もあまりに無力だ。
 経済制裁は長期戦になれば戦費を枯渇させる効果はあるかもしれないが、初動のさいの抑止力にはならない。武力を伴わない丸腰の市民運動は、それぞれの国の政府の対応に影響を与えることはできても侵略国家の抑止力にはならない。
 概ね反戦運動は、参戦や武器供与に反対するもので、むしろ侵略国家を助けることになる。
 理想を言えば、それに代わる実行力のある方法を考えなければいけないのだが、いつになるかわからないので、緊急事態には間に合わない。
 特効薬の開発と対症療法とは別物で、それらは並行してやっていかなくてはならない。その二つの並立は矛盾するものではないので、あれかこれかの二者択一ではない。まして争うべき事案ではない。
 いずれにせよ、世界平和を願うなら、ウクライナ侵略とウイグルホロコーストを容認するな。これだけは言っておきたい。

 さて、そろそろ平常運転に戻るということで、『阿羅野』から、「月に柄を」の巻を読んでいこうと思う。
 俳諧や連歌の全句解説や、何々を「読む」のシリーズは、基本的には有料化せずに、鈴呂屋書庫の無料コンテンツに留めておこうと思う。
 さて、発句には前書きが付いている。

   月さしのぼる気色は、昼の暑さもなくなる
   おもしろさに、柄をさしたらばよき団(うちは)と、
   宗鑑法師の句をずむじ出すに、夏の夜の疵
   といふ、なを其跡もやまずつづきぬ
 月に柄をさしたらばよき団哉

 この句は俳諧の祖と言われる山崎宗鑑の句で、

 月かげの重なる山に入りぬれば
     今はたとへし扇をぞおもふ
              藤原基俊(新千載集)

 よそへつる扇の風やかよふらん
     涼しくすめる山のはの月
              洞院実雄(宝治百首)

など、しばしば夏の月が扇の風の涼しさに喩えられてきたのを受けてのもので、『芭蕉七部集』(中村俊定校注、一九六六、岩波文庫)の注は、

 夏の夜は光涼しく澄む月を
     我が物顔にうちわとぞ見る
              高松院右衛門祐(夫木抄)

の歌を引いている。
 山の端の月は山の谷の所に月がかかれば扇の形になるが、団扇ならそのまま中空の丸い形になる。
 その意味では題材として新しいものではなかったが、ただ比喩として喩えるのではなく、「柄をさしたらば」という所に俳諧がある。
 このことは『去来抄』修行教にも、

 「去来曰、不易の句は俳諧の体にして、いまだ一の物数寄なき句也。一時の物数寄なきゆへに古今に叶へり。譬ば、
 月に柄をさしたらばよき団哉   宗鑑」(岩波文庫『去来抄・三冊子・旅寝論』P,62)

とあり、「月を団扇に見立たるも物ずきならずや」という魯町の問いに「賦比興は俳諧のみに限らず、吟詠の自然也」と答えている。見立ては詩歌連俳の常で、それ自体が物数寄ではないと答えているが、月を団扇に見立てること自体も別に新しいことではなかった。
 「夏の夜の疵」というのは、

 夏の月蚊を疵にして五百両    其角

の句がある。この句は『五元集拾遺』にある句で、いつの句かはわからない。
 付け句がヒントになって発句が作られることは珍しいことではないので、多分次の越人の脇の方が先であろう。
 貞享四年の「ためつけて」の巻二十一句目に、

   釣瓶なければ水にとぎれて
 夕顔の軒にとり付久しさよ    越人

の句があるが、これなども、

 朝顔につるべとられてもらひ水  千代女

に先行する句となっている。
 その脇だが、

   月に柄をさしたらばよき団哉
 蚊のおるばかり夏の夜の疵    越人

 「春宵一刻値千金」を踏まえての「五百両」という発想に至らなかった分、損しているが、越人にはこういう「あと少し」の句が結構ある。

2022年5月27日金曜日

 ロシアはルハンシク州を死守する方針に切り替えたが。ここだけでも領土にできれば勝利だとして、戦果をアピールするつもりなんだろうな。逆に言えば、それだけは許してはいけないということだ。
 またロシアの宣伝やマス護美の印象操作で、ルハンシク州割譲で妥協せよみたいな降伏論が盛んになりそうだな。それを許すと、近いうちに北海道割譲論が出て来る。今が頑張りどころだ。ルハンシクすらも無理となったらロシア軍のお偉い方もさすがに心が折れる。(ルガンスクはロシア語なので用いないように。)
 領土の割譲というのは、相手国だけでなく、そこの住人との間に長年に渡って遺恨を残すことになる。実際、ロシアが攻めてきて、北海道の割譲で手を打てと言われたら、北海道に住んでいる人はどう思うか考えてみればいい。
 沖縄は割譲したわけではなくても、戦後長いことアメリカに占領されていて、やはり多くの遺恨を残している。
 それと、左翼連中は完全にウクライナから目をそらそうとしているな。AV禁止法はAV女優が賤業だという偏見によるもので、これは差別の問題であり人権問題だ。
 何が人間の尊厳かは他人がとやかく言うものではなく、それぞれ自分が決めるものだ。自分が決めた尊厳が脅かされたなら、それは人権侵害だ。マドンナさんも過去がスクープされた時に、胸を張って恥じるようなことは何もやってないって言った。
 本番AVというのは、もともと日本にはなかったもので、日活ロマンポルノもすべて演技だった。
 故武智鉄二監督が一九八一年に『白日夢』という映画を作った時に、「本番」ということで随分と話題になって、筆者もスケベ心で見に行ったけど、大したストーリーもなく、前半はほとんど今でいうAV(それもNTRもの)で、後半はよくわからないイメージ映像。どこに谷崎潤一郎がいたのやら。
 まあ、前半の本番AVがメインで、後半はそれを芸術っぽく偽装したというのが一番納得がいく。
 まあ、そうは言っても本番第二弾の『花魁』も見に行ったけどね。
 村西とおる監督が登場して世にAVブームが起きたのはその三年後になる。この頃日本でもようやく「本番」が定着した。
 あの頃は結構左翼の人が猥褻裁判に係わったりして、ポルノ解禁を主張していたのに、時代は変わったものだ。まあ、ポルノがサブカル(革命の方便なら低俗な作品も許されるという主張)の意義を失ったというのもあるのかな。使えない道具は切り捨てる、というところか。
 まあ、選挙でウクライナ問題や国家の防衛問題が争点になったら勝ち目がないと、自分たちもよくわかってるんだろうな。でも、これは男性票を失うし、女性だってそんなに馬鹿ではない。
 まあとにかく、日本も平和の夢にどっぷりつかってられる時代は終わった。いつ火の粉が降りかかってくるかわからない。この国の平和を守るために必要なのが火の粉に備えることなのか、それとも火の粉が飛んできても何があっても、ただ過去の罪の報いとじっと耐えて、滅びの日を待つことなのか、大きな選択に立たされている。

2022年5月26日木曜日

  侵略戦争に一つでもやったもん勝ちの前例を作ってしまったら、必ず真似する国が出てくる。世界はふたたび戦乱の時代となり、戦争が日常化する。ウクライナ戦争で領土の妥協は絶対にしてはならない。世界の国が力を合わせて取り戻す必要がある。


 「超訳『源氏物語』─とある女房のうわさ話─惨」をKindle ダイレクト・パブリッシングの方にアップしたのでよろしく。
 いざ原稿を手直ししようとすると、こんなに入力ミスが多かったのかと、改めて恥ずかしくなる。次の明石から関屋までは訳し終わっているので、ここで一区切りとして、この俳話も平常運転に戻そうかと思う。
 源氏の文章は誰の台詞かわかりにくいので、ちょっと大袈裟にキャラを作って、癖をつけてみている。

 多産多死社会での掟は任意なもので、文化が違えば掟も違う。ただ、日本にも確かに乱世と下克上の時代があったとはいえ、西洋にくらべれば平和だったのは、同性愛を完全には排除しなかったということも大きいのではないかと思う。
 同性愛は勿論異性愛と同等に扱われることはない。ただ、武家やお寺での衆道は黙認され、江戸時代初期には女歌舞伎と同様、売春を伴う衆道歌舞伎も存在していた。これはやがて禁止されることになったが、日本には同性愛そのものが死に値する犯罪だという考え方はなかった。
 同性愛条項は多産多死社会特有の、生存権に順位を付ける中から生じるもので、西洋では真っ先に剥奪されるべきものだったのに対し、日本ではむしろ人口調節に利用されたといってもいい。
 日本では、家督を継げない者がお寺に預けられることは普通の事だったが、このお寺で同性愛が容認されることで、破戒僧が幼女を誘拐するようなことを防ぐことができたのではないかと思う。
 幼女は別にそういう趣味とは関係なく、人口学的に意味があった。人口を抑制するのに最も効果的なのは処女を間引くことだったから、処女をいけにえに捧げる文化は世界中至る所に存在していた。
 単純な理由で、男は一人で無数の女を孕ませることができるから、男の数を減らしても人口の抑制にはならない。女を減らせば、それだけ生まれる子供の数を減らせる。それが男尊女卑の起源だということは人類学者のコリン・ターンブルが指摘していた。
 既に出産を終えた女性を間引いても意味がないので、間引かれるのは出産経験のない女性ということになる。前近代では十五で結婚というのがどこの国でも普通だったので、間引くのはそれより前ということになる。
  チベットでも修行のためと称して少女との性交を行っていた。オウム真理教の浅原彰晃がそれを真似たことは有名だ。
 『源氏物語』でも源氏の君が美少年に興味を抱いたり、兵部卿宮がそれっぽいことを考えてたりするあたりも、同性愛的な感情にそれほどタブーはなかったことが窺われる。特に女子の妄想の中では、今のBLとそれほど変わらないといっても良いのではないかと思う。その兵部卿宮が誘拐された娘に無関心だったのは、コリンターンブルの説から説明がつく。
 源氏の君の場合、女の子は入内させて皇子を生ませようだとか、勿体ないから自分で食べちゃおうだとか、かなりよこしまではあるものの、結果的にはそれが女の子を大切に扱うことになる。
 また浮気心から来る一夫多妻のハーレム生活も、一方では後ろ盾を失って困窮する女性の救済になっている。蓬生巻はそうした文脈で読むべきなのだろう。結果的によこしまな浮気心であっても、それが女性の救済になっている。このパラドックスが『源氏物語』が多くの女房の心を捉えたのではなかったか。
 しょうもない男だけど、それでみんなうまく不思議と平和に収まって行く。その鍵となっているのは、単に欲望だけで動いているのではなく、源氏が相手をするのはみな風流を解するもので、女の美醜に係わらず、その人の持っている才能に並々ならぬ好奇心を持っているという所だ。
 和歌も無駄に詠んでいるのではなく、相手の才能をうかがう試金石の意味もある。即興で、如何に機知にとんだ受け答えができるか、姿かたちの美醜よりもそちらに重点が置かれていた。書や楽器の才能も勿論のことだった。まあ、大体あの時代は滅多に顔を見れない世界だったし、大事なのはそっちの方だった。
 文学は架空の世界を舞台にしたものであればなおさら、その世界観の理解が欠かせないように、古典文学を読むというのもまた、その時代の世界観やルールと切り離すことはできない。いたずらに今の感覚で光源氏は怪しからんということもできないのが古典の世界だ。
 明記されてない裏設定、つまりその時代の暗黙の了解事項を読み解くというのも、古典の楽しみの一つだ。